第44話 あるべきシナリオ
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回はアナトーリアではない、別の人物の視点で語られます。
国王陛下は、相変わらず口を一文字に結んであたしを冷めた目で見てる。
予想してたよりも、ずっと警戒心の強い人。
予想?
そんなの、随分前から意味がないって思い知らされてるのに、ついつい甘く見積もっちゃう。
「同じ話を何度する? お前たちの婚約が認められるために必要なことはもう伝えただろう」
陛下はあたしに声を掛けてはくれない。立場が違うから、というか、あたしに立場と言えるような立場がないから。
一方で、冷たく突き放されたのはフィル……。フィルディナンド王子殿下もまた、苦渋に満ちた表情で父王を見返してる。返す言葉はないらしい。
小さな頃に馬車に轢かれそうになって、前世の記憶を取り戻して以来、「予想通りにコトが進まなくて」いつもいつも焦ってばかり。
本当なら、幼いうちに男爵家に拾われていたはずなのに、なぜか15になるまで迎えが来なかった。迎えがくるはずだった10歳の誕生日から毎日毎日、「どうして」って泣いてた。
信仰のないこの世界は、日本とはまるで違う。
日本は、多様な思想が入り乱れ尊重されつつも各宗教の教義に則って生きる人は少ない。それでいながら、天照大御神から始まる日本神話をベースにした文化や思想が根付いてる。すごく複雑な民族だった。
それは、夏祭りだとか初詣だとかの日常にあって、日本人に常に寄り添ってたし、日本人同士でなら当たり前にわかる「感覚」があった。例えば神社の境内に入ったらほんの少し厳かな心持ちになるような、米の一粒を勿体ないと大切にするような。
でもここは違う。根本的に違う。精霊に対する価値観は日本人にとっての神話に近いものがあるけれど、もっと軽い。全く信じていないというか。
心細い。同じ「感覚」を有する人がいないという状況がこんなに恐ろしいなんて。
「大丈夫かい、クララ? 顔色がすぐれないようだね」
国王陛下との謁見を終え、長い廊下の真ん中で立ち尽くすあたしを、眩しいくらいの美貌が覗き込む。
人気投票をすればいつだってぶっちぎりの1位だったフィルは、やっぱり優しくてカッコよくて、イケボだ。
「いえ、陛下に認めていただけないのがほんの少し悲しくて」
眉を下げてうっすらと笑えば、優しいフィルはもっと困った顔をして抱き締めてくれる。
ヒロイン補正というのかな。攻略対象者はある一定の親密度を達成すれば、常に味方でいてくれるみたいだからすごく楽。
「我が父ながら、精霊がいることを、またはクララが巫女であることを証明せよ、なんて簡単に言ってくれたものだ」
あたしとフィルの婚約の条件は、あたしが巫女であると証明すること。
ゲームの中でなら悪役令嬢は間違いなく悪役だったし、たくさんの困難を乗り越える過程で精霊と出会ってた。
その精霊たちと一緒にいくつもの魔法を実現して、あたしが巫女であることを認めさせていくはずだったのに!
……結局この世界には、精霊も天照もいない。
「あんなにも精霊が怒っている状態で、なお、アニー様が無事に島からお帰りになれたのは、怪しげな術をお使いになるからです。それが『魔女』である証明だと申し上げているのに……」
いもしない精霊が怒ってるかどうかなんて、あたしにはわからない。
ただ「予想」に反していることを是正するのに、最もネックになってるのが悪役令嬢の存在だということだけはわかる。
15になるまで迎えに来なかったフィンツィ男爵もそうだけど、あたしの「予想」を悉く覆していったのは公爵令嬢アナトーリアだった。
苛めない、差別しない、見下さない。どれだけ怒らせようとしても、ただ窘めるか諭すかだけで、悪役らしさが欠片もない。これじゃイベントがなんにも発生しないじゃない。
結局、あたしの知ってるシナリオへ修正しようとすればするほど、あたしは嘘を紡いでいくしかなくなった。
もう、どうしてこんなことに……。
なにより、どうして彼女は死ななかったの? 行方知れずになった彼女を探して島に行って、そこで出会った島神の力を借りて彼女を蘇生する。
それが、あたしが王妃になる条件だというのに。
「精霊の存在そのものを、父上は信じていないのだ。どうにか俺ももう少し父と話を続けていくよ」
「フィル……」
いやいや、それじゃ足りないのよ、フィル。
悪役令嬢の死と巫女による蘇生、これがないと、あたしは王妃になれない。それにあたしが島神と出会うためにも、あの島を彼女の持ち物にするわけにはいかないの。
噴火の前にやるべきイベントは、あとはもうこのアナトーリア蘇生だけだし、今までも条件さえ揃えばイベントはしっかり発生してきた。
アナトーリアの死と、あたしが島へ上陸すること。これができれば……。
ビアッジョはバウド家を目の仇にしているから、きっとまだまだ助けてくれるわね。
お父様のオネスト・ボナート公爵まで手を貸してくれるのは意外だったけど、でもボナート公爵のおかげで国王陛下の懐柔条件がクリアできたのは確か。
彼の目的はどうあれ、お互いに利害が一致している間は利用し合えばいい。
体を離したフィルがあたしの背中を優しく押す。このあとは、フィルの誕生日パーティーに着るドレスが出来上がったらしいので、その試着と細部の手直しをする予定だ。
フィルの瞳の色そっくりの鮮やかなスカイブルーの生地に、フィルの髪色を思わせるプラチナブロンドの糸で華やかな刺繍が施された、可愛らしいベルラインドレス。
フィルの寵愛を一身に受けているのはあたしだって、貴族の面々に見せることで、バウド派を揺さぶれたらいい。
「おや。殿下、ミス・フィンツィ。今日も仲睦まじく……」
長い廊下を進む途中、向こうからやって来たのは魔導部副長のキアッフレード・インサーナ。今あたしが最も警戒している人。天鵞絨の貴公子。
天鵞絨色、というのだったかな。光の加減によっては黒にも見える、深い緑色をした髪と、彼の纏う美しい光沢の天鵞絨のローブから、誰ともなくそう呼ぶようになったと聞いてる。
そして、恐らくゲームの追加攻略対象者。
百幾年という乙女ゲームのコアなファンが集うSNSのグループで、新キャラの発表前にまことしやかに囁かれていたのがキアッフレードだ。
人気声優のファンから回って来た情報で、信憑性とかはよくわからないけど、そのSNSグループのメンバーは信じてるようだった。
前世で死んだのが追加キャラの発表直前だったのが、今さらながら本当に悔やまれるけど、ほんと今さらだよね。
「やあ、フレード。最近は平和が続いているね」
「ええ。今注意すべきはバルテロトだけですから」
あたしが王宮にいると、どこからか現れて声を掛けて来るキアッフレードだけど、いつもフィルが一緒だからか、まともに話したことはない。
ただ、インサーナ伯の令息で、魔導部の副長という立場を考えると、フィルへの接し方がイマイチ馴れ馴れしいような気がする。
追加キャラで、何かあたしの知らない設定がある……って考えるほうがやっぱり自然かな。うん、当初の予定通り、この人には近づかないようにしておこう。
アナトーリア前世での同僚の仁奈さんはライトユーザーだったので、王妃ルートの条件のひとつを「悪役令嬢を島送りにする」という、攻略初期の正確ではない情報を信じていたようです。
正しくは「亡くなった悪役令嬢を蘇生する」だったということですかねぇ。




