第65話 来客と、来客です
オクタヴィアンの話によると、信仰を持つ民の間でキアッフレードが台頭し、活気づいた。が、これだけ盛り上がるのにはもっと別の理由があるらしい。
民は口をそろえて伝説が現実になったとか、そういう類のことを言うのだけど、伝説についての具体的な言及はない。
そもそも信仰を持っている民は常に隠れて活動している。それに加えて情報統制もされているらしく、なかなか真相に近づくことができないのだとか。
そこまで聞いたところで、私は来客の報せに席を立った。
島に神殿を建設するための話し合いはかなり順調と言えた。
「山の中に石造りの神殿なんて馬鹿げてる」
建築家のカミーロ氏は開口一番そう言った。石より現地の木材を使うのが効率的であり、もっともな意見だろう。
それにほとんどの民は知らないはずだけれど、本来あの山はいつ噴火してもおかしくなくて、エストがいなければ細かな地震だって頻発しているはず。そういった意味でも石造建築なんて馬鹿げているのだ。
「だからこそ、石がいいのです」
無駄だとか不可能だとか言われるようなことだからこそ、精霊の存在に信憑性が出そうだと思うのは浅はかかしら。
でも実際、精霊たちの協力がなければ困難を極める仕事だ。彼らの力を借りてスピーディーに進めていきたいものだわ。
そうしてお昼より前からずっと、ジャンや各種の専門家がやって来て意見を交換しているのだけど、具体的な話になるほど、現地で確認しないとわからないことのほうが多くなる。
カミーロ氏だけは、世界中の建築物を見て歩くのが趣味だとかで、石造りの小さな祭祀場を見たことがあるらしい。
そもそも神殿とはなんたるかを知らない他の方々は、カミーロ氏の説明を基に理解を深めていった。
存在すら不確かな神や精霊の住む場所を作るという仕事に、だいぶ困惑しているようだけど、それでも彼らはその道のプロだった。
予定地の大体の広さや大まかなデザインなどを勘案して、彫刻家やステンドグラス職人が意見を出し合って改善していく。必要な資材の量も概算とは言え算出できたようだ。
問題があるとすれば、精霊の姿が……狼はともかく、ウサギに猫にエナガだというのが却下されてしまったことかしら。本当のことなのに……。
動物ではなく人型ではどうかと提案しても、幼女の存在が却下された。これを知ったら、シルファムが怒り狂って竜巻でも起こしてしまうかもしれない。
ジャンには、各種資材の発注のほかに出店希望者の取りまとめや、建築プロジェクトの総指揮を正式に依頼する。
必要な資金については、王家からの莫大な慰謝料で賄うことになるのだけど、どうも噂を聞きつけた民が少しずつ募金をしてくれているらしい。
それにジャン自身も、デュジーリ商会の名を広めるのに役立っているからと、かなり安く見積もってくれるため、有難いことに私は資金調達の点ではあまり心配しないでも大丈夫そうだった。
「これらの契約内容は、普通の貿易船でめいっぱい資材を積み込めるかどうか。そして難なく山中を運べるか否かで変わるよー? ほんとに大丈夫?」
「ええ、もちろんよ。ああ、でも待って。石の一部はもしかしたら島で採れるかもしれない」
ジャンの心配も当たり前だと思う。
石材を船にめいっぱい積み込むなんて、運ぶ気がないと思われてもおかしくないもの。だけど船の往復を減らすだけでかなりのコスト削減になる。金銭面も、所要時間という意味でも。
海の上をウティーネに、山の中をゲノーマスに手伝ってもらえば、全く難しい問題じゃないはずだわ。
ただ、よく考えたら火山があるのだもの、外壁に適した石は島から採掘できるのではないかしら。
「これから切り出すなんて、一大事じゃーん」
「ええ、だから精霊と相談させてもらえる? 私も精霊がどこまでできるのかわからないの。手間のかからない方法でやりましょう」
「おっけー」
