第77話 巫覡の証明です
挨拶が不要であるとのお言葉を賜って、私とお父様とレイモンドはそれぞれ、陛下の着席を待ってから席についた。
以前、フィルの誕生日パーティーの前に謁見が叶ったときと同じ部屋に通されている。
陛下の周囲には、以前にもいた近衛騎士が複数と……見慣れない機械を持った人物が2人。近衛と同じ騎士服でありながらクラバットが青色、つまり魔導部に所属する人物だ。
私の視線に気づいたのか、陛下が口元に笑みを乗せながら魔導部の存在について説明してくれた。
「巫覡であることを証明してもらうと聞いたのでな、念のため魔導部に防護壁を張らせることにした。いや、変な意味はない、お前たちのためだ」
魔法攻撃に対しての防御をさせるということだわ。
そしてそれは、陛下の仰る通り私たちのために他ならない。
私たちが陛下に攻撃を仕掛けることはあり得ない。仮にそれを狙ったとて、こちらに得るものは何もないのだから。
けれど、この隙を狙って私たちを陥れようとする悪趣味な人物ならいくらでもいるのだもの。
「陛下のご厚情に拝謝も──」
「良い、早速始めてくれ」
お父様がお礼を申し上げるのを遮って、陛下が私とレイモンドを交互に見る。
ここまで、レイモンドは何も言葉を発していないし、フードも深く被ったままだ。
それが許されるのは、お父様が事前によくよく話を通しておいてくださったから。
やり直しはきかない。ひとつの失敗も許されない。
「では──。レイ、フードを」
私の言葉に小さく頷いて、レイモンドがゆっくりとフードを下ろす。
少しずつ露になる黒髪に、近衛騎士も魔導部隊員も目を丸くするのがわかった。
さすがに陛下の表情に変化は見られない。
フードをおろしきると、俯いていた顔をゆっくりとあげて、同時に瞼もあげて陛下を真っ直ぐに見据える。
真っ黒な瞳で。
「おお……」
さすがに、陛下も感嘆の声をあげた。
「レイモンド・チェルレーティですわ」
「確かに、黒髪黒目なのだな」
「髪の毛くらいでしたら、染めていない証明のために数本抜いても構いませんけれど」
私が冗談めかして言うと、陛下もまた必要ないと笑って言った。
「だが容姿だけでは『ミス・フィンツィではなく我こそが』、とは言えんぞ」
「ええ。早速始めさせていただきます。お願いしていたものは……?」
きょろきょろとそれらしい物体を探すと、陛下の傍に控えていた従者のひとりが物陰からそれを運んできた。
大きな植木鉢と芋。
目の前に置かれたそれを確認して、レイモンドがおもむろに立ち上がる。
レイの動きに反応して、魔導部隊員たちが半身に構えた。手の中の機械も微かな音をたてながら光る。
カツッ
口の中で何事か呟き、右手に構えた杖で床を一度叩く。
ふわりと室内に風が舞って、近衛のひとりが風の侵入口を探そうとキョロキョロするが、もちろん見つからない。
カツッ
さらにレイモンドが杖で床を鳴らすと、空中にぽかりと水球が生まれ、ふよふよと舞いながら形を変え、分裂し、集合する。
カツッ
誰もが水球に気をとられているうちに、目の前の植木鉢には並々と土が生まれていた。
私がその土へ芋を埋めると、ぷかりと浮いていた水球が吸い込まれるように植木鉢の土へと浸透していった。
カツッ
レイモンドの口上に合わせるように、植木鉢から芽が現れ成長し、1本を除いて他の芽は自然と枯れていく。
ぐんぐんと芽が伸びて立派な茎になり、葉が大きく開いていった。
そのうちに葉は下のほうから黄色くなっていき、私はついにその茎を引っこ抜いた。
カツッ
新たに生まれたいくつもの芋は綺麗に洗われて、葉と、食用に向かないくらいの小さな芋はあっという間に枯れてしまう。
と思えばその葉は細い煙をたてながら燃え始め、あっという間にテーブルの上で焚き火サイズの炎になってしまった。
室内を煙が充満するかと思いきや、全くと言っていいほど空気は清浄なままで、物が燃える匂いすら、誰も感知することはできない。
