第62話 兄弟の覚醒です
本土へ戻る前に、私は精霊やレイモンドに案内されて神殿の建設予定地や、作業者たちのベースキャンプになるべき場所を見せてもらった。
建設予定地は綺麗に整地されて、ものすごい広さの空き地になっていたし、ベースキャンプには建設予定地で伐採された木材を利用していくつかのロッジが建てられていた。
木材は俺が乾燥させたんだと猫が胸を張り、自分一人の手柄にするなとエナガが飛びまわる。多分また喧嘩が始まると思うけど、エストに丸投げして放っておくことにした。
また、ウティーネやゲノーマスからは浄水設備も問題なく出来上がっているとの報告があった。
私もジャンから紹介を受けた技術者の話や、店を出したい各種の商売人たちの話をしたところ、簡易的なものじゃなく、いずれ街になる可能性を考慮して整備し直しておく、との返答。
やっぱりウティーネやゲノーマスのほうが精神的にオトナ……。
歩きながらそんな話をしているうちに、船を留めてある浜辺に到着した。迎えの船影は見当たらないので、また漁船で戻ることになりそうだ。
帰宅したらすぐにもジャンと打ち合わせをしなくては。きっと仕事の話なら最優先で時間を作ってくれるはず。
土地取得の承認が下り次第作業を始めたほうがいいし、建設予定地は想像以上に広かったし、ベースキャンプも思ったよりずっと居心地が良さそうだし。
もう、楽しみなことしかなくて自然と笑顔になってしまう。
「おねえさんは、せいれいさんとおしゃべりしてるの?」
ピエロが私を見上げて言う。
昨夜、エストの治癒を受けてすっかり回復したピエロは、朝から元気に走り回っていた。
おかげで、ダイニングで転がっていたレイモンドが小さな足に踏まれて目覚め、その驚いた声で私とバルナバが目を覚まして、と大騒ぎだったのだけど。
「ええ、そうよ。とっても優しくて、とっても頼りになる精霊さんたちなの」
「すごいねえ。せいれいさん、いつもありがとうございます」
ピエロがぺこりぺこりと2回、方向を変えて頭を下げた。
でも、それがイフライネとシルファムが転がっている方と、ウティーネとゲノーマスが並んでお座りしている方と正確で、私もレイモンドを思わず目を合わせる。
レイモンドは昨夜以降、もうフードを目深に被ってはいない。見上げればいつも優しくて真っ黒な瞳がこちらを見ていて、安心感と恥ずかしさでドキドキしてしまいそうだ。
「あの、ピエロ。精霊が見えるの?」
「みえない! でも、なんとなくここにいるてわかるよ」
イフライネとシルファムに拳骨を食らわせたエストが、「そうじゃろう」と笑いながらこっちへやって来た。ピエロの視線は正しくエストを追いかけている。
「この子供は、微かに魔力を持っとるよ。仮に加護を与えても姿を見ることすら叶わんほどに微かじゃが」
「でも。存在を感じられるってことは……」
レイモンドが呟く。
その通りだ。ピエロには正しい祈りと精霊を信じる心がある。例え微かにでも、魔力があるならその祈りの力は普通の人より強いかもしれない。
『だーから、巫覡のお願いがなくても助けたんじゃねぇのー?』
「馬鹿言うな、イフライネ。こやつらが願わないはずがないんじゃよ」
わははと笑って、エストはまたふらりとどこかへいなくなってしまった。
つまり、昨夜は渋ってる振りをしただけで、元からピエロを癒すつもりでいたってことだわ。
「……食えない神様ね」
「同感だ」
私とレイモンドが目を合わせて笑い合っていると、バルナバがやって来て大きく頭を下げた。後ろでひとつに結ばれた紺色の髪が肩から流れ落ち、陽の光を受けて青く輝く。
ピエロはイフライネの気配を追って鬼ごっこのような遊びを始め、どこかへ駆けて行った。
「ピエロを助けてくれてありがとう……ございます」
「いえ、……ああ、いえ、そうね。レイ、私からも、ありがとう」
私の代わりに連れ去られたようなものなのだから、お礼なんて、と思ったのだけれど、バルナバは私とレイモンド両方へ頭を下げているのだ。
