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第83話 犬猿の仲

どんどん視点も場面も変えちゃいますからねぇ。忙しいですねぇ!


(さすがに五月蠅いな……)


 ラニエロ・バウドは、隣室から聞こえてくる女たちの話し声、笑い声に眉をひそめた。

 彼の横には外政部大臣である伯爵アメデオ・ルケッティが、目の前にはドロテオ・ソラナス──つい先日まで隣国バルテロトの上位貴族だった人物がいる。


 キャロモンテへ亡命を果たした彼は、バルテロトから持ち出した一切の情報と引き換えに、この国で安全を手に入れなければならない。

 ドロテオとドロテオの連れて来た人物の()()について、大切な話をしているというのに──。


 ラニエロが表情を曇らせたことに気づいたのか、アメデオが苦笑する。


「若い娘が集まると賑やかですね」

「なんのために愚妹を連れて来たやら。申し訳ありません」


 ボリュームを一段下げるよう言い含めるために侍従を呼ぼうとしたとき、ドロテオが笑い声を含ませながらそれを制した。


「いいえ、ビビアナ様があれほど楽しくされるのは随分と久しぶりです。どうか、そのままで」


 バルテロトの末の姫君だったビビアナは、王の側妃である母親を亡くしてからほとんど笑わなくなった、とドロテオが続ける。


「そういえば、ビビアナ様の母君とは古いご友人と仰ってましたね」

「ええ。彼女は他国の出身でしてね、私が剣の修行で留学したときに知り合ったのです」


 思い出話を語る独身貴族の瞳は、穏やかに、悲し気に、揺れていた。


(惚れた女の忘れ形見を守るため、か)


 バルテロトは小さな国ではない。しかし国を動かすべき貴族が腐敗している。

 周辺国家をほとんど傘下に治めているキャロモンテは、西と南が海に面し、北には二つの属国が並ぶため、直接国境を接する対立国家は東のバルテロトだけだ。


 それに対してバルテロトは、ほぼ全方位を他国に囲まれ、友好国と呼べる国は多くない。

 山が自然の要塞となって他国の進軍を拒むのが不幸中の幸いだが、より安全を保障するため、他国に、または国境を守る辺境の貴族に、継承権を持たない王女たちが献上されるのも通例となっている。


 若い侍従がアメデオに何事か耳打ちすると、ひとつ頷いてからドロテオとラニエロを交互に見て微笑んだ。


「休憩にしましょう。昼食の準備が整ったようです」




「アニー様にいらしていただいて、本当に助かりました。わたくしでは気遣いが足らず──」

「ええ、本当にメアリは気が利きません」


 メアリが嫌味っぽく愚痴を言おうとするのに被せて、年齢以上の大人っぽさを垣間見せるビビアナが顎を突き出しながら文句を言う。

 いがみ合う二人に、アナトーリアは眉を下げて苦笑を浮かべた。


 メアリは、ドロテオとビビアナがキャロモンテでの生活を始めるための世話役である、ルケッティ伯の愛娘であり、そのメアリの表情を曇らせるビビアナに、ドロテオが慌てふためいた。


「で、でん……いや、び、ビビアナ様!」

「ふふ、ビビアナ様。私の大切なお友達をいじめないでくださいませ。メアリも。少し大人げないですわよ」


 アナトーリアが諫めると、ビビアナは頬を膨らませながら窓の外へ視線を逃がす。

 思春期を迎えたばかりのビビアナは、壮年の独身男には手に余る。環境も立場も大きく変わった少女の心のケアに、メアリが駆り出されたのだがうまくいかない。


「アニーはわたしの友達ではないのですか」

「私は、まだビビアナ様のお友達ではありませんわ」

「……」


 思いもよらないアナトーリアの否定の言葉に、男性陣は皆食事の手を止めて状況の理解に努める。

 ビビアナが微笑むアナトーリアを涙目で見つめると、メアリが意地悪そうに笑いながら語り掛けた。


「ビビアナ様。先ほども申し上げた通り、貴女様はもうお姫様ではなくなったのです。今はただのビビアナ・メリーノ様。ソラナス()()を後見人とした、ただのビビアナ様ですわ」