カツッ
一際大きく炎が燃えたかと思うと、夢か幻のようにその火は姿をなくし、テーブルの上には植木鉢とホカホカに焼けた美味しそうな芋が5個。
ここまで、10分もかかっていない。
誰もが目の前で湯気をたてる芋を見つめながら、何が起こったのか理解できずにいた。
「焼き芋の出来上がりですわ。甘くて美味しいですわよ」
精一杯の公爵令嬢スマイルを陛下に向けると、そのセリフを合図にしたようにレイモンドが椅子へ腰を下ろした。
「い……今のは?」
「芋の一生、ですかしら」
あえてとぼけて見せる。そんなことが聞きたいわけではないとわかっているけれど、質問は具体的かつ限定的にしてほしい。
何もかもを話してしまうつもりはないのだから。
「これが、精霊の力か」
陛下は誰に聞かせるでもなく呟く。何が起こったのか、精霊に何ができるのか、少しずつ理解を深めているように感じる。
実際には精霊を呼んだわけではないけれど、神の加護については誰も知らない。だからレイモンドがひとりで精霊に近い力を使ったなんて気づきもしないはずだ。
気づかれたらそれこそ魔女だ魔法使いだと酷い目に遭わされそうだけど……。
「アナトーリアよ。そなた、民のために神殿を建て、精霊のために信仰を取り戻さんとしておると、噂に聞いておるぞ」
目礼だけで肯定の意を示す。
ヤナタに信仰を禁じているのに、その国の公爵家が率先して信仰を取り戻すなど言葉にしづらい。
「今の不思議を見せてやれば、民心など簡単に掴めよう。これだけのことができてなぜ、精霊はカルディアを見捨てたのか……」
「おそれながら……、今お見せしたようなイリュージョンで掴んだ民心に、畏怖はありますでしょうか。武力で勝ち取る信仰は、恐怖を生み出しませんでしょうか」
結果的にカルディアを見捨てる判断をした本人、レイモンドの手を、テーブルの下でそっと握る。
間違っていない。精霊は人間同士の争いではどちらにも与しない。レイモンドは、悪くない。そう伝わるように。
「しかし……」
「精霊は、ただ人々に寄り添っていたいだけなのです」
陛下の瞳よりもっと上から視線を感じる。魔導部隊員だ。彼はもしかしたら、ヤナタの王子としての、キアッフレードの手の者かもしれない。
キアッフレードは、精霊のことを知らない。何ができて何ができないのか。何を望んでいるのか。
「ん、いやまさか、……いや、そうか」
独り言のように何かもごもごと呟いた陛下は、一瞬俯けた顔を上げて、またレイモンドと私を交互に見た。
「そなたたち、二人揃いで伝説の巫女か」
左右から……お父様とレイモンドの二人が反射的に私のほうへ顔を向ける気配があったけれど、私は真っ直ぐ陛下を見つめたまま、小さく頷いた。
「その可能性はゼロではないと、私も考えています」
──国を脅かす天変地異が起こりしとき、黒き髪と瞳を持つ者、民草を導く女が精霊と共にその怒りを鎮める。
キャロモンテに伝わる【精霊伝書】に記載の一文がこれだ。
誰も、「黒き髪と瞳を持つ者」と「民草を導く女」が別の存在だと考えもしなかった。
私だって、キアッフレードに指摘されるまで全く気付かなかった。クララの存在があったから余計に。
「天変地異は起きると思うか?」
「起きないようにするために、……取り戻したいのです」
陛下の表情には深い苦悩がある。同じように、私にも。
無信仰政策を掲げる以上、私が信仰を取り戻すと明言すれば、例え高位貴族と言えど対応せざるを得ない。
ただでさえ、クララが伝説の巫女ではないと今発覚したわけで、一国が偽物の巫女に踊らされていた事実をどうにかしなくてはいけないのだ。
陛下の目の前には問題が山積している。
長い長い沈黙の中、誰もが陛下を見つめた。
ここでできた焼きいもはですね、ジャガイモみたいな見た目で、サツマイモみたいなお味なんですよ!美味しそうですねぇ。安納芋食べたいなぁ