ふと時計を見ると、随分といい時間になっているのがわかった。しかし有識者たちはまだまだ話が尽きないようだ。楽しい時間ほど早足で通り過ぎてしまうから仕方ない。
ドリスに客人たちが一晩を過ごせるよう手配を依頼したとき、ガイオがやって来て私に新たな来客を告げた。
すぐそばにジャンがいる。
私はガイオの耳打ちに表情を変えないよう苦心しながら、中座した。
「オクタヴィアン、いるんでしょう」
「ああ。ちゃんと聞いてた。しばらくトルはこっちで使うぞ」
「ええ、お願い。お父様には私から言っておくから」
来客が寄こした先触れは、この訪問を秘密裏に運びたいと言った。
従業員が使う通用口から入り、私の部屋へ通し、そしてまた本来ならその人が使うべきでない出入口から見送る。
いつもの天鵞絨とはまるで違う粗末なローブを頭から被ったその男は、私が今最も欲していた情報をもたらしてくれた。
私の手の中には信頼の証となるべき指輪。彼の瞳に偽りの色はなかった。念のためオクタヴィアンとトリスタンに話の裏をとってもらいつつ、いつでも動けるようにしておかなくては。
キアッフレード・インサーナ。全てが謎に包まれている彼がその話の通り敵ではないと言うなら、そちらへの警戒を解いていいのなら、どれだけ動きやすくなることか……。
階段を降り、未だ技術者同士の交流が行われているであろうサロンへ足を向けると、サロンの扉の横の壁に背を預けて立つジャンが私を待っていた。
「よほど姿を見られたら困る貴人が来たってとこかな?」
「どうしてそう思うの?」
「化粧を直して一層可愛くなってるし、新しい紅茶の香りもする。でも……エントランスホールは誰も通らなかった。足音ひとつなかったよ?」
にこやかに笑う口元と、探るような瞳がアンバランスな魅力を醸し出す。こういう洞察力があるから、この男を敵に回すのは怖いのだわ。
私は扇で口元を覆ってから、努めて冷静に彼の目を見返した。
「こっそり休憩していただけかもしれないわ」
「かもしれないね。でーもー、それならガイオがわざわざ呼びにこない。でしょ」
「ええ、そうね」
私はひとつ薄く笑ってからジャンの横をすり抜けてドアノブに手をかける。ジャンに対して嘘を吐くつもりはないけれど、全て話す必要だってないのだから。
これ以上の質問を許す前に、この会話を終わらせなくては。
「話、終わってない」
ドアノブにかけた私の手の上から、一回り大きな手が重ねられた。私の右半分には、ジャンの温もり。背後から手を伸ばしてきたらしい。
「話すことはないわよ、ジャン。その手を離してくれないと人を呼ぶわ」
「誰が来たかは聞かないよ。俺が知る必要ない話だってわかってるから。だけどさー、……俺にも心配させてよ、キミのこと」
「え……」
言葉の最後はほとんど絞り出すように囁いたジャンの言葉に、思わず彼を見上げると、その瞳は苦しそうな色を湛えて、形のいい眉が歪んでいた。
そこへ小さな足音が響いて、続けてドリスの声。
「お、お嬢さ──ッ」
「ありがとう、ジャン。助かったわ。ドリス、大丈夫よ。ちょっとバランスを崩したのを助けてくださったの」
「そ……そうでしたか。ありがとうございます、ジャンバティスタ様」
一礼したドリスは足早に私のそばへ来て、私の左腕を引いたかと思うとあっという間にジャンから引き離す。
「ジャンバティスタ様、お食事の準備が整いましたので、どうぞダイニングへいらしてください。ほかの皆様は私がご案内いたしますので」
「あ、……うん」
「お嬢様、もうすぐ旦那様がお帰りだそうです。お話があると伺いましたのでお食事の前に書斎へお願いします」
ドリスの有無を言わせない言葉に私とジャンが頷くと、有能侍女はニコリと笑ってそれぞれに手で出発を促した。
更新直前になっていじりまくりました。読みづらいとこなどあるかもしれない……。
いじった結果、ここから先の話もいじらないといけない……なにやってんだろう。まいっか。
あとジャン君が暴走を始めました。どうしたんでしょう(他人事




