第86話 主未定のお部屋です
あけまして! おめでとう! ございますっ!
正月はネット社会とは隔絶された生活を送ってました!
この日本で!
そんなことあるのか!?
あるのです!!
というわけで、ついに「不定期更新」を有言実行しましたね! えへへ!
それでは、本年もがんばって更新してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
バスルーム、衣裳部屋、寝室、執務室。北側の最奥からそれらの部屋が一続きに並ぶ。
私の部屋だ。
寝室には窓側の柱にひとつ、衣裳部屋と接する壁に置かれた飾り棚の裏にひとつ、隠し扉がある。
窓側はこっそり身を隠しながら他の部屋へ移動するもの、もう一方は階段と細い通路が入り組んで、地下へと繋がっているらしい。
きっとその地下通路が神殿まで伸びているのだと思う。
お母様が選んだと思われる調度品は、どれも派手ではないけれど艶が出るほど磨き上げられた質のいいものばかりだった。
窓にかかるカーテンは、一筋の光すら漏らさない厚手の天鵞絨。ベッドにはオーガンジーの天蓋付きでシーツ類は全て光沢のある超長綿。
壁紙が真っ白な無地なのも全て、私の好みに合わせてくれたものだとわかる。やっぱり、シンプルで素材の良いもののほうが長く愛せると思う。
隣の執務室にはすでに持ち込んだ書類の束が山と積まれていたので、できるだけそちらを見ないように、さらに隣に続く扉へ手をかける。
この扉から向こうは、きっちり対称に執務室、寝室、衣装部屋、バスルームと並んでいるはずだ。
当面使う予定のない、私の夫となる人のための部屋。
見回ったら、この執務室の扉には鍵をかけておこう。私室への侵入経路はできるだけ少ないほうがいいだろうから。
扉を開けると、そこはやはり机や本棚が並ぶ執務室だった。
応接セットは私の部屋にあるものよりもさらにシンプルだけど、より重厚感がある。
見比べてみれば、ごくシンプルな部屋だと思っていた私の部屋も、色合いや細部のデザイン、素材のどれをとっても女性らしさがあったのだと気づかされる。
いつか、ここで誰かが仕事をするようになるのだ。
この部屋を使う人を見つけるのは、私の仕事。しかも残念ながら、優先度は高めで。
一体どんな人がここで過ごすのだろう。
「リア?」
「──ひゃっ!?」
たった今、この椅子に誰が座るのだろうと考えたとき、私の心にふと浮かんだその姿は……。
「もう、びっくりしたわ、レイ」
「すまない。何かぼーっとしているようだったけど、疲れてるのかい?」
「いいえ、ちょっとだけ考え事を。大丈夫よ、ありがとう」
レイモンドは、逆側から部屋を見てまわっていたらしく、向こう側の寝室との境にあるドアのそばに立っていた。
室内で民に見咎められることがないせいか、フードをおろしている。
しばらくバウドの屋敷で生活したため、上から下まで侍従たちに身だしなみを整えられたレイモンドは、もうすっかりお貴族様だ。
「どの部屋も素晴らしかったけど、この一続きは輪をかけて立派だね」
「ええ、そうね。領主とその配偶者の私室だから」
なぜだか、「私と未来の夫の部屋」とは言えなかった。
つい、曖昧な表現を選んでしまう。けれどどんなに遠回しな言い方をしたって、指し示しているのは同じ事柄なのだ。
「そうか」
レイの口からこぼれ落ちた返答は、私たちの間に静寂をもたらした。
部屋の散策を続けようにも、私たちはお互いの進路上に立ちふさがっていて、相手をどかさない限り先に進めない。
でも今は、衣擦れの音ですら怖い。
どんな些細な音でも動きでも、気を付けていないと余計なことを口走ってしまいそうな、嫌な緊張感があった。
何か言ってくれればいいのに。
「も、もう他の部屋は見た?」
「ああ、1、2階は一通り見たよ」
「そう。これより上は、用途未定の空き室と、侍従たちのお部屋だったと思うわ」
固まった空気をどうにかしようと声を掛けたのに、結局すぐにまた沈黙が落ちてきてしまう。
レイモンドはどこか窓の外を見ているようだけど、私は彼の表情に目を向けることができない。
「お嬢様。レイモンド様も。少し休憩されてはいかがでしょう。すぐに紅茶を用意いたしますので」
ドリスー!
