第41話 クララのメモです
「お父様、お兄様、これお預かりしてもよろしいですか? すごく、……興味深いメモだわ」
メモに目を通して、私はそれだけ言うのが精一杯だった。
お父様は、意味がわからなすぎて扱いに困っているらしい。狂人の妄想だと切って捨てるには、極秘情報が含まれすぎているのだと。
それはそうでしょう。このメモは、乙女ゲームの攻略情報で間違いないのだから。
「意味のわからないことばかり書き殴ったメモだが、一部不敬な記載や機密もあるから、取り扱いには注意するように」
「はい、もちろんです」
お互いの近況報告を終えたところで、自室に戻ろうと立ち上がると、お父様がそれを手で制した。
まだお話は終わっていないようだ。もう一度ソファに腰をおろして、ドレスのしわを整える。
「島はお前の所有だが、権利が発生してから2か月以内に取得申請をする必要がある。それから来週、フィルディナンド殿下の誕生日パーティーがあってな、お前も招待されている」
少しの沈黙。
フィルディナンド殿下の誕生日パーティーだなんて、敵陣のど真ん中だ。役者は勢ぞろいするはず。
そして、私は取得申請が受理されるまで、島の正式な所有者ではない、ということ。つまり申請が認められる前に権利者が死亡すれば、土地は国の所有に戻ることになる。
「申請から受理まで、どれくらいかかりますの?」
「通常ならば、2週間といったところか」
「アニー、参加しないという選択肢もあるんだよ」
お兄様が困ったように眉を下げながら、無理に笑顔を作っている。
冤罪が明るみになって、最初の公式行事。ここでの私の行動は、貴族間のバランスにも大きく影響すると思う。
それに、あの島から戻った私は、島の神聖性をアピールするのに最適な広告塔でもあるのだ。
「ご心配ありがとう。でも、その選択肢はありませんわ、お兄様」
私の返事にひとつ頷いたお父様が、公爵の顔をどこかへしまい込んで、優しく微笑んだ。
「先に話しておくべきことは以上だ。詳細はまた改めよう。疲れただろう、アニー。今夜はもうゆっくりしなさい」
「ええ、そうさせていただきます。おやすみなさい、お父様、お兄様」
島での生活で体力の増強された私は、むしろ動き足りないくらいだけど……。
一刻も早く、クララのメモが読みたい。
悪役令嬢であるはずの私が、今こうやってピンピンしている以上、このメモにあるゲームのストーリーと現実とは、かけ離れた内容になっていると思う。
それでもクララの行動原理や、私の知らないこの世界の秘密がわかるかもしれないと思えば、もう居ても立ってもいられない。
私はお父様とお兄様への挨拶もそこそこに、急いで私室へ戻った。
星が……。
窓を開けて星空を見上げると、ここが島ではないことを思い出させられる。雲が厚いせいもあるけれど、なんだか星が少ない気がして寂しい。
東京の大都会と比べれば満天だけど。
魔法石がもたらした便利な道具は、夜道を少し安全にしたし、食べ物の保存期間を伸ばしてくれた。
もう私たちの生活になくてはならない物ばかりだけど、星や精霊や、きっともっとたくさんの大切なものを、知らず知らず失っているのだ。
書き物机の上にあるランプのスイッチを押すと、カチリと音がして火が点く。
やっぱり、イフライネの火とはなんだか違う。人工的な火は、ほんの少し冷たい色をしてる。
このままでは1日と経たずにホームシックになってしまいそう!
プルプルと頭を振って島への想いを放り出すと、椅子に腰かけて、ずっと抱えたままにしていたクララのメモを開く。
前半に各攻略対象者のプロフィールと攻略方法、そして結末が。後半には思い出した順に書き殴ったと見える、各種イベントについての情報があった。
フィルやビーのルートを確定させるイベントは、アナトーリアがクララに頭から水をかけることで起きるみたいだけど、どうやって達成したのかしら? 私はそんなことしていないのに。
濡れていればイベント発生フラグが立つのかしら。だとすれば、自分で水を被ったの? ……ヒロインも楽じゃないのね。
「はぁぁぁあ」
読み終えて、ひとつ大きく息を吐く。
私、このゲームの中ではヒロインが誰を選んでも破滅する未来しかなかったみたい。現実とは違うとわかってても、なんだかうすら寒いものを感じるわ。
それでも読んで良かった。いくつか確認したり警戒しておいたほうが良さそうなことがあったから。
まず一つ。
ヒロインがフィル以外のルートを選ぶと、アナトーリアの破滅よりもバウド公爵が失脚するのが先になる。お父様が失脚するから、私はその流れ弾を受けて国から出ていくことになるみたいね。
失脚の理由が、東の隣国バルテロトと良からぬことを計画しているとかなんとか。
この件については、お父様にバルテロトとの関係を確認してみましょう。
クララはフィルルートに入っているし、お父様が造反なんてするはずがない。だけど、ボナート公爵がどう出るかわからないもの。憂いは断つに限るわ。
二つめ。
同じくヒロインがフィル以外のルートを選ぶと、フィルは結婚相手となる人に困らされるらしい。
アナトーリアは失脚して、別のご令嬢を妃に据えることになるわけだけど、その方がイマイチ妃の器ではない、ということみたい。
ヒロインは、結ばれた相手と協力して、フィルを支えながら幸せに暮らしましたとさ、みたいなエンディングが基本のよう。
但し、ジャンバティスタを選んだ場合に限り、そのエンディングのパターンとは少し異なる。
彼は自らの商会をどんどん大きくして、経済的に国を潤すのだけど、王家を支えるよりも他国へ移り住むことを視野に入れてる。
ジャンは爵位も高くないし、王家との関係は強くない。……だから、ジャン以外のルートを選択すると、ジャンとヒロインは接点がなくなるのだ。
これは、大事な情報だわ。
私が婚約を破棄された祝謝日のパーティーで、ジャンは確かにヒロイン側にいたけれど、今もそうだとは限らない。
そして三つめ。
まさかこのメモにキアッフレードの名前が出てくるなんて。
さっき、お兄様の説明に出て来た名前。密かに精霊信仰の残るヤナタの末の王子で魔導部門の副長。
最近になってクララとキアッフレードは接点を持ったと言っていたかしら。
メモの、「新キャラ」とあるページに、キアッフレードと、「?」と書かれた二人分のスペースがある。
詳細情報はなくて、ただ小さく、「触らないほうがいい」と走り書きがしてある。彼女も、攻略方法がわからないから避けているのでしょうね。
キアッフレードの名前だけわかっているのは、彼女が前世で事前に情報を得ていたのかもしれない。
これだけやり込んでいるのだから、かなりコアなファンと考えて間違いないでしょうし、それなら追加キャラの名前を知るくらいの情報網ならあったかもしれない。
ただ、クララは警戒しているはずなのに二人に接点があるのが気になるわね。キアッフレードから近づいたということかしら。
彼の目的はわからないけど、私も十分警戒しておくべきだわ。
クララのメモからいくつかヒントを得たところで、私もついに眠気を感知した。
ベッドに潜り込んで目を閉じると、屋敷のどこかで侍従たちがまだ働いている音が微かに聞こえる。
精霊たちの口喧嘩でうるさかったり、エストがご機嫌に鼻歌を歌ったりしない、生活感のある静かな夜。
私のいない夜を、精霊たちは、エストは、……レイは、寂しがってくれるだろうか。
クララが独り占めしていたゲームの攻略情報をゲットできました。
細かく書いてあるわけではないにしても、重要なアイテムですね!