20.Enemy in the sky
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ドローン、砲台、砲台、ドローン、ドローン、そしてまた砲台……。
コンテナ船に乗り込んでから、次々と現れる無人兵器を無力化しつつ、エイブラハムとレイフォードはレンとの合流ポイントを目指す。
全長十メートルの人型構造体である強襲機動骨格であっても、かつて時代とともに大型化を極めていった大型船の末裔をたった三機で制圧するのは骨が折れる。
最盛期には二万TEUものコンテナをその腹に抱え、大海原を行き来していただけにその広さは並の軍艦の比ではない。
ともあれ、船尾ブロックの安全は確保されたため、そこから白兵戦部隊を送り込んで船内を制圧できれば、目的の半分は果たしたことになる。
エイブラハムはワイバーンに部隊を船尾ブロックに降下させるよう要請を送る。要請から一分も経たずに二機のティルトローターがワイバーンから飛び立ち、コンテナ船に後方から接近。完全武装した屈強な軍人たちが次々と甲板上に降り立つと、水密扉をこじ開けて船内に入っていく。
だが、ここでエイブラハムの脳裏にある違和感が浮かぶ。
「無人兵器ばっか出して来やがって……敵は一体何のつもりだ?」
そう、ここまで強襲機動骨格の一機どころか、歩兵すらも姿を見せていないのだ。こちらを自分たちのテリトリーに誘い込んだにしては、迎撃手段がややお粗末ではないか。それとも、これも何かの策の一つか。
思考が堂々巡りを始めようとしていた矢先、船内から敵機が出撃したとの報告が入る。
『こちらワイバーン。コンテナ船の甲板上に三機のクドラクの出現を確認。注意せよ』
船上にクドラクが三機。なるほど、無人機しか出てこなかったのは、こいつらを出撃させるまでの時間稼ぎという訳か、と自分を納得させつつ、エイブラハムは眼前に現れたクドラクと対峙する。
すでに白兵戦部隊は船内の制圧に乗り出しているが、強襲機動骨格の存在は放置できない。
敵のクドラクはナイフとハンドガンを装備し、いかにも閉所での戦闘を意識しているが、その構え方は素人そのものだ。戦闘経験の無さを自分からさらけ出しているようなものだとエイブラハムはショットガンを腰部に懸架すると肩のナイフを抜き、構える。そして、あからさまな挑発で相手を焚きつける。
「来な、戦い方ってのを教えてやる」
エイブラハムの挑発に乗り、クドラクはクォーツ・ターボに刃を振るう。
しかし、その挙動は大ぶりだ。素人じみた構えはハッタリではないようだと思いつつ、エイブラハムは振り下ろされた刃を必要最低限の動きで回避すると、その頭を左手で掴み、そのパワーにまかせて床へ組み伏せる。
「お前のような奴にはナイフを使うまでもない」
そう言って、エイブラハムは左腕に格納されていたガトリングを起動するとすぐさま銃爪を引く。
頭から首にかけて無数の弾丸が撃ち込まれ、クドラクはそのまま沈黙した。
「一丁あがり、か」
『何が戦い方を教えるですか。戦い方が乱暴すぎやしません?』
エイブラハムの戦い方に、背後で銃を構えていたレイフォードはさらりと突っ込みを入れる。
「そうかい?俺はスマートな戦い方だと思うぜ」
が、当のエイブラハムはそっけない態度でレイフォードに返すと、再びショットガンを構え、先を急ぐ。エイブラハムの耳には、レイフォードの舌打ちが確かに聞こえていた。
レンのいる区画の方からも、立て続けに砲撃音が響いているのを考えると、おそらく向こうにも敵機が顔を出したのだろう。ワイバーンから急いでレンと合流せよと急かす通信も、それを裏付けている。
コンテナによって仕切られた通路を往くと、曲がり角でアサルトライフルの銃爪を引くクドラクの姿。一心不乱に銃撃を繰り返すその姿を見るに、相手は防御を固めたレンのクォーツ・スナイプだろうと推測し、エイブラハムはワイバーンに問い合わせる。
