19.Rematch
○
「艦長、敵船を捕捉しました。情報部から提供された情報通りです!」
観測班からの報告を受け、ワカナ艦長はすぐにキャプテンシートから身を乗り出す。太平洋のど真ん中、情報部が第四十二メガフロートとドルネクロネの最短航路に点在する補給地点に網を張った結果、リー商会のコンテナ船を発見することができた。
「まさかわずか三日で尻尾を掴むことになるとは……情報部には貸しを作ってしまったか」
ともあれ、今は目の前の敵に集中するべきだろうと、彼女はすぐに思考を切り替える。まずは眼下のコンテナ船に対して臨検を行うべく、ワカナ艦長は艦を降下させるよう操舵手に命じる。そして、自身もマイクを手に取り、眼下のコンテナ船に警告を発しようとした。その時だった。
次の瞬間、コンテナ船は貨物の中に潜ませていたミサイルランチャーを展開し、多数のミサイルを発射。それが一斉に尾を引いてワイバーンへと牙をむく。
「敵ミサイル、数は二十!」
「迎撃!防空システム起動!」
迎撃ミサイルとCIWSが展開され、敵ミサイルを撃ち落とす。だが、敵はその隙に逃げる訳でもなく、ゆっくりと前に向かって航行している。
「ヴィラン・イーヴル・ラフ……何を考えている?」
ワカナ艦長は右手の人差し指の指先を鼻先に押し当て、思案する。
逃亡を図る敵が取る行動としてまず挙げられるのは、荷物を捨て、身軽になった上で逃げることだ。だが、ワイバーンを始めとするキーヴル級は足が速く、それなりの場数を踏んでいる者は「逃げる」という選択肢を最初から除外する。ならば、この攻撃は敵がこちらを挑発するためのものか。つまり、敵は自分の庭にこちらを誘い込むことを狙っているのだ。
ワカナ艦長はそう結論を出すと、ヴィランの真意を確かめるべくワイバーンの降下を継続。さらに強襲機動骨格部隊にも出撃の指示を出す。
火砲で一気に敵船を沈めてしまうのがおそらく最善かつ最も手っ取り早い解決法だが、それは品性を欠く行為だと彼女は考えていた。何より彼女は一方的な蹂躙というものを嫌っている。
「あえて火中の栗を拾う真似をするのも致し方ない、か」
自分の主義を貫くためとはいえ、部下らに危険を強いてしまうことに、ワカナ艦長は心を痛める。
だが、同時に彼女はそんな自分に付いてきてくれている部下たちを信頼していた。
○
『敵船を制圧する。強襲機動骨格部隊は直ちに出撃!』
「やれやれ、敵の砲火をかいくぐって飛び移れってか?」
エイブラハムは愚痴をこぼしながらもクォーツ・ターボのコクピットシートに背中を預け、機体の起動シーケンスをこなしていく。
格納庫の片隅では白兵戦部隊も降下準備を整えているが、彼らが突入するのは船上の脅威が排除されてからだ。
火砲が飛び交う中で移動する敵コンテナ船へ飛び移る。危険度は高いものの、やってやれないことはない。ただ、こちらの頭数が足りない。怪我が癒えていないシルヴィアはともかくとして、シオンは新しい機体の調整がまだ済んでいない。そのため、エイブラハムはレンとレイフォードの三人で敵船に降下することになる。前衛一人に後衛二人というのは、いささかアンバランスが過ぎる。そこで、エイブラハムはレイフォードに質問を投げかけた。
「レイフォード、お前は狙撃以外もこなせるんだよな?」
『ええ、一通りは。エイブラハム大尉も俺とレンの模擬戦は一応見ているはずですよね?』
その言葉に、エイブラハムはニュー・サンディエゴ基地で行った模擬戦の記憶を頭の中で再生する。
確かに、近接戦闘もそこそここなしていた。気がする。
「だったら俺と前衛だ。レンも物干し竿は置いてけ」
レイフォードとレンは声を揃え「了解」と応え、装備の変更にかかる。とは言え、マニピュレータで手にする武器を交換するだけなら、それほど時間は取られない。
レイフォードはクドラクにマシンガンを、レンも通常のアサルトライフルを手にし、ワイバーンの下部ハッチへ向かう。
『ハッチ開放。敵船との相対距離は想定の範囲内』
ハッチが開放されると、エイブラハム、レイフォード、レンの順に降下を開始する。腰部のブースターで姿勢を制御しつつ、エイブラハムはコンテナ船にタッチダウンした。
レイフォードもそれに続いて着地したが、レンは敵の攻撃に阻まれ、二人とは少し外れた場所に降りてしまう。
