16.Crisis
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メガフロートの各所で火の手が上がり、人々が逃げ惑う中で、ヴィランらは落ち着いた様子で港へと向かっていた。
驚異となる軍の特殊部隊はアイたちにの手よって排除済み。あとは速やかにこの人工島からおさらばするだけだ。
とは言え、軍の動きを牽制するために出撃させたヴォジャノイだけでは軍の動きを完全に抑えきれないことはヴィランも心得ていた。だからこそ、後詰めとして彼が武器を与えた者たちが役に立つ。
「お願いしますよ、皆さん」
ヴィランが通信機に手を当て合図を出すと、メガフロートの各所から偽装を解除したクドラクたちが次々とその姿を表す。
ある者は道路脇のトレーラーのコンテナから、ある者は地下共同溝から、ある者は寂れた町工場から。市街に人型機動兵器を隠せる場所は、思いの外多い。
市街地に姿を表したクドラクの数は六。更にクドラク一機に対してドローンが三機付き、各々に行動を開始する。
「いやあ、暴力に訴えかけるしかない人たちというのは、こういう時に役立ちますねえ」
そう言って、ヴィランはアイやレクスンらを伴ってコンテナ船に乗り込んだ。
戦火とともに混乱が広がり、それにともなってヴィランは難なく港まで戻ることができた。
だが、これまで歩んできた道を振り返り、戦乱を見つめるヴィランの表情はどこか残念そうだ。
「ヴコドラクがあれば私も参加していたのに、ああ~残念だなあ」
だが、それは自分がこの戦いに自分が参加できないというだけであって、その過程で犠牲になった人たちを悼むものではない。そういう感情は、この男は最初から持ち合わせていないのだ。
「自重してください。戦闘の度に無茶をされては、あなたはあなたの目的すら達成できなくなってしまいますよ?」
「理解っていますよ。相変わらず過保護ですねえ」
アイに窘められながらヴィランはタラップを登っていく。名残惜しく戦場に目を向けながらも、彼は船の奥へと姿を消した。
そして、被害を免れるべく港を離れる数多の商船らに紛れ、彼らの乗るコンテナ船もメガフロートを後にした。
○
エイブラハムのクォーツ・ターボは、ヴォジャノイの豪腕の間合いの内側へと入り込むと、その腹に向けてショットガンの銃爪を引いた。
エイブラハムが機体を激しく動かすと、クォーツ・ターボの左肩がわずかに震える。生身の肉体で淀みなく行われる機体操縦を、義手を介して行っているために生まれるラグが、左肩の振動として機体動作に反映されているのだ。
スラッグ・ショットが至近距離で炸裂し、敵機の胸部装甲にダメージを与える。エイブラハムは続けざまに左肩の大型ナイフを抜刀し、ひしゃげた装甲と装甲の間に生まれた僅かな隙間にその刃を突き立てる。動力の伝達を失い、ヴォジャノイはその場で機能を停止した。
敵機を無力化したのと同時に、エイブラハムの下にワイバーンから通信が入る。
『あー、マジか』
あからさまに嫌そうな声が、通信機越しに部隊の面々に伝わる。何かがあったとシオンらも察するが、エイブラハムはそれを包み隠さずに話すことにしていた。
『悪い報せだ。敵の部隊が市街地にも出現したらしい。部隊規模はクドラク六機にドローンが十八』
『どこに潜んでたんすか、そんなに』
エイブラハムの報告に、レイフォードは思わず突っ込みを入れる。なにせ強襲機動骨格をはじめとした戦闘兵器をメガフロートに運び込むのは容易いことではないからだ。港に持ち込まれる貨物には、厳重なチェック体制が敷かれている。
麻薬や銃器はもとより、条約で輸出入が禁止されている物品が持ち込まれないか、徹底的なチェックは常に行われている。そんな状況で破壊活動を目的とした武器……ましてや強襲機動骨格を持ち込むなど、至難の業だ。民間による兵器の輸送など、民間軍事会社か兵器メーカーぐらいにしか許されていない。さらに、それが許されるのは厳正な資格基準をクリアした上での話だ。
にもかかわらず、敵は六機ものクドラクを市街地に持ち込んだ。そこに疑問が及ぶのも当然と言えば当然だろう。だが、エイブラハムはあっさりとその疑問に答えてみせる。