返答はイエス。
ならばゆっくりしている時間はないと、手早くクドラクの背後を取り、脇腹にナイフを突き立てた。
「無事か、レン」
『おー、隊長ちょうどいいトコに。こっちはもうシールドがガタガタだよ』
レンはそう言って、弾痕まみれの大型シールドを指差す。表面は確かにボロボロだが、それでも盾としての機能と原型を留めていたのは、慣性制御装置で敵弾の威力を殺したからに他ならない。
過去にシオンがウォーターカッターを防いだ時といい、慣性制御の応用力の高さには驚かされる。
だが、今はそれについて思案している余裕はない。コンテナの影に潜んでいた残りのクドラクがエイブラハムの背後から鉈を振り上げたのだ。
が、その刃が振られる前に、レンのクォーツ・スナイプとレイフォードのクドラクの両者が銃を構え、それぞれ腕と頭を同時に撃ち抜いた。
その二撃に怯んだ隙を突いて、エイブラハムは即座にナイフを抜き放ちクドラクの方に向き直ると、その胸をナイフで貫いた。
『あっけなさ過ぎるな』
白兵戦部隊が船内の制圧にかかる中、無力化した敵を見つめてレイフォードは愚痴をこぼす。簡単に無力化できたのは幸いであったが、社会の影で暗躍するテロリストの移動拠点にしては、迎撃戦力が大したこと無いことに対して肩透かしを食らった気がしてならなかった。
「そう言うな。前の戦闘で出した水モノのことを思い出してみろ」
そう言って、エイブラハムは三日前にアネット少佐とのブリーフィングを思い起こす。
ヴコドラクに乗っていたパイロットは、いずれもニュー・サンディエゴでデモを行っていた集団に属していた。その結果、デモ集団は摘発の対象になったのだが、恐るべきはそれまで群衆の一人だった存在を、ほんの数週間ネットワーク上で連絡を取り合っただけでテロリストに仕立て上げてしまうヴィラン・イーヴル・ラフの人心誘導技術だ。個人の技量に関係なく、自分の意のままに動かせる手駒を生み出してしまう。特にその一点をアネット少佐は危険視していた。
今戦ったクドラクのパイロットも、そういった促成栽培で調達された者たちなのだろう。つまりは捨て駒だ。
いや、だとしたらこの船は既にもぬけの殻なのではないか。
そう考えれば、ここまでに抱いてきた様々な違和感の全てに説明がつく。だとしたら……。
『こちらウェッジ001。船内を捜索しているがもぬけの殻だ』
『ウェッジ002。こちらもネズミ一匹見当たりません』
白兵戦部隊から次々と上げられてくる報告に、エイブラハムは「やはりか」と頭を抱える。
しかし、それと同時に大量のクルーはどのようにして、どこに逃げ出したのかという新しい疑問が浮かび上がる。
そこに思考が至ったその時、船が大きく揺れた。
何が起きた、と状況を確認するべく、周囲を警戒すると、甲板区画の一部が爆発し、黒煙が立ち昇っている。そして、黒煙の中から一機の強襲機動骨格が飛び出した。
その機体の姿を、エイブラハムは忘れる筈がなかった。ニュー・サンディエゴ基地で敵対した空を飛ぶ漆黒の機体。ヴコドラクだ。
『お待たせしました。主役の登場ですよッ!』
ヴコドラクのパイロットが、その存在を主張するように外部スピーカーで高らかに叫ぶ。
「ハイテンションのサイコ野郎が」
毒づきながら、エイブラハムたちは各々の武器をヴコドラクへ向けた。
○ニュー・サンディエゴ基地
北米サンディエゴクレーター群の最北端にあるクレーター湾に建造された環太平洋同盟軍の軍事基地。
紛争の耐えない同盟加盟国に戦力を送り出すための重要拠点の一つであり、陸・海・空問わず複数の部隊がローテーションを組み出撃と帰還を繰り返している。
軍港エリアの一部は退役した原子力空母四隻を基礎にして拡張されており、原子炉もスヴァローグ・ドライヴに換装され、基地の電力の大半を賄っている他、そこで生み出される電力と慣性制御フィールドを活用した工廠も地下に建造されている。




