第93話 青天の霹靂
視点変わります(最近しょっちゅう変わってるけど)。
絶対に、やり遂げてみせる。
僕は、馬車を降りてから大きく深呼吸をひとつすると、案内に従って大きなホールに隣接する小サロンへ入った。
王城では、招待者の先導がない限りこの待合ホールから先へは進めないらしく、ここでバウド公爵の迎えを待たなければいけないそうだ。
小サロンと言いつつも、昔僕が使っていた山小屋の個室3部屋分くらいは優にありそうだ。
調度品にいたっては、世間知らずの僕ですらどれも高級品とわかるものしかなく、手を触れることも憚られる。
が、立ちっぱなしというわけにもいかず、手近なソファーに浅く腰をおろした。
使用人らしい出で立ちの男性が茶を淹れてくれるが、さすがにこれはバウド家で慣らされたので、落ち着いて見ていられた。
傍らには、眼鏡をかけてバウド家のお仕着せを纏ったバルナバが護衛として付き従ってくれているが、その表情には少々の苛立ちが混じっていた。
「護衛なんかいらねぇだろうによ……」
「ハハ。精霊の力は滅多矢鱈に使うなとリアからも言われていてね。何かあればよろしく頼むよ」
「チッ」
茶を淹れ終えた男性が退室するや否や、バルナバがため息交じりに愚痴を放つ。
確かに実戦ともなれば、余程のことがない限り僕が誰かに打ち負かされることはないと思うし、バルナバはそれを知っているから護衛役を任されるのは複雑な心境なのだろう。
でも、精霊魔法を控えろと言われれば話は別だ。
体を鍛えてはいても、格闘技を覚えたわけじゃあないのだから。
杖をソファーに立てかけて、紅茶を一口いただく。
味の違いがわかるとは思わないけど、僕はドリスが淹れてくれたお茶の方が好きだと思った。
今回の謁見は、国王陛下にとってごくプライベートなものだ。
バウド公爵曰く、城の中庭か、庭に設えられた温室内にあるティールームか、……とにかく堅苦しくならない場所が用意されるらしい。
先方にとってプライベートであろうと、僕にとってはそうじゃない。
この茶会には他に数名の貴族が出席するのだそうだ。バウド公爵が付き添ってくれるとは言え、これは一種の社交界デビューであり、失敗は許されない。
王族、貴族を相手取っても上手く立ち回ることができると、証明する必要があるのだから。
──先に王都で待ってる。調印式まで無事に終えたら、大事な話があるんだ。
リアから、一足先に本土へ向かうよう言われたとき、僕は彼女にこう言った。
彼女は目を丸くして首を傾げながらも頷いていたっけ。きっと、僕がなにを言い出すか想像もついていないんだろう。
それはそれで少々残念だけど、仕方ない。彼女とは住む世界が違うと、最初に線を引いたのは僕だったんだから。
「──っ!」
騒々しい気配。
バルナバも気づいたらしい。段々とこちらに近づいて来るその気配は、バウドの手の者にしてはあまりに乱暴な印象だ。
気配が近づくにつれ、テーブルの上の紅茶が揺れる。
僕は杖を手にとって身構えつつ、バルナバに目配せをした。隠れろと。
「レイモンド・チェルレーティ。魔女と共謀し王家に対し詐欺を働いたな」
扉のそばに誰かが立っているかもしれないなんて、ちょっとも考えていないような勢いで大きく強く開かれた入り口から、物々しい武器を手にした男たちが多数入り込んできた。
彼らは一瞬にして僕の周囲を取り囲み、思いもよらない罪状で僕を拘束する。
一体何が起きてる?
ゆっくりと僕を取り囲む男たちを見渡すと、兵士のひとりが僕から奪い取った杖を折ろうとするのが目に入った。が、逆に怪我をしたらしい。悪態をつかれたけど僕の知ったことではない。
状況が把握できるまで、様子見がいいだろうか。
背中を突き飛ばされながら、サロンから追い出される。この部隊の指揮権を持っているらしい人物が「牢へ入れて置け」と一言放り投げて去って行った。
せっかく、社交界でもどうにかやっていけるのだと証明しようと思ったのに台無しだ。
地下牢。手が届くかどうかといった高い位置に小さな窓がある。
ただでさえ小さい窓なのに、細かい格子状の鉄柵がはめ込まれていて、脱走はおろか物品の出し入れも難しいだろう。
なんの変哲もない換気窓だ。
だが、いつの間にか外は大雨になったらしいということはわかった。
遠くでは雷も激しく鳴っているようだし、叩きつけるような雨音とともに、細かい水しぶきが牢内にも入り込んでいる。
牢に入れられてから3時間程度は経過していると思うのだが、窓から吹き込む水が僕の安息の地を少しずつ侵食していて、なんとも気分が悪い。
杖がないおかげで、たいしたことはできない。
錠前を溶かすくらいはできるだろうか? やってみないとわからないけど、どちらにせよエーテルの循環効率が悪すぎる。杖は是非返してもらいたいものだ。
さて、どうしたものか。
『レイー。たいへんーたいへんだよー』
『えすとがすっごく怒ってるー』
ふいに目の前に現れたのは、緑色の羽根を器用に羽ばたかせる小さな妖精だった。
島のピスキーが本土までやって来るのは珍しい。
神が怒っているという言葉通り、島では想像もつかない何かが起きているに違いない。
「何があった?」
『こわい人間が来たー』
『たくさん来たー』
妖精たちは身振り手振りでコトの重大さを必死に訴えながら、僕の周りをふわふわと飛ぶ。
ピスキーはいつだって話の要領を得ない。それがチャームポイントではあるのだが、今は例外だ。
「リアは!?」
『りあつかまったー』
『ふんかするー』
『しまはぐちゃぐちゃー』
『あらしだよー』
『じしんだよー』
「くそっ!」
あの雷は島の方から聞こえているのか?
この大雨はウティーネか? エストか?
くそ! なんでこんなときに僕は!
立ち上がるのと同時に、僕はこの世に生まれて初めて、地震を体験した。
日本人なら慣れ過ぎていて、かなり大型のものでないと恐怖を感じない地震。
レイモンド・チェルレーティの生においては、小さな揺れでも結構な恐怖だったらしく、焦るような震度ではないと思う一方で大地が揺れることそのものに不安を見出し、パニックになりかける。
地が揺れるって、ああ、これは噴火が近いのか? それともこれもエストの怒りなのか?
どちらにせよ、幸せな状況じゃないことだけは確かだ。
──りあはつかまった
早く戻らなくては。
僕は一足飛びに出入口へ向かって、錠前に手のひらをかざした。
すっごい急転しましたねぇ。
妖精さんたちの話だからイマイチつかみどころがありませんが、子供神様が癇癪を起したようです。