第55話 助っ人です
トリスタンでさえ手も足も出ないのを見せつけられ、ようやくお父様が首肯したとき、エルモの元に来客の報せが。
銀行家のリチャード・クイン氏がいらっしゃったとのこと。
クイン氏はお父様からの連絡を受けて、すぐにお金を準備してくれたやり手のビジネスマンなのだけど、見た目はどう見てもぽよぽよのタヌキで、小さい頃からとてもよくしていただいている。
久しぶりにご挨拶をと、家族総出でエントランスへお迎えにあがったところ、時を同じくしてもう一人来客があった。
なんと、ジャンバティスタが来てくれたのだ。
日中、私たちを襲撃したガラの悪い男たち5人を雇った人物が、このピエロ誘拐事件の主犯でもあるらしく、彼らから話を聞いて駆けつけてくれたみたい。
しかも、自らの配下にある隠密チームを使っていいと。
「ここでアニー様に舞台を降りられちゃ困っちゃうんだよね。資材の調達はもう始まってるし」
「まだ何も決めてないのに資材を?」
「決めるの待ってたら、得られる利益が3割減るってもんだよー?」
ジャンの言葉に、離れたところでクイン氏が深く頷いてるのが見えた。ビジネスの世界では常識なのかしら?
「さぁさぁ。皆さまこちらへ。ああ、ガイオ。クイン様とご主人様を書斎へお連れしてください」
エルモが手に大きな紙を持ってやって来た。
ガイオは小さく一礼してから、お父様の後に続いてクイン氏を促し、エントランスを出て行く。
残った私たちは、エルモに従いサロンへ移動して作戦会議だ。
応接室として使われるこのサロンは豪奢な調度品で溢れているけれど、茶系でまとめられていて派手な印象はない。
侍女がエルモとトリスタンを除く4名にお茶の用意を終えて出て行くと、早速テーブルへ手にしていた紙を2枚広げた。
「これは、見取り図ですね」
トリスタンが私の背後から覗き込んで言う。どうやら、南倉庫の見取り図らしい。侵入経路を再確認しているのか、眉根を寄せて難しい顔をしている。
「こっちは港の詳細地図かな」
ジャンもまた小さく頷きながら2枚の地図を交互に眺めている。
くるくると動く瞳は、そのまま頭の回転のように思えた。もうすでに、彼の頭の中では何かしらの計画が構築されていっているような。
「ええ。お嬢様の安全が確保できるということであれば、攻めに転じても良いかと。僭越ながら」
「へぇ? 安全が確保って、まずはそれについて詳しく聞かせてよ」
完全な信頼を取引条件としている私とジャンの間で、隠し事はない。
姿の見えない精霊の紹介のためひと風吹かせると、どこかに風立石が仕込んであるのではないかと束の間キョロキョロして、そして納得したとでもいうように一つ大きく頷いた。
納得というよりは、諦めのほうが近いようにも見えたけど。
「……というわけで、少なくとも私だけは安全が担保されてるの」
「ふぅん……。精霊、ほんとにいるんだ、なんか感動。ねぇ、念のための確認だけど、威力がめちゃくちゃ高くても守れる? どうもね、魔導部のほうで最新の武器が盗まれたらしいんだよねー」
「おい、それは俺の耳に入ってないが、確かなのか? 適当なことを言っていると……」
お兄様がソファに掛けて足を投げ出した体勢で、ジャンに冷たい視線だけを投げる。
私への態度がフランクすぎるジャンに対して、お兄様が何も言わないのは意外だと思っていたけれど、やはり機嫌がいいわけではなさそうで、ある意味安心するわ。
「はい、私が聞いたのはつい先ほど……デュジーリ商会を出る際ですから、書記官殿が王宮をお出になった後で起きた事件でございましょう」
にこやかに応対するジャンには、貴族らしい風格に加えて商人らしい抜け目のなさが感じられて、やっぱり食えない人だなって思う。
