第5話 散策です
不定期更新(隔日更新)です。不定期とは(´・ω・`)
いや、きっとそのうち不定期になるから、うん、なる(自分への甘え)
島での生活に適した靴を作りなさい。そう言ったお母様の判断は正しかった。
懇意にしている革細工屋に、お父様が無理を押して3日で作らせたブーツは、砂浜でも森の中でも比較的快適に歩ける。
不安を押し殺して恐る恐る森の中に入ってみると、そこでは快晴の恩恵をほとんど受けられないことがわかった。
薄暗く気温も少し低い森の中は、落ちた葉が湿ってたり、半ば腐ったりしてぬかるんでる。
加えて、落ち葉や雑草に紛れて木の根が縦横無尽に地を這い、人の歩ける道にはなってない。さすが無人島、バリアフリー精神皆無。
このブーツでなければ、きっと長く歩くことはできなかっただろう。
また、森の中では鳥の鳴き声や飛び立つ音、風とは違うガサリという音がそこかしこから聞こえてきて、動物たちの存在を思い出させられる。
これらが全て無害な小動物ばかり、ということはないはず。
それに、小動物がいればその捕食者だっているし、縄張りを荒らされてニコニコする野生動物はいない。
島を散策するための拠点、身を安全に休めるための拠点を、早く手に入れなくては。
とにかく、一歩一歩進むのだ。
「もう! 考え甘すぎ!」
堪らずに叫んだ私の声は、近くにいた鳥を驚かせてしまったらしい。
バサバサという複数の羽の音が私の愚痴への返答になった。
どれくらい歩いたかわからない。
ちゃんと今までと違う道を選べているのかどうかもわからない。スタート地点の砂浜がどの方角なのかも、もうわからない。
歩けど歩けど、視界は常に同じ。
木、木、そして木、たまに何かの糞。
できれば雨風をしのげる場所、例えば洞窟のような場所を探しているのだけど一向に見つからない。
山の麓であるせいか、森は奥へ進むほど傾斜があるようだ。
これが予想以上に私を疲れさせた。
侍従が身の回りの全てを整えてくれる生活のなんと有難いこと。
愚痴を言っても仕方ないと頭で理解しつつも、こんな状況を作り出した「真犯人」へのイライラは溜まる一方だ。
歩きづらい山道、体力を奪う傾斜、足にまとわりつく草と、その草露を含んで湿って重くなるドレス。
それに大小様々な虫。これが本当に私の精神を削るのだ。
なぜ彼らはあんなにも異様な姿をしているのだろう。特に、足が6本よりも多い種類の得体の知れなさは本能的な恐怖を呼び起こす。
こちらから接触するつもりはないので、せめて、私から見えないところで活動してほしいと切に願う。
疲れや集中力の欠如を自覚し、せめて小休憩でもできる場所はないかと顔を上げたとき、私は視界の隅の違和感に気づいた。
木、木、そして木、の中に、今までと違うものが映る。
あれはリンゴ……?
左手前方に見えた赤い丸い物体。
よく見ると、木々の葉に紛れて赤い球体がいくつか浮かんでる。
あれは、果実ではないだろうか?
リンゴ。
現代では、魔法石のおかげでほとんどの作物が年間を通していつでも流通している。
しかし魔法石による設備のないこの島で、春先の今はリンゴの時期ではないはずだが。
……それでもリンゴに見える。
果実であれば、今の私にとっては大切なエネルギー源だ。
確認のため近づいてみると、やはりそれはリンゴだった。
季節外れのそれは美味しくないかもしれない。だが、命を繋ぐ目的に味はそこまで重要ではないだろう。
今日、明日の食事用にいくつか採っておくことにし、目についたリンゴに手を伸ばす。が。
離れたところから見ただけではわからなかったが、思ったより高い位置に実っているようだ。
伸ばした手はリンゴに届かない。
「えぇ?? 嘘でしょ、ちょっと高すぎない?」
届きそうで、届かない。
かくなる上は、と、跳躍する。
背伸びだけに留まらず跳躍までさせられるとは、なんという屈辱。
しかも、飛べば届きはするものの、ペチリと表面を叩くだけで、リンゴをしっかり握ってからもぎ取るという動作が難しい。
この悔しさは私に一瞬だけ疲れを忘れさせた。
「ぜったい、採ってやりますからね。覚悟しなさい、リンゴ!」
わかりやすい敵キャラよろしくリンゴに勝利宣言をすると、大きく膝を曲げてしゃがむ。
勢いをつけてジャンプすると、滞空時間に余裕ができたおかげで、しっかりリンゴをもぎ取ることに成功した。
しかし──。
「やっっ……とぁっ!? えっ! きゃああああ!」
着地点にあった大きな石に足を踏み外して、体が大きく傾げる。
片足をどうにか一歩横に出すも、そこに地面はなかった。
嘘でしょ、ここ、斜面? 崖? になってたの?
何か掴むものを求めて、リンゴを持ってない左手を宙に彷徨わせるけど、それは虚しく空を泳いだだけだった。
一瞬の浮遊感の後、全身を襲う痛み。
落下中、生い茂る木々の枝葉に足や腕の露出部分を細かく引っ掛かれ、肌が熱を持つ。
ほんの少し間を置いて、鞄も落ちて来た。
「いッ……た」
叩きつけられた瞬間に肺の中の空気を全て吐き出させられ、ゲホゲホと咳込みながら全身を確認する。
とりあえず、生きてはいる。
手の中のリンゴも無事、鞄も多分異常なし。頭は打ってないのか、強打しすぎたのかわからないけど、痛みを感じない。
思ったよりは逼迫した状況ではないようだ。そう安心して立ち上がろうとしたとき、右足から激痛が走る。
「……ッ!!」
驚きのあまり声にならない。
ちょっと挫いただけ、という痛みではない気がする。
最悪だ。
早く島を探索して適当な拠点を見繕わないと、間もなくやって来る夜に身を守ることができない。
大型の獣に見つかってしまえば、この足では逃げることもできない。
彼らにとっては恰好の獲物である。
やばい、本当にやばい。
気持ちばかりが焦って、痛くて動かすのもままならない右足にイライラが募る。
ああ、なんであの時リンゴ相手にムキになってジャンプなんてしてしまったのだろう。
なんであのとき、ちゃんと身の回りを確認しなかったのか。
そんな憂いても仕方ないことばかり、頭をぐるぐるとめぐって行く。
リンゴを鞄にポイとしまうと、右半身を崖の壁に寄りかかるようにしながら体を支え、少しずつ移動する。
いかに体重をかけないよう心掛けても、右足に負担がないわけではなく、一歩進むごとに痛みが走る。
引っ越し初日がこれだとは、本当にツイていない。
捕食者に見つからない可能性にかけて移動を諦めたい、できればもう動きたくない。
が、かろうじて残った理性がそれはいけないと言う。
牛歩どころか亀の如き速度で、全身が泥まみれになるのも構わずに進む。
その代わり、適当な場所を見つけ次第すぐに火を起こせるように、枯れ枝や枯れ葉を拾いながら行くことにした。
きっと、探そうとして歩き回るような余裕はないと思ったのだ。いや、絶対無駄に動きたくなんてない。
今日は全くツイてない。自らの不幸に呪詛をまき散らしながら進む。
「なんでこんなことにッ……ンああああっ?」
またしても浮遊感。
気が付いたときには、私はすっかり地面に倒れ込んでいて、またも襲う全身の痛みに言葉を忘れた。
どうして虫ってやつは!虫のくだりは作者の心の叫びです。
森の描写と虫について付け足したらなんか長くなったった