沈黙に耐えかねて、もう自室に切り上げようかと口を開きかけたとき、有能侍女が背後から助け舟を出してくれた。
「ええ、ありがとう。そうしましょうか」
「ではおふたりとも階下のサロンへお越しくださいませ」
ドリスは、うやうやしく一礼してから領主側の執務室の扉の向こうへと消えた。
閉じられた扉からは、レイモンドをその先へ行かせない意思を感じる。
そうね、屋敷内は自由に散策して良いと言ったけれど、私の部屋だけは唯一、もう部屋の持ち主である私と一部の侍従以外は入室できないのだわ。
私は小さく頷きながら心でドリスに感謝して、未来の夫の執務室から廊下へと出た。
「ふたりとも、しばらくはコッチに滞在できんのー?」
「ええ、島の準備も進めないといけないしね。ジャンにも手伝ってもらいたいの」
「イイよー。もちろん……」
「新規での契約よ。神殿建設と別件」
「オッケー」
サロンへ入るとジャンバティスタの来訪が知らされ、良い機会とばかりに建設の進捗と今後の対応についての話をすることにした。
目の前に並べられた薔薇の香りの紅茶と焼きたてのクッキーに、私だけでなくレイもジャンも感嘆し、本題に入るまで随分と時間がかかってしまった。
この屋敷で働く侍従たちは、半年以上前にドリスが提案してお母様が招集、教育した者たちが半分、以前からバウドに奉仕し、新国での生活を希望する者が半分。
私が来る前から新生活の準備を進めてくれていたこともあるけれど、みんなしっかりと働いてくれて、なんの不便もなくいつもと変わらない日常が送れそう。
「前に立国の連絡を貰ってからすぐ資源については調べてたんだよねー。ホラ、俺ってそういうトコ感覚鋭いから」
「それも期待してたわ」
ジャンが自身のカバンから書類の束を取り出すと、レイモンドが静かに立ち上がる。
「僕はキャンプのほうを見てまわってくるよ。精霊を特別に動かす必要があるかどうか、みんなの要望もしばらく聞けていないからね」
「ああ、ありがとう。助かるわ」
以前は、夕のお祈りの前に散歩がてら作業者のみんなの話を聞いてまわっていたけれど、バウド家での生活が中心になってからは、あまり出来ていなかったのだ。
いつからいたのか、エナガが部屋を出て行くレイの肩に乗っているのが見えた。
「じゃ、いいかな。調査結果はこっちにまとめてあるんだけどー、やっぱり火山があるせいかな、クリスタルが多く採れそうだね。これは──」
難しい話が苦手なものだから、ジャンの説明もなんだか右から左になってしまう。
クッキーおいしい。
ローザの作るお菓子とは少し違う。ほんのり香辛料も混じっているようで、甘いばかりじゃないのが癖になりそう。
「聞いてる?」
「聞いてはいるわよ」
「頭には入ってないね」
テーブルに肘を乗せて頬杖をついたジャンが、上目遣いでこちらに視線を投げた。
ジャンを童顔たらしめるその大きな瞳は、最近少し大人びて見えることが増えたように思う。今もまた、ナナメ下の角度から見上げるその瞳には熱っぽさが混じっている、気がする。
「私が考えるべきことと、専門家にお任せするべきことを分けているだけだわ」
「丸投げするつもりだ。いいよ、任されてあげる。だからさ──」
「ジャンバティスタ様」
ジャンが何か言いかけたのを、ドリスがジャンのすぐ脇に立って腰に手を当てながら遮る。
「肘をつくなんて、お行儀が悪うございます」
「あー、ドリちゃんはほんといつもイイトコでー」
ジャンが体を起こして両腕を上げ、大きく伸びながらドリスに非難の声をあげた。
「完遂したければ、私のいないところでお願いしますね」
特にこれといった事件のない日常回でした。
ドリスさんが強すぎて、なかなか主人公とその周りの恋愛に動きがないんだがっ!
作者権限でもってどうにか頑張りますね……。