第48話 新たな仲間です ★
場面はパーティー会場に戻しましょうー。
元となる乙女ゲーム「百幾年~精霊と伝説の巫女~」での初期攻略対象者4名がこのパーティーで一堂に会したことになるので、4名の立ち絵(頂いたFAです)を文末に置いておきますー。
「アナトーリア様の頼みだし、二つ返事で『オッケー!』……って言いたいところなんだけど」
ジャンバティスタは、若い女の子が一目でメロメロになってしまいそうな甘い笑顔と軽やかな声で、チラリと私に視線を流した。
ワインを少し口に含んで、唇を舐める舌先はすごく色っぽい。その口元と可愛らしい童顔とのギャップは、見てる私に背徳感を植え付けてくる。
「けど?」
「嘘、ついてるでしょ」
私は、パーティーの前に国王陛下へ話したのとほとんど同じことをジャンに伝えていた。
巫覡の力を持つ人物に助けられたこと、彼を通して、あの島には神や精霊がいるのだと実感したこと、だから神殿を建てたいと考えたこと……。
「どうしてそう思ったのかしら」
「勘だよ。だけどよく当たるんだ。俺は権力なんてないに等しいから、力を持つ人が相手なら、嘘を吐かないことを条件に仕事受けてる」
どうする? そう問うジャンの表情は本当に楽しそう。
自分の勘に絶対の自信を持ってるのか知らないけど、きっと彼は、私が折れて真実を話すとわかってる。
話さなければ、彼は何も言わずに席をたつだけだ。この観察眼と、思い切りの良さが彼を敏腕経営者たらしめているのでしょうね。
ひとつ息を吐いて、降参の意思表示。
「騙すつもりじゃなかったの。簡単に信じられるような話じゃないから」
「オッケー、信じるよ。アナトーリア様は信じていい側の人だからね」
瞳の奥で揺らめいていた、試すような色はもうどこにもない。
私が観念したことで満足したらしいのだけど、それすらも、私には苦笑せざるを得なかった。
だってそうでしょう、彼は、私がまた嘘を吐くかもしれないなんて考えていないの。言葉通り、一切の信頼を投げてきたのよ。
「貴方と駆け引きは二度としないわ」
「それが賢いよ。さぁ、アナトーリア様。ダンスの時間だけど、この手を取ってくれますか?」
「アニーでいいわ」
席をたったジャンは、流れるような動作で私の横に立って右手を差し出した。その手に左手を載せると、ふわりと甲に添えられる親指。
この指が一瞬私の手を撫でるようにかすめて、そして離れる。
クララのメモにもそう言えば書いてあった。ジャンは遊び人だって、ね。あとはなんだったかしら。サディスティックで腹黒い?
そうなった理由ももちろんメモには書いてあるのだけど、それは私が心を砕くことではないし、遊び人であることだけ気を付けておきましょう。
ジャンのダンスは思ったよりもずっと上手だった。こちらに一切の負担もなく、自然な足運びができるようリードされる。
必要以上に密着していなければ、とても楽しいダンスの時間になったことでしょうね。
「それで、本当はどういうおハナシ?」
囁くジャンの息が耳にかかる。私はターンの際に、視界の端でこちらを見つめるクララの姿を捉えた。驚きと焦りが混じったような表情。
ああ、これはジャンにとっての宣戦布告なのかもしれない。ジャンの持つ商会と、それに伴う経済的な利潤は、バウドを選ぶという意志表示。
「さっきの話だって本当よ。ただ、神や精霊がいるというのを巫覡を通して実感したのではなくて……」
「見えたんだ?」
予想の範囲だとでも言うように、ほんの少しだけ肩を上げて先を続けたジャンに、私も小さく頷く。
精霊たちに助けられたこと、神の加護を授かったこと、彼らが祈りを必要としていることをかいつまんで説明すると、彼は体を少し離して私の顔を覗き込んだ。
「乗ったよ、お姫様。いや、巫女様かな。内容によっては軽く協力するだけでいっかなって思ってたけど、全面的にバックアップだ」
「いいの?」
「もちろん。こんな商機を逃すわけないってね。さぁ、これから俺たちは一蓮托生。細かく連絡とらせてもらうよ」
ジャンを見上げれば、彼はイタズラっ子の顔でウインクをしてみせた。なるほど、ジャンがモテるのも頷ける。
学院において、ヒロインの攻略対象者である4人は本当に人気があった。
フィルとビーは将来が約束されている上にあの容姿だもの、人気があって当たり前。
カロージェロは学院の生徒ではないけれど、将来性に加えてフィルを護衛する騎士姿が乙女心をくすぐるらしい。
ジャンは、確かに容姿こそキラキラしているけれど、男爵家だし、身長もそこまで高くない。
どうしても他の3人と比べれば見劣りするのでは、って思っていたのだけど……。女性の扱いは最も上手いかもしれない。
「もう1曲どうかな?」
「貴方を待ってるお嬢様たちに睨まれてしまうわ」
「それは大変だ。じゃ、あとでラブレターを送るね」
ワルツを踊り終えると、名残惜しげにいつまでも私の右手を掴むジャンの手をそっとほどいて、お兄様を探す。
いやほんとに、ジャンを狙っている女性陣の視線が痛かった。睨まれてしまうっていうか既に睨まれてたと思う。
もういつワイングラスが飛んでくるかと冷や冷やしたわ。公爵令嬢で良かった。権力万歳。
……こういうのも、前世の記憶があるからこそ気づけたことかもしれない。以前の私なら周りの嫉妬なんてほとんど気にも留めなかったもの。
「アニー様!」
「アナトーリア様!」
お兄様を探す私に声を掛けて来たのは、メアリとフリーデ。2人とも、ココアみたいな少しくすんだ茶色のよく似た髪を、やっぱり同じように結い上げていて、まるで姉妹みたい。
仲のいいお友達と代わる代わるハグをして、私はやっと、少しホッとした。
目を掛けていたクララも、幼馴染たちも敵対して、同級生たちは冤罪に加担して。これらの事実は、自分で思っていた以上に心を沈ませていたみたい。
どちらかと言えば、島よりもこっちのほうが、私の居場所がないような気がしてたから、すごく……嬉しい。
「この1週間、もうどこもかしこもアナトーリア様の話題で持ち切りですのよ」
「やっぱり、精霊は実在するのかも、なんてみんな言ってますわ」
私が島へ出かけてからの1ヶ月、学院でどんなことがあったかを聞かせてもらっているうちに、あっという間に時間が経過してしまった。
クララの傷害事件で虚偽の証言をしたご令嬢たち、お兄様が調べ始めた当初は、自分が悪いことをしたという意識がほとんどなかったみたい。
お兄様は次期宰相とも噂される人だし、まだ婚約すらしていない超優良物件なのだけど……、お兄様から声を掛けられて、びっくりするほど浮かれていたらしいわ。
色目を使いながら白状させたらしいので、お兄様も悪いのだけど。
それにしたって妹である私を罪人にしておいて、よくお兄様と良い仲になれると思えるものだわ。
頭ハッピーセットかしら。……ああ、これは前世の知識ね。
匿名希望さまからイラストいただきました!
頭ハッピーセットは、作者の指が自然と動いて書き込んでいたので、消さないでとっておきました。
これが前世の小雪さんの煽り文句だったことにしましょう。