第73話 調査結果です
催眠術でも超スピードでもなく半年経過しました
忙しなく過ごしていると半年なんて本当に一瞬で過ぎてしまう。
鮮やかな緑だった島の木々も、色を変えたり葉を落としたりしながら表情を変えていった。
島に屋敷を建設し、使用人をいくらか新たに雇い入れたい、という相談をした結果、水を得た魚のように張り切ったのはお兄様と……お母様だった。
バウド家からの出資として、資材も作業者も神殿建設とは別に用意してくれて、私のための屋敷がものすごいスピードで建築されようとしている。
使用人も、あっという間に集められ、既にバウド邸のほうで滞りなく教育されているらしい。
もちろん、神殿建設も順調と言えた。
ベースキャンプの拡充がひと段落したので、作業者をさらに多く受け入れることができるようになり、一部をキャンプ整備に残し、多くは神殿建設へ着手することに。
ゲノーマスと相談した結果、石材は島から採掘できるものと他国から取り寄せるもの、どちらも併用することとした。
というのも、石を積み上げていく過程で、スピーディーかつ安全に作業を進めるには精霊の協力が不可欠で、石材の切り出しと建設補助の両方を並行するのは、さすがに負担が大きいらしい。
全て取り寄せても構わないと言ったのだけど、ゲノーマスが言うには、島の石はとても綺麗だから、少しは使ってほしい、のだそうだ。
ベースキャンプには、本当にいろんな人が集まっている。
飲み屋、定食屋、鍛冶屋、皮革職人、それに農作業者や狩人も。
個人商店の営業許可を出したものもあれば、成果を買い上げる契約のものや、管理を任せるだけの契約のものまで様々だけど、まるで小さな街ができたみたいで驚いてしまう。
また朝と夕にはレイモンドと島を散歩してから祈りの時間を持ち、日中は人々の困っていることを聞いて回ってはピスキーや精霊と一緒に解決する。
時にはまた私も下手な狩りに出かけてレイやバルナバの足を引っ張ったり、果物や木の実を採集に行ったり。魚は相変わらず多く釣れないけど。
ジャンも最近ではほとんどの時間を島で過ごすようになってる。当たり前と言えば当たり前なのだけど、そのほうが都合がいいらしい。
ただ、学院を退学するつもりでいるらしいので、その点については近いうちにしっかり話をしたほうがいい気がする。
夢のようなスローライフがここにある。
ただ、これだけ楽しい毎日が続いているのも、この半年、ボナート家もクララもそれはそれは大人しくしていたからだ。
私が島にこもっているから、何もできない、と言ったほうが正しいかもしれないけれど。
このまま諦めてくれれば、神殿を完成させて信仰を少しずつでも取り戻して、このまま楽しくもゆったりした日々を過ごしていけるのに。
「ジャン! 行って来ます!」
「はーい。早く戻っておいでよー。じゃないと寂しくて泣いちゃうかも」
「はいはい。あ、私たちがいない間は、くれぐれも危険な作業やらせないようにお願い。いつ精霊を呼び寄せるかわからないから」
「おっけー。大丈夫、わかってるよ」
ジャンが残ってくれるから神殿建設も滞ることはないし、安心して島を離れることができると言うもの。
実は、陛下にお目通りがかなうことになり、私とレイモンドはしばし本土に滞在することになったのだ。
誘拐事件で魔導部から兵器が盗まれたことも、国境を接する他国の動きがきな臭いことも、陛下のスケジュールを圧迫させているらしい。
その割には高い優先順位で呼んでいただけたものだと思う。
カミーロ氏と一緒に神殿のほうへ向かうジャンの後ろ姿を見送ってから、私もレイモンドと共に港へ向かう。
後ろを振り返ると、バルナバもドリスも心なしか表情が硬い。
この数か月何もなかったからって、敵が何もしないとは限らない。誘拐事件は正しい意味では解決していないし、あれだけのことをしておいて諦めるはずがないのだから。