この人は、ビジネスでの信頼じゃなくて、プライベートで心から誰かを信頼すること、あるのかしら。
「……ではその盗難事件について知ってることを話して。それからエルモ、父上に連絡してからフランコと繋ぎを」
フランコは政務室付きの管理官で右丞相の担当、有り体に言えばお兄様の部下だ。ジャンの話の裏をとるつもりだろう。
エルモが出て行くのを横目に、ジャンが短く答える。
「詳しいことはわかりかねますが。ただ開発も佳境だったと聞いてましたので、それではないかと。──銃、でしたか」
「──!? 機密だぞ。お前の情報源はどこだ」
ニコリと微笑んで首を横に振るジャンに、お兄様は舌打ちするも、そのまま額に手をやって何事か考え込んだ。
現時点において、パワーバランスで言えばジャンに軍配が上がる。ジャンがこうして打算ながらも手を貸してくれるからこそ、私たちは動くことができるのだから。
この事件を無事に解決すれば情報と人手をもたらしたジャンは功労者であり、情報源を明かさないからと言って叱責することも難しくなるでしょう。
そして、無事に解決できなければ、そのときはバウドがいろいろとピンチになっているハズで、細かいことに目くじらをたてている場合ではなくなる。
「ね、ねぇ、銃って……」
「魔法石ができてから、銃器の開発も進んでいてね。まだまだ、持ち運ぶには困難な大きさだったんだが……」
私の問いに、お兄様が渋々ながらも答えてくれた。
ニワカ知識によれば、この世界にも銃は昔からあった。あったけれど、魔法の概念と科学とが互いの進歩を打ち消し合っていたせいで、目覚ましい発展はない。
まだまだ、雨に弱く使い勝手も悪い銃より、剣や槍の方がずっと武器として優秀なのだ。剣や槍は暴発だってしない。
「まずは空気銃で持ち運びに耐えるものができた、と聞きました」
「……ああ。もう昨年のことだ。だが、刺突に強い現代の鎧を破って、相手に致命傷を負わせるほどの威力にはならなかった」
お兄様の深い溜め息は、国家機密をこの場で明かすことへの諦めなのか、ジャンの情報源がかなり国家の深部にいるらしいことへの呆れなのか、私には判断がつかない。
ただ、今この瞬間からジャンはバウドの庇護を得たと考えていいと思う。お兄様はもうジャンを手放さないだろう。
「今回のは風じゃない、ということですね」
「……火だ。本当に最新のものが持ち出されたのならな」
私の背筋を冷えたものが落ちる。
日本で拳銃は決して身近なものではない。ほとんど映画やドラマでしか見たことがないのだけど、それでもここにいる誰よりその怖さをわかってると思う。
「シルファム、銃の攻撃からも守れる?」
『ジュウっていうのがよくわかんないけど、火を使った武器?』
「ん、たぶん、筒の中で小さな爆発を起こして、その推進力で金属の玉を勢いよく飛ばすのかな?」
話しながらお兄様のほうへ視線を向けると、目が合うや小さく頷いた。私の説明で間違っていないみたい。できれば間違っててほしかったんだけど。
シルファムは少し考えるように首を左右に傾げて言う。すごく小鳥っぽい。小鳥だけど。
『威力にもよるけど、うーん、受け止めるのは難しいって考えて対策したほうがみんな安心する? ならリアを移動させるか、対象の照準をズラさせるか、そもそも人間に魔法石を使わせないか、かなぁ。まぁ問題ないよ』
「結構あるのね」
『たぶん受け止めることもできるけどねー。でも人間って面倒なもの作るのね』
シルファムの話を他のみんなに伝えると、まだまだ不安は拭いきれないものの、精霊を信じて作戦をたてることとなった。
時間も多くは残されていないしね。
ジャン君はバウドの庇護を得られることも想定して情報開示してた可能性ありますね。
彼が敵陣営に入るとかなり厄介だとお兄ちゃんも気づいてしまいました。政治怖い。




