第81話 商人の勘です
更新したつもりになってた……なんでや……!
階下が騒がしい。何やら急なお客様でもいらしたようだけれど。
机に向かって、自分が王となって独立するために必要なことを書き出していると、少し慌てたようなノックの音が響いた。
一瞬遅れてガイオの声。
「お嬢様、ジャンバティ──わっ、困ります、卿!」
階下の騒ぎが私の部屋の前まで移動して来たらしい。
今度はもっと大きな音で、再度扉がノックされた。
「アニー様! ちょっとお伺いしたいことがあるんだけどなー」
「……ドリス、開けて差し上げて」
「ええっ! いけません。サロンでお待ちいただきます」
私が頭痛を感じてこめかみを揉みつつドリスを見ると、有能侍女は隣の衣裳部屋から廊下へと出て行った。
十数秒の後、ジャンバティスタの悲鳴が聞こえて来たような気がするけど、……最近空耳が多いのよね。
それからまたしばらくして、改めてドリスが呼びに来てくれたので、私もゆっくりと部屋の外へ出る。
「……だいぶ騒がしかったが大丈夫かい」
私の部屋のほうへと歩いて来る人影は、シンプルなシャツにタイトなキュロットと、ラフな休日貴族男子の装いだ。
「あら、レイモンド。フードをとっているなら先生はもうお帰りなのね。お勉強がもう終わったなら、ご一緒にどう?」
「僕が同席しても?」
「もちろん……むしろお願いしたいくらい」
ジャンはだいぶ鬼気迫る様子だったけれど、その理由はわかっている。
昨日の島への定期連絡で立国の件も含めて最新情報をお届けしたからだわ。
機に聡い商人だし、詳しいこともこれからの王家の動きについてもいろいろ聞きたいこともあるでしょう。
今は島における開発の全てがジャンの采配で進んでいるから、もし彼が新しい商機の方に尽力したいということなら、私たちが島の開発を引き継がないといけない。
「──っ! ……うわぁレイ君の目、初めて見たカモ」
ジャンの第一声はレイモンドへの驚嘆の言葉だった。視線も、レイモンドの髪や瞳にばかり張り付いている。
「手紙でも少し触れたけど、キャロモンテに伝わる伝説はレイのことを指してると考えて間違いないと思うの」
ゆっくり話しながらジャンの対面に座り、レイモンドにも隣にかけるように手で促す。
ドリスがお茶の準備を始める横で、ローザが焼き菓子を運んでくれた。
「クララ嬢はニセモノってこと? まぁどっちでもいいケド。ね、立国するってほんと?」
「ええ。キャロモンテから信仰を取り除くにはそれが手っ取り早いから」
ジャンは腕を組んでしばらく考え込む。
私もレイモンドもただそれを眺めるだけ。ジャンの思考に追いつけるなんて思えないもの。
「うーん。困ったな」
「どうかした?」
「俺、移住するわ。アニー様のほうの国民になる」
「そのほうが稼げる?」
「まず間違いなく。……ただ、うーん、困ったな。ね、アニー様ってもしかして、今すっごい婚約の話きてるんじゃナイ?」
やっぱり。
ジャンの思考に追いつくのは無理。どうして移住の話から私の婚約のほうに話が飛ぶのか見当もつかないわ。
「まぁ、ね」
「でも全部断ってる」
「ええ」
そこまでの問答を終えると、ジャンはまた一人の世界に入り込んでしまった。
もう少し、今後の動きについて指示や依頼が飛んでくるかと思ったけど、そんなこともないみたいね……。
レイモンドは考え込むジャンを眺めながら、彼は彼で何か考えこんでいるみたい。
私も何か考え込むふりとかしておいたほうがいいかしら。
「……女王にならない方法は?」
「もしあるとすれば、レイモンドを王に。彼は私が島へ行くより前からいるのだから、その権利があるはずよ。けれど──」
「誰も頷かない、か」
「ええ」
キャロモンテの誰にとっても、レイモンドは得体の知れない人物であるはず。
誰とも知れぬ人間に、キャロモンテの資産であった島を割譲し、さらに立国させるわけがないのだ。
私が女王となるのだって、バウドがキャロモンテにあって、ちょっとした人質のような扱いができるから、というのもあるはず。
「レイ君は王になる気はないの?」
「僕が? なりたいとは思っていないが、それが島やリアのためになるならやってみせるよ」
なんでもないことのように言ってのけるレイモンドだけど、それは本心であり覚悟だと思う。
王との謁見も、家庭教師による授業も、政の大変さを彼に教えているはずだから、軽い気持ちで言える言葉じゃない。
島やリアのためになるなら。この言葉は、ずっと昔、フィルが筆頭王太子候補であった頃に感じた気持ちを思い出させる。
国を治めるためのパートナーに必要な覚悟だ。
「……そ。りょーかい。俺は俺で頑張るしかないかー」
ひとりで何かを納得したらしいジャンは、両腕を頭上にあげて大きく伸びをする。
その表情は敏腕商人というよりも、まだまだ遊びたい盛りの学生のように見えて、私は大事なことを思い出した。
「あっ。ジャン、学院をやめようかと考えてるって言ってなかった?」
「ああ、そうそうそれ。もうこの半年ほとんど行ってないし、もういいかなーと思って」
「駄目よ。学院くらいは卒業しなくては……」
神殿建設のほとんどをお任せしていながら、言えた義理ではないのだけれど。
そこはそれ。
年上の威厳で頬を膨らませながら進路について熱く語ってやることにする。
「卒業したところで爵位を継ぐわけでもナイし、王城で働くわけでもナイ。それに俺はそのへんの坊ちゃんよりも余程将来有望だよー?」
「それはそうだけど」
「ま、義父上様に学費を出させるのはキモチイイからねー。あと1年と少しか、在学してもいいかな。気が向いたら卒業も考えとくよ」
私はジャンの家庭の事情には詳しくない……というか、クララのメモに書いてあることが正しいのなら、義両親や義姉のことは苦手に思っているらしい。
学院くらいは卒業したほうがいい、というのは私の前世からの価値観であって、決してこの世界で通用するものとも思わないけれど、それでも卒業を目指してもらえたほうが安心する。
それが例え、義両親に金銭的ダメージを与えるためであっても。
「ま、とにかくさ。国がどれだけ禁止したって、信仰心ってのは止められないモンじゃない? だから俺はそっちで商売する。いつか島は聖地になって人が集まるはずだよ」
ニヤリと笑ったジャンの瞳は、本当に楽しそうに輝いていた。
正直言って、ジャンが私の国に軸を置いてくれるなら経済的な面の心配がほとんどなくなると考えていい。
……アドバイザリーをお願いしたいくらい。
そうね、国として動き出したらそれも考えてみてもいいかもしれない。
「王サマは、商売人との二足の草鞋は履けないよ」
静かな声だった。ぽつりとレイモンドがこぼしたけれど、私にはその言葉の意味がわからない。
対してジャンには理解できたらしく、一瞬丸くした目を細めてから、片方の口の端を持ち上げた。
「へぇ……。レイ君ってボケっとしてるかと思ったけど割と鋭いんだ。障害があるほうが燃えるってヤツだから、だーいじょーぶ」
一体なんの話をしているのかと私が口を開く前に、ジャンが今後のスケジュールについて話を始めてしまった。
ふたりともその話題を引きずるような雰囲気ではないので、きっとたいした話ではないのでしょう。
めちゃくちゃ頭の回転早い人って設定にしとくと割と楽なのではと気づき始めたズボラ作者。




