第4話 お別れです
みなさま、ブクマやら評価やらありがとうございます。
ほんとにコレがあのあらすじに寄るのか?と心配しながら書いている作者ですが、がんばります
「……?」
待てど暮らせど波に襲われない。
それどころか船が大きく傾きもしなければ、肌を殴るような風も感じない。
ゆっくりと目を開けた私の目の前に広がるのは、船の舳先から島まで続く静かな水面のカーペット。
カーペットの両脇は高い波が壁のようにそびえていて、そしてその花道の真上だけ雲が切れて光が差す。
揺らめく水面にキラキラと光が反射して、眩しいほどだ。
すごく、すごく神秘的な光景だった。
言葉を忘れて見惚れているうちに、荒波の壁は花道から左右へ広がるように凪いだ水面へと変化していく。
静かな優しい海がただ目の前に広がって、私は小さく息を漏らした。
「きれい……」
「祈りが通じた……のか?」
泥棒もまた、小さく信じられないというように呟いて、そっと操舵輪を握った。
真っ直ぐ進めば白い砂浜だ。
島は思っていたよりもずっと近かった。
「俺はバルナバってんだ。もう泥棒からは足洗うからよ、アンタがもしよかったら……、国に戻ったとき、祝い酒飲もうや」
泥棒バルナバが少し照れたように笑って去って行くのを、私は島の砂浜から大きく手を振って見送った。
バルナバには、国に戻ったらバウド家へ報告してもらうよう依頼した。
きっと、お父様やお兄様ならばバルナバを守ってくれるでしょう。
私たちを亡き者にしたい人間が、彼の無事を喜ぶはずがないのだから。
時間にしたらごくごく短い間のことだったけど、心中すら覚悟したこの大冒険は、私とバルナバを古くからの親友みたいな気持ちにさせた。
人生のほとんどを共に過ごした幼馴染たちとは完全に敵対したというのに、人間の心って、本当によくわからないものだわ。
苦笑いと共に空を見上げれば、先ほどまでの嵐が嘘のような快晴。
港を出た時と同じ、静かな海。
「ウティーネ、シルファム。ありがとう」
誰もいない虚空にお礼を呟くと、私は振り返って改めて島を仰ぎ見る。
鬱蒼と茂った木、というか森。しかしどれもだいぶ萎れていて、元気があるようには見えない。
遠くには高い山。あれはしばらく息をひそめているものの、火山であるというのは誰もが知っている。
砂浜のあたりに、人が出入りした気配はない。
潮の流れの問題なのか、漂着物も特に見当たらない。
森の中がどうなっているのか、森の奥に何があるのかは……行ってみないとわからないわね。
船から見たときにはあまり気付かなかったけれど、寂れた島だな、というのが第一印象。
全体的に元気がないような気がするの。
ここでどうにか1年暮らさなければならないのに、森に元気が感じられないとなると、木の実や果実への期待が薄くなってしまうわ。
狩りを覚えるまで、植物性の作物が生命線になるはずなのに。
前途は多難だ。
でも、弱音を吐いている場合ではない。
あの大嵐の中でも船から落ちることなく、ここまで持ち込むことのできた小さな旅行鞄を開ける。
どうせ死ぬ、と思われている島流しの受刑者に、持ち物の制限はない。
船を沈めない重さで、船に乗る大きさのものなら概ね許されるらしく、私の荷物は中を検められることもなかった。
お父様の持たせてくれたこの鞄には、きっと今からやるべきことを決めるヒントがあるはずだ。
王宮騎士団長を勤めあげたおじい様は、遠征で得た経験や知識を、お父様に幼い頃から全て伝授していたと聞く。
「きっと必要になるものをいくつか入れておいたよ」
今にも泣きそうな顔をしてこの鞄を持たせてくれたお父様の言葉を思い出す。
いくつかの着替え、いくつかの日用品、お父様の字で綴られた野営に関する基礎的なメモ、そして……。
ビロードの小さな袋に入っていたのは、火種石や水湧石、他にもいくつかの魔法石。
「ありがとう……、お父様、お母様」
ビロードの袋を握り締めて、両親に感謝する。
魔科学の発達が著しい現代では、魔法も精霊も「科学を知らない古代人の妄想」という扱いだ。
私たちの生きるこの世界は、いろんな属性を持った魔元素が、複雑な条件の元で結合して形作られているのだという。
魔科学、中でもエーテル学を大きく発展させ、私たちの生活を便利にしてくれたのが、この魔法石の発明だった。
科学に明るくない私には、魔法石の原理などはよくわからない。
ただこの人工の小さくて細長い石は、側面のスイッチを押すことで、先端から水なら水、火なら火を発現させる。
今では、日常生活で魔法石の原理を用いた機械その他を、使わずに1日を終えることはない。
例えばキッチンにはコンロやオーブン、食品を保管する冷棚もあるし、換気口もそうだ。
さっきの小さな漁船だって、水や風をコントロールするための魔法石が積んである。
これだけ科学技術の恩恵にあずかれば、確かに精霊だとか魔法だとか、そんなものは夢や幻に思えるかもしれない。
だから、誰もが神や精霊への信仰を忘れてしまうのも無理もない。
ただ、私の両親は、私が生まれるときに神様が夢に立ったのだと言って、私を信心深く育ててくれた。
おかげで私は、科学全盛の世にあっても、精霊を信じ、困ったときに精霊頼みをする癖がついているというわけだ。
「さぁ、暗くなる前に体を休められる場所を探しましょう!」
声に出して自らを奮い立たせる。
お父様が持たせてくれたこの魔法石は、それぞれ火や水を生み出すというごく単純な機能しか持っていない。
けれどこれがあれば水と火の心配をしなくていい。
つまり私がまずやるべきなのは、外敵の危険から身を守れる場所を、できるだけ早く見つけるということだ。
泥棒さんは地元に帰ったよ……。
バルナバ君とのキャッキャウフフな開拓生活を信じていた方、すまんな