『細かいパーツに分解して現地で組み立てたんだろ。テロリストとかがよくやる手だ。貨物の段階ではただの機械部品、全部揃って組み立てるまでその正体はわからないから厄介だよ』
銃の持ち込みを制限できても、それに使われているネジやバネといった部品までは規制できないのと同じだ。ましてや強襲機動骨格は人型作業重機という近似種が存在し、工業地区で容易に組み立てられるだけに、こういった規制は難しかった。
特にクドラクは少数のスタッフで組み立て、整備、分解ができるように機体構造が単純化されている。そういった意味でも、極めてテロリスト向けの機体であると言えた。
「それにしても、六機は多すぎでしょ」
『まあ、そうだよな……』
シオンの言葉に、エイブラハムは頭を抱える。行く先々で戦乱を起こす敵の行動の読めなさは、彼の予測を大きく上回っていた。
ともあれ、市街地に出現したクドラクの一団には、基地の部隊が対処に向かうことが既に決まっている。ヴォジャノイは基地から出る部隊を背後から狙う可能性があるため、ワイバーンの部隊には敵の露払いが指示されていたのだ。
『とにかく、街の方は基地の部隊に任せて、俺らは基地に入り込んだ敵の排除を優先するぞ』
エイブラハムの言葉に、シオンらは「了解」と応える。基地内にも敵は二機残っている。シオンは周囲を警戒しつつ、銃を構えた。
味方部隊を誘き出すことが敵側の目的であるなら、基地の部隊が別行動を取ることは向こうも察しているだろう。だからこそ、こちらは敵側の狙いを上回る動きを行う必要があった。
そのための切り札となるのが自分たちだという自覚を持ち、シオンとエイブラハムは敵の探索を行う。
レイフォードとレンは基地の外に向かう味方部隊を援護するべく、それぞれ別々に建物の上で待機していた。
『シオン、今回お前の乗っている機体はただのタルボシュだ。前のような無理は効かないぞ』
「……分かってる」
そう言って、二人は丁字路になった通路を二手に分かれる。
タルボシュはクォーツのような慣性制御装置を持たない。以前のように慣性制御フィールドを盾代わりにすることは不可能だ。
だが、たった一度別の機体に乗り換えただけで前の機体の感覚を忘れてしまうほど、やわな訓練を受けているつもりはないとシオンは自負していた。
「見つけた」
シオンが倉庫の影にヴォジャノイの姿を捉え、それを追撃した。ヴォジャノイは経路の端に積み上げられたコンテナを倒しながら逃走し、シオンはそれを避けながら狙いを付けて銃爪に指をかける。しかし、倉庫区画での追走劇は、その火砲が放たれる前に終焉を迎えた。
死角に潜んでいたもう一機のヴォジャノイの錨の一撃が、シオンのタルボシュに襲いかかったのだ。
寸での所で不意打ちこそ回避したが、今度は追っていたはずのヴォジャノイがシオンの眼前に迫る。
「……ッ!」
シオンはマシンガンで牽制しつつナイフを抜こうと左肩にマニピュレータを向けるが、そのグリップを握るよりも速く、ヴォジャノイのウォーターカッターがタルボシュの左腕を引き裂いた。
近接攻撃の手段を失ったシオンだが、まだマシンガンのナイフが残っている。その刃を眼前の敵機の関節に突き立てるべく、右腕を振るった。
しかし、今度は別のヴォジャノイの鋼爪がシオンのタルボシュの胸部に迫っていた。
○クォーツ・スナイプ
レンの搭乗するクォーツを長距離戦仕様に改修した機体。
主な変更点は頭部の変更と武装の最適化、膝部安定脚及び肩部大型シールドの増設などが挙げられる。
頭部は展開式長距離カメラが搭載されており、使用時にはバイザーの下から一つ目鬼のようなカメラが露出する。このカメラ及び頭部に搭載されたセンサーは最新鋭技術の塊であり、クォーツの各種試験装備の中でも特に高額。そのため、現場からは非公式な俗称として(皮肉の意味も込めて)「ハイエンドセンサー」と呼称されている。
大型シールドはアームを介して肩部に接続されているが、これは銃架としての使用も想定しているためであり、姿勢次第では機体を完全にシールドの裏に隠すことも可能。
装備しているスナイパー・ライフルも長砲身化が進み、取り回しを考慮した折りたたみ機構が取り付けられた物を使用するが、試験内容及び作戦状況によっては別種の装備が使われる場合もある。