私も大きく深呼吸をして前を見た。
屋敷に戻ると、オクタヴィアンとトリスタンもちょうど戻って来たところだと聞き、レイモンドの案内はガイオに任せてお父様の書斎へ向かった。
以前、お忍びでキアッフレードが話をしに来たことがあった。
彼の言葉に嘘は感じられなかったけれど、念のため裏をとってもらうためにも、オクタヴィアンとトリスタン兄弟に出かけて貰っていたのだ。
「おう、来たか、小娘。じゃあ早速だが話進めるぞ。……結論から言うと、キアッフレードの話は正しい」
入室して扉を閉めると、オクタヴィアンがこちらをチラリと見て話を始めた。
すでにみんな難しい顔をしていたから、先に話を始めていたのかと思ったけどそういうわけでもないらしい。
オクタヴィアンの横で、トリスタンが静かに私に臣下の礼をとる。臣下の礼と言っても、これはトリスタンの独自のものだ。
右手を軽く握り、親指側の側面を自らの心臓のあたりに当てる、ただそれだけ。跪けないとき、私に対してのみ行われる忠義。
信のおける間柄においては無駄な挨拶を省いてしまうオクタヴィアンと、本当に正反対だと思う。
「前回は、ヤナタが動きを見せる中心人物がキアッフレードだってわかった時点でこっちに戻って来たが……キアッフレードの目的を理解して探ってみれば結構わかりやすい動きをしてたな」
「と言うと?」
お父様はご自分の机の前に座り、腕を組んで難しい顔をしている。
この半年の間、オクタヴィアンはヤナタに、トリスタンは東の隣国バルテロトに出向いていた。
つまりここで行われる報告というのは、他国の情報、情勢。宰相であるお父様はきっと、たったひとつの報告だって聞き逃すわけにはいかないだろう。
「細かいことはあとで紙にまとめるとして……。ヤナタは、いやキアッフレードは今、バルテロトの動きを最も警戒してる。ヤナタを経由してキャロモンテに喧嘩を売るだろうってな」
「実際、ヤナタが最も国境警備が薄いからな」
「そうすりゃヤナタは戦場だ。ってのを、あっちの王も王太子も気づいてない。キアッフレードは戦場にしないための準備をしてるってわけだ」
お父様が腕を解いて身を乗り出した。オクタヴィアンの言葉の意味を正しく理解したらしい。
ヤナタを、キャロモンテへ出兵するための足掛かりにしようと考えているバルテロト。ヤナタを戦場にすることで自国の犠牲を最小限にとどめようとするキャロモンテ。
ヤナタの王がこの二国の思惑に気づこうが気づくまいが、キャロモンテにとってはどちらでもよかった。
キャロモンテの支援がなければ立ちいかなくなる国だ。大人しく戦場になる以外にとる道はない。バルテロト側に寝返られると厄介だが、そうならないよう手厚い支援も欠かしていない。
「準備とは具体的には?」
「まずは政治の実権を握る。そのために民心の掌握だとかヤナタ王の弱みを探すだとか、当たり前のことの他に……キャロモンテ国内での貴族の懐柔だな」
「それは?」
「いや、アンタがビビるようなことじゃねぇよ。奴はバウド支持だ。バウド派の基礎固めを陰ながら手伝ってくれてるし、あとはそうだな。ボナートを動きづらくしてくれてる」
思い当たる節があったのか、お父様もお兄様も顎を右手で触りながら目を閉じた。さすが親子というべきか、仕草がよく似ていると思う。
「……キアッフレードは、どうあってもヤナタの王になるつもりか」
「そういうこった」
溜め息がふたつ。
私は直接彼の話を聞いていることもあって、民のことをちゃんと考えて、国を戦場にしないために動くんだから良い王になると思うけれど。
実際に国の舵取りをしていると、溜め息が出るような事態なのかもしれない。
魔法のある世界はいいですよね!
建設期間適当でも言い訳ができる(コラ