第54話 家族会議です
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お父様の書斎に集まったのは私を含めて6人。お父様、お母様、お兄様、そしてエルモとトリスタンだ。
先に食事をとったのだけど、誰も食べ物があまり喉を通らなくて、早々にこうして対策を相談することになった。
「倉庫の管理人はなんと?」
「連絡がつきません。自宅にも戻っていないし、従業員は何も知らないようです」
王都には、王宮に近い場所に貴族街があって、ボナート公爵邸を中心に国中の貴族の別邸や自らの領地を持たない宮中伯の屋敷がある。
3つある公爵家のうち、バウド家だけは城から少し離れた王都の西側、市街地の近くに居を構えている。それはここからさらに西の、港までの土地が建国以前からのバウドの領地だからで、つまり、アナイダ港はバウド家が管理、所有しているのだ。
既に、港や倉庫の管理を任せている人物たち、およびその周辺の確認を済ませているらしいエルモが、淀みなく答える。
食べ物以外の貿易品を一時的に保管するだけの南倉庫は大きくもなく、積み下ろしのなかった今日は実質休みみたいなものだったと言葉を続けた。
屋敷から子どもを連れ去られ、領地内の一角に犯行グループの巣を作られている。のみならず、港や倉庫の業務スケジュールまで把握しているのだ。
随分舐めた真似をと、普段温厚なお父様も今日はずっと苛立ちを隠さない。
「見張りは3人つけてますが一切の動きはありません。セザーレを近くまで行かせたところ、人の気配が感じられないほどだと」
「わかった、ありがとう」
トリスタンもまた、できる限りの対応はすでに講じてくれているらしい。
もちろん、これは内通者がないと達成できない事件だし、エルモもトリスタンも、その言葉には「自分の手の者を信頼するならば」という前提が必要であることを理解している。
ピエロを連れ去った人物の目星はついている。姿が見えなくなった侍女がひとりいるからだ。
念のため彼女の周りを探っているけれど、欲しい情報は得られないだろう、とトリスタン。
そりゃそうよね。これだけのことをして、お金目当てのはずがない。十分な権力も財力も持った人物、ないし集団の犯行と見たほうが自然で、それならわかりやすく姿を消した侍女から手がかりを得られる可能性は低い。
ソファに腰かけたお母様は膝の上で両手を握り締めて、ずっと俯いてる。お兄様は椅子に座って遠くを眺めたまま、足は苛立たし気に一定のリズムで床を叩いている。
お父様はご自身の机の前を行ったり来たり。目の前に進むべき道が何も見えなくて、時計の針の音だけが大きく響く。
ピエロは今どうしているかしら。
お腹を空かせている? 寂しい思いをしている? 寒くはない? 痛いことはされてない?
どうか無事でいて……。手を貸して、エスト……。
両手を胸の前で組んで、エストを呼ぶ。
ごく個人的な祈りは通じないのだったかしら? でも、誰だってこういうとき、神頼みするでしょう?
……。
どれくらい経ったかしら。いえ、室内の雰囲気に変化もないし、きっとそんなに多くの時間は経ってない。
ただ、ピエロの無事を祈っているうち、膝の上に温もりを感じて……。
「──ッ!?」
目をあけて、組んだ両手の向こうがわに見えたふわふわしたそれは、エナガだった。
『リアー!』
風に吹かれるようにふわりと浮き上がって、私の顔の前でホバリングを始めた小さな雪のお菓子みたいな動物。これはエナガだ、いや、シルファムだ。
『大変なことになってるんだねー、人間って面倒くさいなー。あれ、リアいつもよりオシャレ! レイに見せてあげたいなー』
なんだか幼女がひとりで初めてのお使いを達成したかのような、高いテンションを維持したまま、シルファムはひとりで喋り続ける。
室内の様子は何も変わってない。相変わらずお父様は行ったり来たりしているし、エルモやトリスタンはドア近くに控えてる。
違和感がすごい。
『なんかね、エストが「子どもの誘拐だから子どもが行け」とか言うんだよ。失礼しちゃう。シルはもうレディなのに!』
「シ、シルファム……」
『なぁにー? レイじゃなくてごめんね、イフが行くってうるさいのをレイが止めてー、そしたら喧嘩になっちゃって。その間にシルが来ちゃった』
私の声に気づいたみんなが、何事かという顔でこっちを見る。
これ、みんなからはどう見えてるんだろう。
「どうやって……?」
『エストがリアの周りだけ加護を広げてくれたんだよ。この辺一帯ぜんぶに広げるのはまだ難しいって』
「どうかしたのか、アニー?」
お兄様がゆっくり立ち上がってこちらに向かってくる。
シルファムはちょっと身構えた様子で私の頭の上に乗った。
「あ、あの、ええと……。精霊が」
「は?」
「精霊が、たぶん、助けに来てくれた……んだと思います」
『思うじゃなくて、そうなのー!』
まるで自分の存在をアピールするように、お父様の机上でばらついていた書類を風の力で綺麗にまとめる。
さらに、室内の全員が風を感じたようで、それぞれに驚きの声をあげていた。
「つまり、アニーは守るがピエロはその範疇ではないと?」
「はい、精霊は基本的に、人間同士の争いにおいてどちらかに与することはありません。ピエロを守ることはバウド家側につくことになるので難しいかもしれないと」
正確にはピエロを積極的に守るなら相手方の命も保証する必要があって、結局手が出せなくなるということなのだけど。
何をおいても巫女は守る。そのために敵対する何かを排除することはあるかもしれない。仮に、ピエロが中東の少年兵よろしく武器を持たされて私に突っ込んで来たら、彼は躊躇なく排除されるだろう。
そして「排除」には死も含まれる。
「お嬢様をお守りするための全てのリソースをピエロに割けるのなら、我々も動きやすいと言えるかもしれません」
トリスタンが言う。
本来的な影はバウド家に3人しかいないけれど、日常の護衛と兼任して影の補佐的なことをしている侍従も複数いる。
影がCIAなら兼任者はFBIみたいなものかしら? ……違うか。
「アニーに影をつけなくていいのか?」
「ええ、精霊がいるので私は大丈夫です」
「しかし……」
お父様は、娘に守りをつけなくていい、という判断をどうしてもくだせずにいるようで煮え切らない。
エルモも同じ気持ちなのか、困ったように眉を下げるばかりだ。姿の見えない胡散臭い存在に、娘の命を預けろと言われてすぐに頷ける親もいないだろうとは思うけれど。
このままでは埒が明かない気もする。
「では、見ててください、お父様。シルファム、お願い。……トリスタン、来て」
私が立ち上がってみんなから少し離れると、トリスタンは合図もなく不意に、音もさせずに眼前に現れ、そして瞬く間に消えた。
彼はまるで薙ぎ払われたかのように、横の壁に打ち付けられ、どうにか立ち上がるも苦し気に咳込んでいる。一連の出来事が早すぎて、何が起こったのか正しく理解できた人はいない。
「今のは一体……」
「シルファム、ちょっと強すぎない? トリスタン、大丈夫?」
「ええ、十分手加減してもらえています」
『そうだよー、壁にもぶつけてないんだから! その分少し息苦しくさせちゃったけど』
トリスタンが私に不意打ちで攻撃を仕掛け、それを精霊が守ったようだという事実にみんなが気づくまでに、おおよそ時計の秒針が2周するほどの時間が必要だった。
けれども、その驚きはずっと乾かなかったお母様の涙を止めるだけの効果はあったみたい。
助けに来てくれたのはシルちゃんでしたね。
しかも思いのほか強い! さすが精霊。