『スミマセン隊長、降りる場所間違えました』
「仕方がないさ。レンは近隣の敵砲台を無力化しつつ俺らと合流しろ」
『りょーかい』
船上とはいえ、コンテナの林立する敵地で孤立するのは悩ましい。コンテナ船は大型で遮蔽物も多く、個別に動いて敵が出てきたら袋叩きに遭うのは必定だ。母艦が上空から船上の情報を伝達してくれるのは頼もしいが、死角の多いコンテナ船という環境では、それを過信していると足元を掬われかねない。
そう考えている側から、コンテナに偽装された無人砲台が姿を表す。だが、それを想定していないエイブラハムではなく、構えていたショットガンの銃口をすぐに砲台に向け、銃爪を引く。
「小賢しい」
そう言って、エイブラハムとレイフォードは行く手を阻む砲台やドローンを排除しつつ、先を急いだ。
○
時は少し遡り、環太平洋同盟軍に船を発見されたと勘付いたヴィランは、落ち着いて船内の重要物資を船底の潜水艇に集約するよう指示を出した。こういう時のために船を囮にして逃げ出す算段は整えてあるのだ、とヴィランは言う。
船の航行は自動制御に切り替え、火器も接近してきた敵を自動で迎撃するようセットする。
あとは少々の捨て駒を添えるだけ。だが……。
「では、私も後詰めに残りましょう。その方が、敵も我々が逃げ出したとは思わないでしょうし」
そう言って、ヴィランはすぐにヴコドラクのハンガーに向かう。だが、アイはそれが建前でしかないことを知っていた。
仲間意識は、ヴィランにとって最も縁遠い感情だ。否、知識としては知っているが、彼自身がそれを知覚することができないのだ。
彼が出撃したいのもまた、ヴィランが「殿というシチュエーションで戦いたいから」に他ならない。
彼は気分屋で、長期の計画を目の前の興味や好奇心で危うくすることに何の罪悪感も持ち合わせていない。どころか、自分の手で自分の計画を頓挫させかけたことも何度かあった。
アイやプロフェッサーが間に入り、ヴィランの要望と計画のすり合わせを行っているからこそ、今ヴィランがやろうとしている計画は辛うじて保たれているのだ。
「では、後はお願いしますよ、アイ」
「……了解です」
「最近の欲求不満、これでようやく晴らせそうです。フフフ……」
本音を漏らし、ヴィランは不敵に笑う。
しかし、アイはヴィランの行動を止めるようなことはしない。ヴィランの行動を理解し、彼に好かれること。それが今の彼女の行動理念だからだ。
それに、万が一ヴィランが危機に陥ったときは、自分の手で彼を守ればいいとアイは考えていた。
ヴィランがヴコドラクに乗り込んだのを確認すると、アイはすぐに彼から任された仕事を全うすべく行動を開始した。
一方、ハンガーから降りたヴィランのヴコドラクは、武器……愛用のハルバードを手に取りエレベーターシャフトに向かう。
外部からの情報で、敵艦から強襲機動骨格部隊が降下したことは既に承知している。当面の間は砲台とドローンで時間を稼ぐことはできるだろうが、それも最初の内だけだ。ならば。
「こちらも部隊を展開してください。敵もそろそろ無人兵器の相手ばかりで退屈していることでしょうから」
その言葉と共に、船上に三機のクドラクが放たれる。だが、彼らはいずれも自分たちが捨て駒であることなど、微塵も感じていない。船を守ることだけを目的にした、防衛部隊だと思いこんでいる。
「では、始めましょう」
その言葉とともに、ヴィランはヴコドラクのフライト・ユニットのチェックを進めた。
○作業用人型重機
強襲機動骨格の前身となった人型の作業機械。
二足歩行によって瓦礫や山岳地帯を踏み越え、二本一対のアームで作業を遂行する。
隕石災害以前から研究が進められていたが、災害後の復興期に試験的に導入された際、その有用性が実証され、建築・土木分野にまたたく間に普及していった。
同時に紛争地帯では武器としても使われ始め、それが強襲機動骨格の誕生に繋がっている。
兵器として洗練されていった強襲機動骨格とは違いあくまで「重機」であるため、戦闘での使用は想定されておらず、装甲は必要な箇所に施されている程度。コクピットも視認性を高める目的でキャノピーを採用している物がほとんどとなっている。