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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
ヴィラン
17/84

17.Tears

 シオンのタルボシュは、背後からヴォジャノイのアイアンクローに掴まれ、その場に組み伏された。

 衝撃がコクピットにも伝わり、脳が、身体が激しくシェイクされる。

 マシンガンも右腕ごと脚で踏みつけられ、構えるどころか持ち上げることも叶わない。


「くそっ……このッ!」


 衝撃から立ち直り、何とかその場を脱しようと操縦桿を動かすシオンだったが、ヴォジャノイの重量がタルボシュにのしかかっているだけに、そう簡単には振りほどけない。

 どころか、胸に突き立てられたアイアンクローがじわりじわりと装甲を押し潰していく。ミシミシと音を立ててタルボシュの内部構造が本来あるべき形を崩し、破壊の痕跡がゆっくりとシオンへ迫っていた。時間とともに音は大きくなり、コクピットの内壁も変形する。そして、それが彼女の精神的な余裕を奪い、焦燥感を駆り立てる。

 音が近づくほどに、操縦桿を動かす手の動きが激しくなる。しかし、伝達系が損傷したのか機体はまるで反応を示さず、脱出装置(イジェクト)も機能しない。

 自分はこのまま何も果たせないまま死ぬのか。そんな考えが頭を過り、目尻から熱い涙がこぼれ落ちる。

 脱出の手立てを奪われ、焦りの表情を見せるシオンに対して、アイアンクローの動作は真綿で首を締めるようにゆっくりだ。

 そういった動作の一つひとつからヴォジャノイのパイロットの性格の悪さは容易に想像できたが、それを観察したところで事態が好転するわけでもないことはシオンも理解していた。


『シオン、無事か!』


 エイブラハムが駆けつけ、ヴォジャノイに銃を向ける。だが、ヴォジャノイはシオンの機体を盾にエイブラハムの行動を牽制し、その隙にもう一機のヴォジャノイがウォーターカッターを放つ。

 高圧水流によってショットガンを破壊され、攻撃の手段を失ったエイブラハムのクォーツ・ターボに、ヴォジャノイの豪腕が迫る。エイブラハムは一瞬それを回避する素振りを見せるが、回避すればそれを口実にした敵がシオンに危害を加えかねないと考え、ナイフでそれを受け止めた。


「このままじゃ……」


 自分のせいでエイブラハムにも危害が及ぶ。そうなる前になんとかできないかと、脳をフル回転させて現状を打破するための手段を考える。

 手足の伝達系は完全に死に絶え、タルボシュの四肢は動かない。だが、胸部の機銃のみは辛うじて生きていた。動かせないのは機体の駆動系のみ。火器管制まで被害はおよんでいないらしい。

 そういえば、右腕には手榴弾(ハンドグレネード)を格納していたはずだと思い出す。すぐにウェポンセレクタを確認すると、確かに二発格納されていた。


「これなら」


 そう言いながら、シオンはグレネードの信管を起動させられるか確認する。

 遠隔操作可能。ならばとすぐに信管を起動させ、グレネードを起爆できるようセットした。

 グレネードやミサイルは、誘爆を避ける目的で正規の起爆シーケンスを取らなければ炸薬が燃焼しないようセーフティが施されている。だからこそ、シオンがこれから行うことのためにも、この手順は必要不可欠だった。

 幸い、自分が人質になっているおかげでアイアンクローの動作は止まっている。

 シオンはその隙にヴォジャノイに気づかれぬよう機銃を操作する。

 一方のヴォジャノイのパイロットは、もう一機のヴォジャノイの攻撃を尽くいなすエイブラハムに業を煮やしていた。なぜ体格でも武装も勝っているはずなのに、この程度の敵を圧倒できないのか。ならば、もう一度人質の存在をちらつかせるか。

 そう考え、ヴォジャノイはタルボシュの右腕をもう一方の鋼爪で掴み取って持ち上げた。

 だが、それはシオンの思惑の内だった。

 やはりこの機体のパイロットはひと思いに敵を殺さず、いたぶるのが好きなのだ。そう確信し、シオンは機銃の銃爪を引く。

 相手の趣向さえわかってしまえば、それを次の一手に組み込むのは造作もないことだ。

 機銃から放たれた弾丸が、タルボシュの右腕を貫き、その中にあった手榴弾に火を付ける。

 炸薬が破裂し、タルボシュの右腕はそれを掴んでいたヴォジャノイの腕ごと爆発に巻き込まれた。グレネードは市街地での使用を想定し、爆発範囲を抑えたモデルを装填していたが、爆発の威力は十分だ。ヴォジャノイの右腕から装甲が剥がれ落ち、その下の構造体が剥き出しになっていく。

