第46話 謁見です①
誤字報告ありがとうございます! 大変助かります!
誤字ることを気にしない怠惰な作者ですが、さすがに多くてちょっと恥ずかしくなりました(照)。
パーティーが始まるよりも数時間前、私は大きな会議室にいた。
正面に座す男性のオーラに気圧されないよう、一つ大きく深呼吸する。
大きな長方形のテーブルを挟んだ向かいに座るのは、国王陛下イルデフォンソ二世。そして私の横にはお父様。
冤罪だったことへの謝罪と、島の状況についての報告、それに損害賠償だとか土地を領有する上での注意事項だとか、そういった話をするために呼ばれた。
ただの冤罪なら国王が出てくるようなことではないと思うのだけど、今回はあまりにも色々なことが複雑に絡み合っていて、陛下自らが出てくることで穏便に済ませたいという思惑が透けて見える。
賠償や注意事項といった事務的な部分の説明は、関係各部の偉い人が来て手短に済ませていく。
予想してたより多くの賠償を提示されたのも、やはり勢いを持ってしまったバウド家を敵に回すのを恐れたか、またはボナート家を守るためか。
お父様はまだ何か言いたげだったけれど、私自身は流刑についてとやかく言うつもりはなかったので、素直に陛下の謝罪を受け入れた。
流刑があったからこそ、私は精霊たちに出会って、島を得ることができたのだから。
ほとんど山だから人が住める場所は少ないけれど、領地の広さだけで言えば国内でも5本の指に入るし、多くの資源も見込まれている。
初年度の課税は免除されるが、来年からは国に税を納めると同時に、私に爵位が与えられることになった。
今年度中に、領地をどのように活用するかの計画書を提出し、その計画に抜けや偽証がないかを確認した後、概算利益と課税額の検討を行う。
その予想税収に応じて叙される爵位が変わるのだそうだ。
普通ならその土地での生活が先にあるのだから、どれだけの資源があるか大体わかるけれど、この島は何もかもが未知なため特例としてこのような扱いになった。
でも……神殿を建てるつもりとなると、収入という収入なんて見込めないんだけど、どうしようかしら。
「島の所有権を巡って、オネストが何度か島を尋ねたようだが、それも君の冤罪が明るみになる前までの話であるから、思うところもあるかもしれないが、どうか飲み込んでほしい」
事務的な話を終え、人払いを済ませて、私たち3名の他、一部の近衛兵のみとなると、陛下が瞳をとじて吐き出すように告げる。
その姿に、王の苦悩もわかろうというもの。
「はい。もちろんでございますわ。ボナート公爵はお仕事熱心でいらっしゃるだけですもの」
私の言葉に小さく頷いた陛下は、溜息とともに彼を悩ます若い恋人たちについて話し始めた。
それは愚痴を聞いて欲しいなんてささやかな願いなどではなくて、積極的にバウドを刺激したいわけではないのに、どうすることもできないもどかしさを伝えたいのだろうと気付く。
「フィルディナンドが、巫女との婚約を認めて欲しいと言い出した」
「まぁ……」
私の横で、お父様がフンと小さく鼻を鳴らす。
「念のため確認するが、冤罪であった以上、婚約の復活が可能であるが──」
「いいえ、私もそれは求めません」
「まぁそうだろう。……ミス・フィンツィについては巫女であるから王家の庇護下に置いているだけで、王太子妃、王妃とするには身分も教養も全てが足りん」
クララは平民出身の男爵令嬢で、巫女でなければ貴族でもなかった。
それにフィンツィ男爵に引き取られたのは学院への入学直前だったから、貴族としての何もかもを身に着けていなかったのよね。
「伝説の巫女は民の希望ですわ」
「そうだ、だから無碍にできん。求心力があるならば、王妃にしてもいいだろう。だが彼女は本当に……」
巫女なのか。
陛下の唇がそう動いたように見えた。
「彼女が語った精霊の言葉は多くない。『精霊が怒っている』、『アナトーリアは魔女』、そして『山が噴火する』だ。どれも正解を確かめようがない」
「魔女……?」
「私の娘をどこまで侮辱すれば気が済むのだ、あの小娘は!」
お父様が大きな拳でテーブルを叩く。隣でテーブルに手を置いていた私にもその衝撃がさらりと走った。
陛下は、お父様に「誰も信じやせんだろう」と落ち着くよう言い聞かせて、そして遠くを見るように瞳を彷徨わせた。
「クララが偽物だとわかれば簡単な話なのだがなぁ」
民衆にとってクララは伝説の巫女であり、希望だ。
「精霊伝書」に預言されていた「導きの巫女」が現れたのだから、同じく預言された「国を脅かす天変地異」も起こるに違いない、と噂されてる。
だからクララを蔑ろにすれば民衆の反感を買うことに繋がるため、王家も扱いに困っているんだろう。
「ところでアナトーリアよ。島ではどんな生活を? 最初の日はずいぶんと海が荒れたと聞く」
エスピリディオン島でひと月を無事に生き延びたことで、皮肉にも「アナトーリアは魔女」という言葉を、補強してしまったのかもしれない。
陛下の言葉尻には疑うような色を感じたものの、無人島で女が1人生き抜くなんて考えられないのだから、疑心暗鬼になるのも仕方ないこと、かしら?
「眠っていたチェルレーティが助けてくれたのです」
「は?」
自宅に戻ってから改めて読み直した歴史の教科書によると、チェルレーティ家はカルディアの君主だった。
巫覡を多く輩出し、神や精霊の言葉を伝えた一族だから自然に人々を導いていただけで、玉座を持っていたわけではないけれど、便宜上「君主」とされる。
ブールがカルディアを負かしたあとも、信仰を捨てられない民によって内戦が続き、結局ブールが折れた。
民衆を扇動したことから、チェルレーティの一族はほとんど根絶やしにされていたけれど、最後のチェルレーティの血筋であるイルデフォンソ一世を王に置いたんだ。
それはカルディアの民を安心させ、結果として内戦は治まった。長く続いた内戦は、世代交代をしたカルディアの民にとっても負担だったはずだ。
イルデフォンソ一世と、私の曽祖父の二人を除いて、王宮にカルディアの民はおらず、ブールの傀儡となった初代国王は、無信仰政策をとって……。
そして、精霊が実在したことを知る人も伝える人もいなくなった。
「王家に、最後の巫覡の記録は残っていませんでしょうか。9つの幼い少年が島へ向かったと」
陛下の瞳が真ん丸になって、私をまっすぐに見つめる。
一瞬の間の後、陛下は小さく首を振ってから「バウドの家にも言い伝えが?」と問うて、そして言葉を続けた。
ジャンとの楽しいやり取りの前に、おじさんフェーズ入れちゃった