「わかってます」

「アニー様は、礼儀を知らぬ方とはお友達になりませんの。お立場をわきまえていらっしゃいな」


 ビビアナは返事をしない。頬を膨らませて顔を横に向けるのを、メアリがさも楽しそうに笑った。

 おろおろする年長の男たちの横で、ラニエロはメアリの表情を観察しつつグラスを口に運ぶ。


(アニーと似た目をする娘だ……)


 ドロテオとビビアナは、キャロモンテに亡命することによってそれまでの立場を失った。

 ドロテオはルケッティの補佐として子爵、ビビアナはドロテオの後見を得ただけの平民という扱いになる。

 ソラナスの養女となる方が簡単ではあったが、ビビアナには、もう無くなってしまった母の生家の姓を名乗ってもらいたい、というのがドロテオの希望であった。


 メリーノ家を立てるにはビビアナがそれだけの功績を残す必要があるが、叶わなければソラナス家に入れば良い。

 独り立ちをするまでの間、メリーノを名乗っても構わないというのがキャロモンテの考えだった。

 但し……立場は()()に近くなる。それを理解しなければ、この貴族社会で生きていくのは難しいだろう。


「アニーは──」

「アナトーリア()です、ビビアナ様」


 ビビアナが亡命前と同じ調子で周囲の人間を呼び捨てにするのを、メアリが窘める。

 アナトーリアがいないときは、日がな一日このやり取りばかりが続き、ビビアナとメアリの間の溝は深くなる一方であった。


「でもメアリのことは呼び捨てにしているのに」

「私がですね? ええ、家格も違いますし……なにより私はメアリとお友達ですから、敬称は省略させていただいてますわ」

「わたしは平民になったのに、なぜ呼び捨てにしないのです」

「礼儀ですから。けれどお友達になったら愛称で呼ばせていただくかもしれませんね」


 ラニエロは、アナトーリアとビビアナのやり取りを見て、やっと状況を理解することに成功した。

 元王女は、自分の立ち位置と振舞い方がわからずに混乱しているのだと。


「ビビアナ様はもしアニー様とお友達になっても呼び捨てにできませんけれど」


 くすくす笑いながらビビアナを苛めるメアリに、ラニエロは少しずつ親しみを覚えるようになった。

 今のビビアナにはっきりと物を言える人間は多くない。本心はどうあれ、メアリがその憎まれ役を買って出ているのは明白だ。


「友達というのはなにをしてくれるのです? ピアピアは何もしてくれないのに」

「……うさぎのぬいぐるみです」


 ぼそり呟くビビアナの言葉を補足するように、ドロテオがピアピアの紹介をする。


「ピアピアと同じように寄り添うことができます。一緒にご飯を食べて、一緒にお喋りをして、楽しいことも悲しいことも一緒に分け合えます」

「さっきは、アニーもメアリもそうしてくれたでしょう。友達じゃないのですか」

「ただの予行演習ですわ」


 アナトーリアが微笑みを浮かべながら説明すると、ビビアナは目を丸くして首を傾げ、それをメアリがけんもほろろに切り捨てる。

 ビビアナが素直さを見せればメアリが挑発、という一連の流れが繰り返されるたび、誰もがこの二人の不仲に納得するのであった。


「ぷっ……くっ、レディ・メアリ、もう少し優しくしてやったらどうだい」


 ラニエロが耐えきれずついに笑い出すと、メアリは一瞬ハッとしてから、みるみるうちに顔を赤くして俯いた。


「メアリは貴族のくせに感情も隠せないのですね」

「なっ──」

「さぁさぁ、ふたりとも、ご飯が進んでませんわ。スープが冷めてしまいますよ」


 目を合わせようともしない二人を見て、ラニエロはできるだけ頻繁にアナトーリアを連れて来た方がよさそうだと苦笑した。


登場させるつもりのなかったお姫様出しちゃった……。

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アジア風ファンタズィーもよろしくおねがいしまーす!
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― 新着の感想 ―
[一言] 唐突なサウンド・オブ・ミュージック感( ˘ω˘ ) いいですねえ、こういうお転婆なお嬢様と主人公が段々仲良くなっていく系のお話は大好きですよ! これだけで一本の短編が書けそう!w ラストシー…
[良い点] >思い出話を語る独身貴族の瞳は、穏やかに、悲し気に、揺れていた。 >(惚れた女の忘れ形見を守るため、か) さいこうに燃えるシチュですね [気になる点] >ラニエロが耐えきれずついに笑い出…
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