表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/135

第36話 すれ違いです


 ロッジの自室に戻ると、鞄が荒らされたような形跡があるのに気づく。

 始まりの日に洞窟に置き去りにしていた鞄は、私が意識を失っているうちにゲノーマスが持ってきてくれた。


 夜になればイフが勝手に明かりを灯してくれるこのロッジで、持参した魔法石はほとんど出番がない。

 お風呂上りに髪の毛を乾かすとき、風立石を使ってはいたけど、それも今はシルファムがやってくれる。


 日用品を取り出して以来、ほとんど見向きもしなくなっていた鞄がどうして……。


「旗をな、ピスキーに持たせた」


 背後からよく響く澄んだ声が聞こえた。エストだ。いつまでも変声期を迎えない、若く張りのある声。


「あら、どこに?」


「どこじゃろうな。持ち主に返してやらんとなと言ったら、どこかへ持っていったわ」


 わははと笑いながら手近な椅子に飛び乗ると、纏った布の裾からしなやかな足が覗く。


 宣戦布告代わりにボナート公爵に叩きつけてやろうと拾った旗は、刑期を終えるまで出番はないと思っていたけれど。

 エストがどうにかしたというなら、きっと悪いようにはなっていないでしょう。


「ところでリアよ、いつ発つつもりじゃ? それまでは何を?」


 エストに報告するからと、ゲノーマスとウティーネが先に戻っていたので、一連のあらましは知っているのだろう。


 浜辺からの帰り道、レイと私は気まずい沈黙のまま、機械的に繰り出される左右のつま先を見つめていた。

 この島の正式な巫覡であるレイは、私に帰れと言ったんだ。ここに居場所はない、戻って来る必要もないと。


 その言葉を反芻するうちに、レイがそう言うなら、私がここでしようとしていることは、大きなお世話なのではと考えるようになった。


 さっき、みんなで神殿の建設について話していたのも、私が「建てたいと願った」から仕方なく、なのかもしれない。


「思ったよりもずっと早くコトが進んだから、帰る前に見ておきたい場所や、調べたいことがあるの。兄には3日と伝えたわ」


「そうか、では精霊も好きなように使え。……お主も付き添うじゃろう、レイ?」


 エストの視線の先、半開きの扉の陰から、フードの一部とローブの裾が揺れるのが見えた。

 いつからそこにいたのか、レイはそっと扉を押し開くと、俯いたまま唸るように呟く。


「観光なら好きにするといい。僕は……悪いが付き合えない」


「……レイ?」


 私が声を掛けると、レイは踵を返して去って行ってしまった。

 一体どうしたと言うのだろう。

 思わず漏らした溜息に、エストが苦笑する。


「痴話喧嘩か?」


「冗談はよして。彼はなにを考えてるの?」


「儂ゃ知らん」


 ふふんと楽し気に鼻を鳴らして、少年は部屋を出て行った。




 3日が過ぎるのなんて、あっという間だと実感した。

 明日のお昼頃にはお兄様が迎えにくる手筈になっている。


 結局、レイは私を避けるように毎日朝になるとどこかへ姿をくらまして、全く顔を合わせないまま時間だけが過ぎていた。


 2日間、精力的に動き回ったせいで体中が筋肉痛なのだけど、ロッジに戻る前に北の岬へ立ち寄ることにした。立ち寄ると言うには随分大回りだけど。

 出発前に、綺麗なお花畑を見ておきたかったし、ひとりで考えたいとも思った。散歩と呼ぶには距離があるものの、今の私にはそれもありがたい。


 昨日と今日、私は精霊たちを引き連れて、行ったことのなかった南の平地や、神殿の建設候補地を見て回っていた。

 それに港になるかもしれない東の浜辺を加えた、要所を結ぶ道なき道の確認も。


 建設を急ぐなら、携わる人数も増えるだろうし、食と住は確保しなくてはいけない。

 それに、衛生面にももっと気を遣わないと。


 いまは私とレイしかトイレを必要としていないから、恥を忍んで木陰で済ませている。

 ほんとに、誰にも言いたくないけれど。

 でも、たくさんの人がここで生活を始めて、みんなが適当に排泄するとしたら。そんなの考えるだけでおぞましい。


 山が自然に水をろ過する工程を模した装置の構築をゲノーマスに、生活排水がその工程を通って川に合流するという、一連の水路の構築をウティーネに頼んでおく。

 寝所や食堂の建築、拠点と拠点を結ぶ道の整備なども。


 ただどちらも、着手は待ってもらっている。

 この島にとって、私がやろうとしていることは本当に必要なんだろうか。そんな根本的な部分で、私はいまいち決断ができずにいるから。



 岬の先端から、ただ見るともなしに眺める王城は、記憶にあるそれよりもほんの少し小さい。

 あの城から見るキャロモンテの国は、民の姿は、どんなに美しいだろう、ってずっと思っていた。

 でも、この岬から見るほうが、きっとずっと綺麗だ。


 刑期を終えたら、家に帰って、冤罪を明らかにして、神殿を建てて、そして……。

 島の布教をしながら、日常に戻るんだと思ってた。

 レイが……巫覡がちゃんといるから、民に信仰が戻れば、私はきっと巫女である必要もなくなると。


 フィルとの婚約が破棄されたのも、冤罪さえ実証できれば大きな瑕疵にはならないだろうし、適当な婚約者をお父様が見繕ってくれるはず。


 そうして、どこかの誰かの家を守りながら生きるんだと、そう思ってた。でも。


「あ。大変。もう暗くなってきてる」


 脳裏に浮かんだ、ローブを纏う誰かの姿を振り払うように、独り言を口にした。

 誰もいないのに、胡麻化すみたいに。


 見上げれば少しずつ空が紫色になって、高い高い位置にはうっすらと星が煌めくのすら確認ができる。

 ちょっと物思いに耽りすぎたようだ。早く戻らなくては心配させてしまう。




 暗闇に光る目。

 空が薄暗くなるなら、森の中は真っ暗だとどうして忘れていたんだろう。レイや精霊にいつも守られていて、警戒することすら忘れてしまってた。

 帰路を急いで獣の痕跡や気配にすら気を配らないだなんて。


 けれども、後悔というのはいつだって先には立たない。


 狼だ。

 こちらの様子を伺う目は、いくつもあった。群れで囲んでいる。


 誰か呼ばなくては。

 わかってる。

 だけど、声を出すより先に喉に食らいつくのではないかしら。

 些細な隙を見逃さないはずだ。


 心で呼べばいいのではないかしら。でも頭の中はぐちゃぐちゃで誰かを呼ぶことに集中できない。やったことないし。


 正面の双眸は、すぐ近くにまでにじり寄って来ている。

 じりじりと後ずさるけれど、後ろにもいるかもしれない。確認ができない。


 誰か……。誰か。


「レイ! 助け──ッ!」



 私が声をあげるのと同時に、やはり目の前の双眸は太くたくましい前脚で土を蹴る。

 一瞬だ。

 彼が動いたと見るや、目の前に迫る鋭い目と牙。思わず目を閉じると、生暖かい息を首元に感じ……。


夜の山歩きは危険ですね!

いきなり喉に食らいついてくる一撃必殺系狼カッコイイ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アジア風ファンタズィーもよろしくおねがいしまーす!
i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