第50話 ダブルデートです
ほのぼのおデートしましょうねー
領地の取得申請をしてから10日、フィルの誕生日パーティーから2日。
申請の承認は未だおりていないけれど、今日はジャンバティスタに連れられて、市井にお出かけだ。
変装したジャンと私、それにバルナバとドリスの4人で、ダブルデートみたいな雰囲気で行動しているのだけど、バルナバは少々不機嫌だ。
それもそのはず、ジャンがあまりにも馴れ馴れしい。
「今日も可愛いね、アニー様」
第一声がコレだったのだから、バルナバが不機嫌になるのも仕方ないわ。刺客から守る必要があるというのに、ジャンからも守らないといけないんじゃ、ね。
妙に距離が近くて、もしお兄様がこの場にいたら、ジャンの命はすでに無くなってるかもしれないと思えば、バルナバはまだ優しいほうだ。
「紹介したい人がいるって話だったけど……」
「そ。でもさ、その前に俺、お腹すいちゃったんだよねー」
そう言うが早いか、ジャンは私の腕を掴んでズイズイと歩いて行く。ドリスは大慌てで、バルナバは「おい!」と引き留めながらついて来た。
引っ張られてはいるけど、決して疲れるスピードでもないし、腕も痛くない。たまに振り返っては私だけじゃなく、その後ろの2人のことも気にかけているのがわかって、ただの自己中ボーイではないと感じる。
数十メートルをジャンに連れられて向かった先には、小さくて可愛らしい外装の屋台があった。
馬車の荷台をそのまま小さなお店にしていて、お店の横では馬が2頭、思い思いに水を飲んだり草を食んだりしている。
この国の馬車は、風の魔法石で荷台そのものを浮かせ、馬で前進する仕様になっている。
余程の重量でない限り、馬は1頭ないし2頭で足りるのだけど、こうやって調理器具も全て詰め込んだ馬車なら、2頭でもギリギリなのではと思う。
なお、見栄もあって貴族の馬車はほとんどが4頭立てだ。
馬を使わずに、例えば船のように魔法石だけで推進力が得られないかと研究が進められてると聞いたけれど、そうなればもう自動車の時代ね。
私が馬のつぶらな瞳や逞しい脚に見惚れているうちに、ジャンが屋台で4人分の買い物を済ませて戻って来た。
「これは……」
「魚と芋のフライだよ。隣のバルテロトの名物なんだけど、本場よりキャロモンテで食べるほうが美味しいんだよねぇ」
フィッシュ&チップス? 本場のほうが美味しくない、なんて前世でも聞いたことがあるような、ないような。ジャンの持つ包みをひとつ受け取って食べると……。
「熱ッ! あっつ……」
「お嬢様!」
「お嬢!」
「ちょっ、なにしてんの、あははははは!」
唇が触れた場所がめちゃくちゃ痛い。熱すぎる。
ドリスはいつの間に用意したのか、水と風の魔法石で患部をせっせと冷やし、バルナバはひたすら呆れ、ジャンは笑い転げている。
悔しい。
「お嬢ちゃん気を付けなよ、ウチのはぜーんぶ揚げたてだからよぉ!」
背後で店の主人も豪快に笑っている。言うのが遅い、と言うのはさすがに八つ当たりが過ぎるかしら。
その後も、ジャンに連れられるまま珍しい飲み物や素朴なお菓子に舌鼓を打って歩く。
バルナバはそれを半ばイライラとした面持ちでついて来たけど、行く先々でジャンがエスピリディオン島の話をしているので、大きな声で文句を言うこともできないみたい。
実際、ジャンの話術は素晴らしかった。
誰も彼もが興味津々でジャンの言葉に耳を傾けて、「例の公爵令嬢は精霊たちに愛された」だとか「あの島に美しい神殿が建つらしい」とか、非科学的な話を信じてるのだもの。
「へぇ! じゃあ建設のために男衆が島に行くんだねぇ。アタシも島で酒でも振舞ってやろうかね」
「なんでぇ、そんなら精が付くモン食わせてやんねぇとなぁ!」
ジャンの話に合わせて、商売人たちは目を輝かせる。
彼らもまた機に聡い、ということか。でもそれ以上に、精霊の住む島に希望を見出しているようにも見える。
「デュジーリ商会が窓口らしいからさ、乗っかりたいなら行ってみたら?」
デュジーリ商会はジャンが経営する大手の商会で、2つの百合の花をモチーフにした紋章を掲げている。
私はまだデュジーリ商会に正式に依頼もしていなければ、依頼すべき内容の細部について考えてすらいないというのに、神殿建設に関する窓口がデュジーリ商会である、ということになってしまった。
「ちょ、ちょっとジャン」
「まぁまぁ、小さいことは気にしなーいの」
慌ててジャンの耳元で抗議をするが、ジャンはこちらをチラと見て、唇に人差し指をあてながらウインクした。
普通、相手を落ち着かせるために使われるはずの「まぁまぁ」は、なぜかと言うか予想通りと言うか、バルナバを怒らせるだけだったけど、彼もまた人の往来の多い場所で問題を起こすほど短気でもない。
「もう十分油売っただろ、行くぞ」
「おーっと、バルちゃんはもうお腹いっぱいなのかなー」
バルナバが掴んで引っ張った私の左手は、すぐにドリスによって引き剥がされ、代わりに後ろから小走りで追いかけてきたジャンがその手をとった。
まるで玩具か、小さな子供のように扱われている気がするのだけど……、この人たちは、もしかしたら私が公爵令嬢であることを忘れてしまっているのかもしれない。
ジャンの手をそっと放そうとすると、さらに強い力で握り返される。
「今はデートなんだから、それらしくしなくちゃ。ね」
私の左側にジャン。真後ろにバルナバでその右側にドリス。自然に、私を守るような布陣になってる。
少し離れたところでトリスタンも見ていてくれることだろうし、命を狙われているかもしれないというのに、なんだかあまり怖くもない。
思えば今日は3人とも常にこうやって、私が死角になるようにしていてくれた。それが嬉しくて、私も自然と笑顔がこぼれてしまう。
「ねぇ、職人さんを紹介してくれると仰ったかしら」
「そうだよ。若いけど、腕もセンスも保証する。市街の中心から少し離れるけど、是非連れて行きたいんだ」
なんの職人なのかはいくら訊ねても教えてくれないけれど、ジャンの楽しそうな様子を見ると、弥が上にも期待が高まるというもの。
歩くこと15分、鍛冶屋だとか鋳造所だとかが立ち並ぶエリアの端っこに、そのアトリエはあった。
ごつごつとした印象のこのエリアの中にあって、扉の前に飾られたいくつものお花は特に目を引いたし、活き活きと咲き誇る様は、このアトリエの主人の人柄を教えてくれる気がする。
ジャン割と心強いのでは!?