18.Briefing
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第四十二メガフロートの市街地に現れたクドラクの一団は、基地から出撃した防衛部隊によってすぐに鎮圧された。
訓練された連携によって敵を追い詰める同盟軍部隊に対して、敵機はそれぞれが個別に暴走するだけで、まるで連携を取る気配すらなかったことが、容易に鎮圧できた要因だったとも言える。時間にして二十分弱。実戦と意気込んだ防衛部隊としては、やや肩透かしを食らった様子だった。
だが、それがヴィラン・イーヴル・ラフの陽動であったことは、情報部のアネット少佐には理解っていた。
おそらくはメガフロートの現状に不満を持つ者らを個別に焚き付け、それを同時にけしかけることでメガフロートを混乱に陥れたのだ。そして、その隙に自分たちは追手を振り切って逃げるという筋書きだったに違いない。
現に、リー商会の船は戦火を逃れるために港を出た他の船に紛れ、その消息を絶っている。
隕石災害後に赤道上に構築された隕石群……衛星帯によって、人工衛星による監視網を完全構築することは難しく、それがテロの温床を生み出す結果を招いていることは、彼女も歯がゆい想いをせざるを得なかった。
「結局、我々は奴の手のひらの上という訳か。気に入らないな」
そう言って、アネット少佐はコートを翻してメガフロートの港湾施設を後にする。
目の前に広がる街並みには、凄惨な破壊の跡が残されていた。
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追うべき敵を見失い、ワイバーンは基地での待機を命じられていた。
とは言え、待機中であってもやるべきことは多く、特にメカニックたちは戦闘後の機体修理や弾薬の補給に勤しんでいた。
一方で、シオンのタルボシュは修復不能と判断された結果、エクイテス社経由でメーカー送りとなった。アイアンクローによる圧潰と右腕部の自爆によって、上半身は使えるパーツを取り出せるか怪しいほどに破壊されており、シオンも乗機の惨状を見てよく生きて帰ってこれものだと複雑な表情を見せる。
「まったく、機体がこんな状態になって、よく生きてたな」
エクイテス社が寄越した輸送機のパイロットがシオンに必要書類を手渡しながら、彼女の胸中を代弁する。彼の視線は、シオンの頭に巻かれた包帯に向けられていた。
「私もそう思います。下手したらハートごと鷲掴みにされていたかも」
「ははは、そんな物騒なハートキャッチは俺もご勘弁だ」
皮肉を交えながらもシオンは手渡された書類に目を通し、サインすべき箇所にペンを走らせた。書類が再びパイロットの手に渡ると、それに合わせて移動式ハンガーに乗せられたタルボシュが輸送機に搬入されていく。
このタルボシュはシオンがエクイテスに入社して以来、ずっと乗り続けてきた機体だった。シートがようやく馴染んできたと思っていただけに、こんな形で別れることになるのかと思うと、名残惜しさを感じる。
輸送機を見送った後、シオンはそのままワイバーンへの帰路へと着く。
「あっ、シオンさん丁度いいところに」
ワイバーンに戻ったシオンの前に、トウガが現れる。タブレット端末を片手に、機械油にまみれた顔は、いかにも作業の真っ只中に抜け出して来たということを物語っていた。
「何か用ですか、軍曹」
「ええ、実は以前シオンさんが乗った予備機なんですが、こちらで改修を加えまして」
そう言って、トウガはシオンに端末の画面を見せる。そこには、あからさまに歪な機体の図面が表示されている。機体の隅には、「ダンピール」の単語の走り書き。おそらくはこの図面に記された機体のコードネームなのだろう。
それを見て、シオンは察した。
「つまり、私にこの機体を任せようって?」
「はい、その通りです」
シオンの不安そうな顔に、トウガはにこやかな顔で答える。
目の前にいるメカニックは、この機体のパイロットに彼女を推そうというのだ。とは言え、本来併用を想定していないパーツを組み合わせているだけあって、その性能は未知数だ。果たして今の自分にそれが扱えるのか、という不安がシオンの胸に込み上がってくる。
現に、図面に示されている性能表はあまりにも尖りすぎていた。
「パーツ間の性能誤差はリミッターをかけて調整しています。なのでこの性能の基準値は……」