それにちょうど今、あの食えない神は私たちの意思に関係なくピエロを癒すつもりだった、と話していたところだけど、だからと言ってレイモンドがエストに進言してくれた事実は変わらない。
バルナバの横に並び立ってレイモンドにお礼を言うと、彼は少し困ったように眉を下げた。
「やめて、顔を上げてくれないか。昨夜リアには言ったけど、僕も少しばかり私情が混じっていたからね、お礼を言われると困ってしまう」
レイモンドの言葉にすっと頭を上げたバルナバは、真っ直ぐに彼の目を見て躊躇うことなく口を開いた。
「ところでアンタはお嬢のなに?」
「えっ……?」
「は?」
『なんでもねーよ! 他人だ他人!』
私とレイモンドが言葉を失って固まる横を、ピエロに追い立てられたイフライネが通り過ぎざまに叫ぶ。バルナバ本人には聞こえていないというのに。
これは一体どういう状況なんだろうかと思考停止する。
「僕はこの島に住む正統な巫覡で、彼女は巫女として僕の至らない部分をフォローしてくれてるんだ」
私よりも一瞬早く意識を取り戻したレイモンドが、にこやかに説明する。
レイモンドが100年の昔からいるおじいちゃんだとか、現代の文化がわからないだとか、そういう話をいちいちする必要はないので、端的な表現だと思う。
私も同意するようにウンウンと頷いておく。
「同僚みたいなもんか?」
「うん? まぁ、そうとも言うね」
「じゃ、……もう少し離れて」
「えええええっ??」
バルナバは、横に立っていた私の腕をとって自身の後ろへと引っ張り、まるでレイモンドから隠すようにする。
「俺はお嬢を守るのが仕事だからな」
「あの、レイは敵じゃな……」
「例えば彼女の婚約者から言われるなら僕も退こうか。だが、君が何から彼女を守ろうとしているのか見当がつかないからね、頷くわけにはいかないよ」
『貞操に決まってんだろアホレイ! 昨日の許してねぇからな!』
バテてしまったピエロをシルファムに託して、イフライネが私の足元にやって来た。
待って待って、どうなってるの?
この人たち、何を揉めてるわけ?
少し離れた木陰からエストがこちらをニヨニヨと眺めているのが視界に入った。完全に面白がっている。神様というのはどうしてああも……。
「俺だって婚約者でも来ない限りは譲んねーぞ」
『そうだそうだ。リアは俺が精霊界に連れてくって決めてんだ、おめーら黙ってろ!』
「うるさーい!」
……主人を守るのが影の仕事ね。そりゃそうか、そうでしょうとも。全く職務に忠実でいらっしゃる。開眼の仕方が極端すぎる。
でも、一方的に全ての脅威から私を守ろうとするのは、お兄様だけでお腹いっぱいだ。すごくめんどくさい。
「レイは敵じゃないから守っていただかなくて結構。バルナバは、私の命を狙う輩に集中して頂戴」
「お嬢はこいつを──」
「では命令です、ピエロを回収して船のほうへ行ってて。あと、イフにも言っとくけど精霊界いかないからね」
大きな溜め息をひとつ置いて、へばっているピエロを迎えに行くバルナバを見届けてから、私はレイモンドに向きなおった。
イライラと私の体をよじ登ろうとする朱い猫を、レイモンドが引き剥がして遠くに投げる。私の視界の片隅で、くるくると回りながら上手に着地する猫が見えた。
レイモンドは苦笑しているだけで、特に怒ったりしている様子は見受けられない。口元だけでなく、表情の全てが見えるというのが新鮮で、つい見惚れてしまいそうになる。
「バルナバが変なことを言うから、伝え忘れるところだったわ。ねぇレイ、国王陛下が貴方に会いたいと仰ってたの。その時が来たら、王宮へ来てもらうことは可能?」
「……それが、君と、島のためになるなら」
兄弟が覚醒しましたー。物語に大きく影響あるタイプの覚醒じゃないですけどね。
片や能力に気づいて、片や忠を知ったという感じでしょうか(忠?)