第6話 絶体絶命です ★
おはよございます
あまりの眠さに、見直しもせずに垂れ流します。
2019/08/02:いただいたFA貼りましたー( ゜∀゜)
今度は、突如として壁がなくなり横倒れになった、というのが素直な感想だ。
壁が突然消えて無くなるようなことがあるとすればだが。
もう、何が起きたのか全くわからず、パニックになる。
無意識にうっすら開いた目に飛び込んできたのは、ぽっかりと開いた半円によって世界が分かたれている光景だった。
半円の向こう側は、さっきまで私がいた世界。
木々が生い茂っていて、気持ちばかりの頼りない光が枝葉の隙間から差し込んでいる。
半円のこちら側は、天井がある世界。
天井と言っても、ごつごつとした岩や土の混じったもので、ところどころに根のようなものも見える。
これは洞穴だろうか。
出入口と思われる半円を、たくさんの蔦が覆っているのがわかる。
こちらから見れば確かに外のほうが明るいし、穴があいているのは一目瞭然だが、外側からはこの蔦が目隠しの替わりになったのだろう。
そんな風に状況を分析するうち、パニックもおさまってゆっくりと上体を起こした。
もう一度、全身に怪我がないか確認するが、小さな擦り傷が増えただけのようだったので安心した。
それにここが洞穴だと言うなら、願ったり叶ったりだ。
とても痛かったし、なによりとても驚かされたせいで、素直に幸運を喜ぶことなど決してできないけれど。
洞穴の奥を振り返って全体の広さを確認すると、奥行はざっくり5メートルほど。横幅も、3メートルあるかどうかだと思われた。
島の探索をするための拠点としては、丁度いいだろう。
「あ。まだ動かなきゃだめかしら……」
ベッド替わりになるような、乾いた落ち葉が足りないのだ。
地べたに寝てしまうと体温を奪われるし、変な虫に刺されたりするので、枯れ葉などを多く敷いてから寝るべきだと、お父様の持たせてくれたメモにある。
いや、諦めよう。
きっと火を絶やさないように確認しながら、ウトウトとするくらいしかできないだろうから。
そうでなくても、もう出歩く元気なんてないし。
「え、嘘でしょう? どうして……?」
私は、移動中に集めていた枯れ葉に先ほどからずっと火種石を使っているのに、一向に火がつかない。
葉が湿っているとか、そういうことではない。そもそも、火種石が全くうんともすんとも言わないのだ。
これは一体どういうことなのだろうか。
試しに水湧石や風立石を使ってみても、やはり何も起こらない。
石は、ただ手の平で転がるだけだった。
洞穴の外は日が沈みかけていて、森の中もすでに夜と言っていいほど暗く、外からの光に頼るしかないこの洞穴の中は、私の手元ももうほとんど何も見えない。
ただ、お父様が壊れた物を持たせるとは思えないし、荒れた船の中で壊れたとしても、全部の石がというのはいささか考え難い。
この島が何か関係しているのだろうか。
「ふ、ふふ……」
私は、いろいろ考えを巡らせたあとで急に可笑しくなって笑ってしまった。
あれこれ考えてみても、魔法石の仕組みもわからない私が直せるわけもないし、魔法石なしで今から火を起こそうにも、材料も知識もない。
ピンチなんて言葉では軽すぎるくらいだ。
絶体絶命。
船の上であの大荒れの波に襲われたときくらいの八方塞がり。
もう、あとは神頼み、精霊頼みするくらいしか……。
あ……精霊……!
どうしてすぐに思い出さなかったのだろう。信心深いが聞いて呆れるではないか。
祈ればきっと手を貸してくれるというのに。
「火の精霊イフライネ、お願い、助けて」
小さく呟きながら、もう何度目になるかわからない火種石の操作をすると、驚くほどスムーズに火が点いて、そして枯れ葉を介して小さく組んだ枯れ枝へと移って行く。
温かく、美しい炎。
いつもキッチンで見る人工の炎より優しく感じるのは、きっと気のせいだと思うけど。
なんとなく、これがイフライネの炎なのだという気がした。
「イフライネ、ありがとう。とても助かったわ」
どこかにいるはずの精霊へ向けて、感謝の気持ちを呟いた。
命を救われたも同然なのだ。
大荒れの海に続き、私は間違いなく精霊に助けられた。古代人の妄想だなんて、それこそとんでもない妄言だ。
火がついて、焚き火がパチパチと洞穴の中を大きく照らすと、安心したせいか空腹のほうが気になり始めた。
「おなかすいた……」
リンゴ。そう、リンゴを食べよう。
リンゴひとつでお腹が膨れるとは思えないけれど、何もないよりずっといい。
鞄に入っていた清潔な布でリンゴを軽く磨いてから、シャリ、と齧る。
小さなリンゴの欠片とともに、口内に甘酸っぱい果汁が広がって、そして華やかな香りが鼻から抜けていった。
「おいし……」
季節外れだと思っていたリンゴは、今まで食べたどれよりも美味しく感じる。
ひとりぼっちで、何もない狭い洞穴で、炎の向こう側には闇が広がって。
心細いだけじゃなくて、足は今もずっとズキズキと痛んでいて。
シンプルで動きやすいドレスはすっかり泥だらけだし、肌も汗や植物の汁でぐちゃぐちゃだ。
お風呂も、温かなベッドもない。
家族も、友達もいない。
右足はすっかり腫れて、ブーツの圧迫がとても痛い。かと言って脱ぐこともまた、痛くてできずにいる。
私には医学の知識もない。だからこのブーツを無理にでも脱いだほうがいいのか、それともそのままにしたほうがギプス代わりにでもなるのか、さっぱりわからない。
医者に診せることのできないこの足は、きっといつか「普通じゃない」様子になるのだろうか。
おかしな方向にねじれたり、もしかしたらもう二度と普通に歩けないかもしれない。
リンゴを一口齧るごとに、涙がぽろりぽろりと零れる。
フィルは、「大切な『導きの巫女』に仇なす人物と結婚することも、ましてや王妃に据えることもできない」と言った。
大切な、というのは国にとってなのか、それともフィル自身にとってなのか。
いつの間にか、彼の隣にいるのは私ではなく黒い髪の巫女になっていた。
フィルが誰に恋をしようと構わない。
民を大切にできる人なら誰が王妃であっても構わない。
だが私は、私の、そしてバウド家の名誉を傷つけられたことが本当に悔しいのだ。
巫女への傷害。この現場を目撃した証人は、誰もが口をそろえて犯人はアナトーリアだと言ったらしい。
きっと誰かに嵌められたんだろう。
私の与り知らぬところで、ありもしない事実が作り上げられていたのだ。
甘酸っぱいリンゴは、私の惨めな状況を慰めてはくれなかった。
匿名希望さまからイラストいただきました!
魔法石ほしい