ステータスが調整され、尖っていた性能が変化する。しかし、抑制されたとはいえ性能の極端さに変わりはない。調整前より多少マシになった、というだけだ。
シオンは頭を抱えながらも、トウガから端末を受け取り図面をチェックしていく。だが、それを頭に叩き込もうとした矢先にパイロットの非常招集がかけられた。
『非常招集。パイロットは第一ブリーフィングルームに集合。繰り返す……』
「行かなきゃ、この話は後で」
そう言って、シオンはトウガに端末を返すと簡単に別れを告げ、ブリーフィングルームへと向かった。
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ブリーフィングルームには、ワカナ艦長と副長、シルヴィア、エイブラハム、レンの姿。そしてもうひとり、見慣れない眼鏡の女性の姿があった。
部屋に入ったシオンは眼鏡の女性と視線が合うと、「誰だろう」と首を傾げつつ席に着く。
「遅くなりました」
そう言って、レイフォードが敬礼と共に部屋に入って着席すると、すぐにブリーフィングが始まった。
「全員揃ったようだな。では、これから今後の作戦行動について説明を行う。アネット少佐、よろしくおねがいします」
副長の言葉とともに、アネットと呼ばれた眼鏡の女性が席を立ち、スクリーンの前に立つ。部屋の照明が落とされ、スクリーンに映像……アネット少佐が持つタブレット端末の画面が投影される。
「情報部少佐のアネット・ライブラリだ。君たちは今回試験機を強奪した部隊を追跡していることは承知している。私は、君たちに提供できる範囲の情報を提供したいと思い、ここに来た」
シオンは情報部という単語に表情を曇らせ、エイブラハムの方を向く。だが、視線を向けたところでまっすぐに前を向く彼の表情を伺うことはできなかった。
「我々が提供するのは今回の事件の首謀者と思われる人間の素性。そしてその逃走経路だ」
そう言って、アネット少佐はブリーフィングルームのスクリーンにデータを投影する。そこに映し出されていた画像には、黒髪の長髪をなびかせ眼鏡をかけた長身の男の姿。
「この男はヴィラン・イーヴル・ラフ。我々が以前から追っている戦争コンサルタントだ。そして、三年前の次世代機開発試験中の爆発事件の首謀者でもある」
三年前の事件というワードに、シルヴィアとレイフォードはシオンの方に視線を向ける。そもそも、彼女が今こうして傭兵をやっているのは、あの事件で義父と義姉を失ったからに他ならない。
シオンは表情ひとつ変えないが、映し出された写真の男の姿を真っ直ぐに見つめていた。
「そしてその協力者として候補に挙げられたのがこの……」
「レクスン・イン・スーか……」
表示が切り替わり、初老の老人の顔写真が映されると同時に、レイフォードが口を開く。その語気は荒く、明らかにレクスンに憎悪の感情を抱いていることが見て取れた。
「……その通りだ。この二名がこのメガフロートで接触し、共に逃亡。行方をくらませた」
「そう、それで俺らはご覧の通り手持ち無沙汰ってワケだ」
エイブラハムが茶化すが、アネット少佐は素知らぬ顔で話を続ける。
「レクスンは過去にクーデターを起こし、一度は一国の主となった男だ。それが未だに野望を捨てているとは思えん」
「では……?」
「ああ、敵の次の目的地はおそらくはドルネクロネ……。かつて戦場となった国だ」
モニターに映し出された地図を指差し、アネット少佐は言う。彼女の指が示すのは太平洋を挟んだ反対側。東南アジア方面に位置する島国、ドルネクロネ共和国だ。
○ドルネクロネ共和国
隕石災害に伴う地殻変動によって、東南アジアの一角に隆起した複数の島々から構成される新興国家。通称はドルネン。
地下資源に恵まれ、周辺海域でのスヴァローグ・クリスタルのサルベージも活発。そういった背景から開拓時にヨーロッパ系資本が複数参入しており、環太平洋同盟の加盟国ではあるもののヨーロッパとのつながりも強かった。
十年前にレクスン・イン・スー元大佐が周辺諸国の治安悪化を理由に防衛力強化を目的としたクーデターを敢行。その結果近年類を見ない軍事政権国家が誕生した。
その後、このクーデターによって発生した政治的な諸問題は同盟との軍事衝突に発展し、およそ五年にも及ぶ「ドルネクロネ紛争」が勃発。
最終的にレクスンが第三国に亡命した事で軍事政権は転覆。戦後は民主化が進み、戦災復興が行われている。