第7話 夢うつつです
昨夜急に思い立って、今回投稿文から先を大きく手直ししました。
恐らく今回分は大丈夫だと思うんですが、次回から2話分ほど、「???」となる箇所が発生するかもしれません。
十分に確認していますが、得てして本人は見えてないことが多いものです。
何かありましたら教えてくださいませ!(焼き土下座
昼休みになって教室を出ると、どこからか女生徒たちが揉めている声が聞こえて来た。
探すまでもなく、廊下の隅にそれは見つかる。
4人の華やかな女生徒が、黒髪の少女を取り囲んでいた。
「なんの騒ぎ? メアリ、教えてくださる?」
「アナトーリア様……。ええと私たちは、クララが図書室でダミアンの腕にくっついていたので……」
ダミアンは、メアリの後ろで俯いているフリーデのフィアンセだ。
子爵令息であるダミアンは整った顔立ちで女生徒の間でも人気だったが、クララの入学する少し前にフリーデと婚約した。
「クララ、それは本当?」
「勉強を……教えてもらっただけです」
黒目がちな瞳に涙を溜めて、やましいことはないと訴えるクララ。
真っ直ぐ私を見据える目に、嘘はないような気がした。
でも、貴族の世界はやましい考えがなければ良い、というものではない。
それはすでに何度か本人に伝えたはずだけれど。
「既にお相手のいる異性の体に、軽はずみに触れるのは良くないの。できれば誤解を招く距離も避けたほうがいいわ」
貴女はもう立派な貴族なのだから、そう付け加えた時、私たちの背後から心配そうな男性の声がした。
「みんなで何も知らない子を取り囲んで、どうしたんだい」
「ビー」
「ビアッジョさま」
私とクララの声が重なりながら、颯爽と現れた男の名前を呼んだ。
「誤解を招くような状況は、できるだけ避けたほうが賢明というお話をしていたところよ」
私がそう言うと、ビーはぐるりとその場にいる全員の表情を見まわして、呆れたように笑う。
「この状況のこと? 君たちが年下の女の子をいじめているように見えるけど、これは誤解だって?」
ビーが顔を左右にゆっくり振ると、頭の後ろで一つに結んだ彼の長いレンガ色の髪の先も、肩のあたりからちょこりちょこりと顔を出した。
「詳しくはクララから聞いたらいいわ。私はフリーデと話があるから、行くわね」
彼の嫌味を聞くのは飽き飽きだ。
それよりも、フリーデの話を聞いてその心に寄り添ったほうが有意義な昼休みになる。
クララ、ビーの二人と別れ、フリーデやメアリなど4人の女生徒を連れて空き教室を探す。
そこへ、誰もいないはずの美術準備室から話し声が聞こえて来て、誰ともなく足をとめた。
「ねぇ、そろそろあの偉そうな女帝の時代も終わりだと思わない?」
「新女王が誕生するのは時間の問題ね」
「そうかしら? 王子があんなわかりやすい尻軽に騙されるとは思えないけど」
「でも。彼女、大きいじゃない。それに、『私なんにも知りません』みたいなタイプ、嫌いな男いないでしょ」
中で誰が話しているかなんてわからない。
ただ、私が「女帝」と揶揄されているのは知っているし、なんの話をしているかはよくわかる。
彼女の何が大きかろうと、王子がそれで相手を選ぶと言うのは不敬だが。
盗み聞きをしている私たちには、それを咎める権利もない。
そう、盗み聞きなど、はしたないことだ。わかっているのに、私たちはなんとなく動けずにいた。
「どっちにしろ、女帝が失脚する可能性も踏まえて、どう動くべきか考える頃合いってことよ」
「正直、平民あがりの馬の骨よりは歴史ある公爵家のほうが安定なんだけどなー」
「そりゃあね。でも決めるのは王子よ」
貴族は旗色を読んで動かなければならない。
私たちは子供の頃からそうして生きてきた。彼女たちは何も悪くない。
けれど。
さすがにもう立ち去ろうかと足を動かしたとき、背後から小さく声が聞こえた。
「アニー様、貴女がクララをいじめた」
え?
「アナトーリア様がクララを階段の上から突き落とした」
なんの話?
「わたくし、見ました」
「わたくしもよ」
「わたしも」
待って、どうしたの? なんの話をしているの?
振り返ると、そこにいたはずのメアリもフリーデも、誰も……顔がわからなくなっていて。
ただみんなが私を指差して何か言っている。
「メアリ!? フリーデ!」
みんなどこへ行ったの?
この顔のない人たちは一体だれ?
「もうやめて!」
……ッ!
ガバと起きたとき、私は自分が一体どこにいるのかわからなかった。
土と湿った風の匂い、パチパチと木が爆ぜる音と、その炎が照らす向こう側にはただ何もない闇が広がっている。
いや、闇と言うには少々明るい。この薄明かりと小さく聞こえる鳥の声は、朝の訪れと見て間違いないだろう。
ああ、私は国を追われたのだ。
ここは、誰のものでもない無人の島、エスピリディオン島。
いつの間にか寝てしまったらしい。
火の前に座って、立てた膝を抱えるようにして寝入った私は、体中がガチガチになっていた。
足の痛みをこらえながら全身を伸ばすと、ほんの少しだけスッキリする。
とはいえ、この足の痛み。思わず悲鳴をあげそうになるほど痛かった。
昨夜は興奮状態にあったから、痛みを感じづらかっただけかもしれない。
私は、自分の置かれた状況を思い出して大きく溜息を吐いた。
夢から覚めても、まだ覚めてほしい夢の中にいるみたいだ。
嫌な夢だった。
クララがダミアンと仲良くして、フリーデがメアリたちと共に彼女を囲んだのは実際にあったことだ。
ビーが助けに入ったのも、嫌味を言ったのも、いつも通りのこと。
そもそもビーはバウド家を嫌っている。
仕方ないことなのかもしれないけれど。
この国の政は、宰相を頂に置いて左右の丞相が補佐をすることになっている。
その権力の強度は上から順に宰相、左丞相、右丞相となっていて、現在の宰相が私の父、チリッロ。左丞相がビーのお父様のオネスト・ボナート公だ。
すでに執政官として働いている兄のラニエロは、権力が偏らないよう、右丞相であるピッポ伯のもとで修行している。
お父様が引退するか、執政の中心から外れない限りラニエロ兄様が表舞台に出てくることはない。
ビーは宰相候補、なんて周囲から持ち上げられているけれど、実際は、真の宰相候補はラニエロだと目する人のほうが多い。
生まれた順番から言っても、お兄様のほうが優位だろうし。
私が何か失敗するごとに「これが未来の王妃なんて世も末だ」と必ず言うのだから、もしかするとバウドが王妃を輩出するのも良く思ってなかったかもしれないわね。
幼い頃は、すごく良くしてくれたというのに……。
「……ッ!?」
カサリと音がして、洞穴の入り口のほうへ目を向けると、そこには大きな、あまりにも大きな、黒い狼がいた。
狼……ッ!




