第8話 誘拐です ★
ブクマやら評価やらありがとうございます。
また、誤字報告くださった方、ありがとうございました。
2019/08/02:FAいただきました!最後にありまーす( ゜∀゜)
薄暗がりの中で光る双眸。
明るくなる前に一狩りするつもりなのかしら?
彼(彼女だろうか?)は、炎を全く恐れる様子もなく、静かにこちらへ一歩一歩近づいてくる。
そういえば野生動物の多くは、目を見てはいけないと聞いたことがあった。
目を反らして、視界の隅で狼を捉えてはいるものの、隙も逃げ場もなく、動けない。
狼は群れで行動するはずだし、運よく洞穴から出ることができたとしても、既に周囲は囲まれているかもしれない。
本や絵画ではなく、生きた狼を見るのは初めてだ。
体高は、1メートルは優にありそうに見え、狼とはこんなにも大きな生き物だったのかと驚く。
炎を挟んで向かい合ったとき、狼はふいに踵を返してこちらにお尻を向けた。
美しい毛並みは、太くて長い尾の先まで続いていて、彼がそれを揺らすたびに毛の1本1本がたなびく。
「……?」
狼はお尻をこちらに向けたまま、いや、体側を見せながらと言うほうが正しいのかもしれないけど。
たまにちらりとこちらを見ては炎を避けながら少しずつにじり寄ってきた。
まるで害意はないと伝えたいみたいに。
すっと落ちた尻尾を見ればそれは一目瞭然。私も逃げる必要はないと判断する。
「な、なに……? なにか言いたいことがあるの?」
逃げなくて大丈夫、そう自らに言い聞かせてもやはり怖い。
口からぽろりと零れた言葉は上ずっていて、より緊張感を高めた。
ついに私に触れるほどの距離まで来た狼は、そのままペタンと座り、お尻を私に押し付ける。
これは、一体どういう意図があるのだろう。
イヌならば信頼の証かとも思うけれど、狼も同じことをするのかしら。
不思議に思いつつも、泥だらけの服を通してもわかる、その柔らかなむにむにとした質感。ほんのり伝わる温かい体温。
それらがどうしようもなく抗いがたい欲求を思い起こさせ、私はついに手を彼の背へと伸ばしてしまう。
その、ほんの一瞬のことだった。
「ひゃ……ッ!」
ぱっと振り向いた狼は、背中に伸ばした私の袖をパクリと噛み、ぐるんと前に引っ張った。
必然、私の体はその強い力に引っ張られ、目の前に座る狼に、まるで覆いかぶさるような体勢になる。
そして。
ふぅわり風と浮遊感を感じたかと思うと、私の体はタイミングよくスッと立ち上がった狼の背に、すっかり乗せられていた。
「きゃっ、きゃあああああああああ」
突然の全力疾走。
狼の太い首にしがみついて、必死に振り落とされないようにする。
どこを走っているのか、登っているのか、下っているのか。東? 西? もはや何もわからない。
目を開けると、流れるように通り過ぎていく木々があまりにも近くて、より恐怖が増す。
見えないことは幸せなのだわ……。
もう一度目を閉じて、深く考えるのをやめた。
今この瞬間の私にできることは何もない。
この島は何かがおかしいのだ、きっと。
あんなに少ない燃料で、朝になっても炎がまだ消えずにあったことも、日当たりも大して良くない場所に育つ、季節外れの美味しいリンゴも。
異常だ。
異常な島の狼が、異常な行動をとるのは、つまり正常。
……うん、私はやはり怖いのね、まともな思考ができていない気がするわ。
ただこの柔らかな被毛は私に安堵感を与え、狼の首の後ろに顔をうずめさせた。
ほどなくして狼の動きが止まり、私は瞼の向こう側に強い光を感じた。
鬱蒼とした森の中で、これだけの明るさを感じることに驚いて、目を開ける。
少しずつ昇り始めた太陽が、空から闇を払っていく。
そうやって明るさを増していく空から、光を目いっぱい浴びる緑豊かな草原が、目の前に広がっていた。
「わ」
狼がペタンとお尻を地につけ、私はバランスを崩してどさりと落ちる。
ここは森に囲まれた草原で、そして湖の畔のようだ。
広い草原となっているのは、湖のおかげで植生が周りと違ったのだろうか。
すぐ目の前に大きな湖、その向こうには石でできた大きな祠。
石造りの頑丈そうなそれの周りには、色とりどりの花が咲いてとても綺麗だ。
ただ、私の視線は、歴史を感じさせる祠でも、鮮やかな緑が広がる草原でもなく、別の一点に釘付けになっていた。
男の子がいるのだ。輝くように真っ白な髪と、透き通るような白い肌を持った少年。
私のすぐそばでペタリと腰を下して、興味深そうにこちらを見ている。
彼は古い時代にそうであったような、大きな布をただ巻きつけるだけの衣服をまとっていて、右の滑らかな肩が露出している。
露出した肩や腕の、細いのにどこか丸みのある線は、少年が少年であることを全力で主張しているように感じた。
私をここまで連れて来た狼は、ゆっくりと少年の背後へ歩み寄っていき、静かに横になる。少年はそれを待ちかねたように寄りかかると、嬉しそうに笑う。
さらに。
彼の傍らで寝そべるウサギは金色に輝いて見え、少年に背を撫でられるたびに気持ちよさそうに目を細めている。
目を凝らして見れば、少年の肩には小さな白い鳥がとまっていた。あれはエナガ、と言ったかしら。とてもふわふわの綿毛みたいな鳥。
キラキラと煌めく水面、美しい少年、美しい動物たち。
いつか美術館で見た有名な絵画のひとつみたいに、不思議と心を惹きつける光景だ。
「あ、えっと……」
この少年もまた狼に連れて来られたのだろうか? ご両親が近くにいるのかしら。
だが、なんと声をかけたら良いものかわからない。言葉が出ない。
少年と動物たちの、圧がすごいのだ。オーラとでも言うべきだろうか。
「なにをしておる。こっちへくるのじゃ」
少年は訝しげに眉をひそめながら、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。
「なっ……痛っ」
少年に声を掛けられた直後、私は投げ出した足を何か柔らかいものに撫でられた。
予想外の感触にびっくりして、反射的に足を引っ込めようとした結果、激痛に悶える。寝起きのときよりもっと痛い。
「ニャゥ」
猫……?
大きくて鮮やかな、朱色にも似た赤毛の猫が、足元から私を見上げている。
長く輝くようなその毛は見るからにふわふわで、私は触りたい、もふりたいという欲求が痛みを凌駕しそうになるのを感じた。
匿名希望さまよりイラストいただきました!
猫チャンはソマリ
ウサギチャンはネザーランド・ドワーフ
エナガはシマエナガ
狼はホッキョクオオカミのモフ具合
あたりをイメージしていますが、彼らはリアルに分類されるタイプの種族ではありません。
めっちゃユニーク種です!そういうことにしましょう!