 それを察したエイブラハムは、眼前のヴォジャノイのコクピットハッチにナイフを突き立て、すぐにシオンの傍らに向かう。

 左腕からガトリングを露出させ、ヴォジャノイの腕関節に鉛弾を浴びせると、右腕から小型ナイフを取り出し、シオンをその拘束から解き放った。

 両腕を失ったヴォジャノイは、怒りに身を任せて自らの質量でエイブラハムを押し潰そうとするが、その大振りな挙動は、小回りの効くクォーツに対して悪手以外の何ものでも無かった。

 エイブラハムはその巨体をひらりと避けると、クォーツの脚を振り回し、ヴォジャノイの背中に叩き落とす。しかもクローラーを回転させ、その蹴りの威力を増大させた上で、だ。

 普段は見せない攻撃を見せるほどまでに、今のエイブラハムは怒りに猛っていた。

 敵を無力化し、シオンは安堵する。が、エイブラハムの背後からもう一機のヴォジャノイが迫る。どうやら、ナイフが装甲を貫ききれなかったらしい。

 ここまでか。そう思った矢先に、遠方から放たれた弾丸が、ヴォジャノイに刺さるナイフの柄に命中。その刃を一気に内部へと押し込め、ヴォジャノイのコクピットを破壊し、機能停止に追いやった。


『二人とも、大丈夫?』


 通信機から、レンの声。味方部隊の援護を終え、エイブラハムの救援に駆けつけたらしい。


『レンか。正直、危なかった所だ、すまない』

『隊長が追い込まれるなんて、中々ないでしょ。その娘、そんな大事なんだね』


 そう言って、レンのクォーツ・スナイプは頭部カメラをボロボロになったタルボシュに向ける。

 シオンのその戦い方に危うい物を感じながらも、仲間を助けられたことにレンは胸を撫で下ろした。


 ひしゃげたハッチをカッターで切断し、シオンはほぼ破壊されたも同然のタルボシュから引っ張り出された。

 ボロボロのコクピットの中でうずくまっていたシオンの姿は、普段強がって見せている彼女とはどこか違う、弱々しい雰囲気を醸し出していた。その様子は、まるで恐怖に怯える仔犬のようだ。


「泣いてんのか」


 コクピットから運び出され、タンカに横たえられたシオンに、レイフォードは問うが、シオンはそっぽを向いて「泣いてない」と言い張り、そのまま医務室へと運ばれていった。

 意地っ張りめ、と内心思いながらも、レイフォードは仲間の無事に安堵する。


「すみませんでした。うちの新人が迷惑を」


 そう言って、レイフォードはエイブラハムに頭を下げる。


「いや、そんな頭を下げる必要はないさ。今は同じ釜の飯を食う仲間って奴だろう?」

「そうそう。今度はキミらが僕らのピンチに駆けつけてくれればチャラだよ」


 エイブラハムとレンはそう言って返すと、待機室の扉をくぐった。

 相変わらず掴み所の無い二人だと思いながら、レイフォードはその後姿を見送った。

 医務室に運ばれたシオンも、軽い打撲と脳震盪で済んだとのことらしい。だが、自機の腕をグレネードで自爆させるという無茶は推奨されたものではない。これについてはシルヴィアとともにお灸を据えなければならないなと思いながら、レイフォードはボロボロになったシオンのタルボシュを見上げ、深いため息を吐いた。

○スヴァローグ・クリスタル

 隕石災害で地球に落下した隕石から採取される結晶状の物体。

 高温・高圧状態で高効率で電力が生み出されるため、エネルギーインフラとして隕石災害後に注目を集め、それを利用した「スヴァローグ・ドライヴ」が開発された。

 電力出力はクリスタルにかけられる負荷に応じて上下し、一秒間に一定以上の電力が出力されると運動エネルギーを熱エネルギーに変換する特殊なフィールドを発生させる。これを利用した慣性制御装置は航空艦やクォーツなどの軍用兵器に用いられている他、大規模発電所に併設されたゼロGプラントでは無重力合金の精製などにも活用されている。

 地球の赤道上には地球落下を免れた無数の小惑星が衛星帯を形成しており、将来的には宇宙開発事業が活発化するであろうと各方面から注目されている。

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