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第47話 謁見です②


「たまに父が聞かせてくれたものだ。国の希望を背負った小さな勇者が、仲間を探しに離島へ冒険に行く話をな。

父は確かに実話だと言ったが、もちろんその言葉を信じてはおらなんだ。お伽噺だと思ってたし、今もそう思っておる」


「実話なのです。私は、目覚めたその少年に助けられ、今ここにいます」


 この状況下で、私こそが巫女だと言えば魔女疑惑をより深めるだけだ。私自身が精霊に出会ったことは伏せ、時代を超えて目覚めた巫覡に助けられたことだけを伝える。


 島には彼の生活痕がある。レイが島で暮らしたことは証明できるだろう。

 100年生き続けたことも、巫覡であることも、精霊の存在だって、すぐに信じてくれなくていい。レイがただの原住民だと思われたとしても、彼の存在が国民として認められるなら、あるいは島の所有権がレイに移譲されるなら。

 私にとって悪い話ではない。


「わはははは! 興味深いな、それは。その少年は特別な力を?」


「……はい。この100年のうちにいくつか年を取って、もう少年という見た目ではございませんが」


「はっはっは! そうか、それは面白い。今度、ぜひ会わせてくれ。そういうことなら、『精霊が怒っている』というクララの言葉はいよいよ怪しくなってきたな」


「ええ、次に島に戻った時、彼にも話をしてみますわ」


 これも半信半疑、というよりあまり信じてはいないか……。

 さすがにチェルレーティの歴史の一端が語り継がれていたり、古い書物を持っていたりすることから、一般の民衆よりもずっと巫覡の存在には理解を示しているけれど。


 一国の王として、自らの目で見ていないものは信じられるはずもないだろうし、頭ごなしに否定されないだけでも、上々の結果ということにしましょう。


「ならば島にどんな資源が眠っているか、彼は知っているかね」


「いいえ、陛下。神と精霊は現実のものだったのですから、あの島は神聖な場所なのです。資源だなんてとんでもないことですわ」


「つまり……?」


 ス、と陛下の表情から笑顔が引いたのわかる。

 やはり領地の生み出す資産を運用しないのは、国としても受け入れ難いだろうか。次に私の口から発せられる言葉を予想して警戒している。


「伝説の巫女の登場で、民もみな精霊の存在を思い出したのですもの。神と精霊が住まう島に、神殿があっても良いのではないかしらと考えています」


「ほう」


 お父様は私の横で腕を組み、瞳をとじている。何も言わないことで、私の意思を肯定しているのだと伝えてくれる。


 あれだけの土地を得て、やりたいことが神殿の建立だなんて信じられないのだろう、陛下は私の真意を測るようにじっと目を見つめた。


「先の説明で財政大臣が言ったように、領地を持てば何もしなくても最低限の税が課されるのだぞ」


「はい、心得ております」


 私の返事にひとつ頷いた陛下は、長いような短いような少しの間をおいて、計画書の提出は忘れないように、と一言添えてからお父様に向き直る。

 思っていたよりも大きな抵抗を持たれなかったことに安堵して、私は喘ぐように空気を求めた。さらに体中の血液が突然勢いよく流れ始め、無意識にも王の威圧感に緊張を強いられていたのだと理解する。


「ところでチリッロ。エミリアーノをどう思う」


「聡明な方です。幼いながら民衆のこともよくお考えでいらっしゃる。少々お優しすぎるが……()()に食われるほど柔らかなお心でもないでしょう」


 ここでお父様が言う魔女はクララだろう。そう、私を魔女と呼ぶのは構わないが、クララもまた魔女と巫女の境界にいるのだ。


 フィルディナンドを篭絡し、権力を自らのために使えばそれは。


「そうだな」


 陛下は深い溜め息とともに頷いた。王太子にはフィルディナンドが有力だったけれど、ここに来て風向きが大きく変わったのを感じる。




 ◇ ◇ ◇




 私室に戻ったイルデフォンソ二世を待っていたのは、この後に控える長男の誕生日パーティーのための準備であった。にこやかな侍従たちが美しい衣装を手に王に近づく。


 侍従たちにされるがままにして、国王は先ほどの会談を振り返っていた。

 王として気にしておくべきことがいくつかある。


 ひとつは、島に先住しているというチェルレーティを名乗る男の存在。アナトーリアの口振りでは、古の書物に描かれるように精霊の意思を汲み取ることができる、本物の巫覡のようだ。

 同じく精霊の声を聞く存在でありながら、かたやアナトーリアを魔女と呼び、かたやアナトーリアを助けたのだ、一方の言い分は恐らく虚偽……。

 精霊が存在するか否かはさておき、クララの目的とアナトーリアの目的がぶつかっているということだ。国にとって利となる、少なくとも無害なほうを見極める必要があるだろう。


 ふたつめは、王太子問題。

 一時の気の迷いか、色香に迷ったか、アナトーリアを育ててきた全てのコストを無駄にした息子の行動に、頭痛が治まらない。

 クララが巫女と確定すれば、フィルディナンドが王太子となっても人心を掴むことができるかもしれない。しかしそうでないならば。

 バウドがエミリアーノを推すならば、そちらも具体的に考えるべきだ。


 そして最後に、あれだけの広さの領地を所有するにも関わらず、活用もせずに神殿を建てると言ったアナトーリアの目的。

 今まで存在しなかったも同然の島である。当面は最低限の納税があればどのように使おうと構わないと思っていた。しかし、今このタイミングで神殿というのは些か不穏だ。


 建国以来の無信仰政策は、ブールとカルディアをひとつにまとめることができた。

 信仰を捨てたかに思われがちだが、ブールに連なる民ですら、お伽噺を介して精霊の存在を無意識に認めているのだ。むしろカルディアの思想が広がったとも言える。

 だからこそ、クララに対して全国民が希望を見出す。


 本当に妄想だと思っているなら、伝説の巫女など鼻で笑われておしまいのはずなのだから。


 この国にまた信仰が戻ったらどうなる。

 予測のしようがない未来を思って、イルデフォンソは溜息を吐いた。信仰は時に国を揺るがす可能性を内包する。


 少なくとも、政治と信仰は切り離さなければならないだろう。今の時点ですでに、この国の重鎮が巫女に翻弄されているというのに。

 もし、アナトーリアが信仰を取り戻すなら、何か手を打つ必要がある。


 人々に寄りそうだけの信仰ならいいだろう、だが人々を強くする信仰は危うい。そうなった時に、その芽を摘みとる準備も考えておかねばならない。


 イルデフォンソがふと顔を上げると、鏡の中には煌びやかな衣装に身を包みながら、なんとも薄暗い顔をした中年の男が映っていた。


王様の本音はたぶん、できればどっちも信じたくない、でしょうね。

クララもアナトーリアも非現実的なことしか言わないんだもの。

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