第34話 朗報?です ★
2019/09/25:いただいたFA貼りましたー( ゜∀゜)
「な、なんだよ今の……」
痛みや衝撃に襲われることなく、憮然とした様子の男の声が聞こえてきたところで、恐る恐る目を開ける。
管理官は手元を不思議そうに見ながら、水ノコのスイッチをカチカチと動かしているけれど、水の刃が出てくる様子はない。
たまに私のほうをチラっと見てから、また水ノコいじりに戻る。
その刃物が壊れたのは、レイの仕業か、精霊たちの仕事か。
凶器が壊れただけじゃないわね。彼の手は私に触れもしなかったのだから、結界のようなものもあったに違いない。
つまり、レイも精霊もみんないい仕事をしてくれた、ということでしょう。
「あの」
「これが壊れたんじゃ、皮を剥ぐのも一苦労だな……。ああそうだ、別の方法と言ったか? お前が宣言の証人になればいいじゃないか」
これぞ名案といった様子でこちらに視線を向けたけれど、王国民としての権利を剥奪されてるような状況で、証人になれるなんて都合が良すぎないかしら。
まぁ、きっと財政部に問い合わせて却下されるのでしょうけど。
「その必要はない。その宣言は無効だ」
私が首を傾げていると、管理官の向こう側からまた別の声が聞こえた。
懐かしい声だわ。決してイケボの類ではないけど、人を落ち着かせる声。
さっき見つけた船影は、これだったのね。
「バウド書記官!?」
「お兄様」
書記官とは、宰相、丞相の秘書的な立場のことで場合によっては宰相や丞相の代理としての権利を持つこともある。
つまり、下級管理官から見るともう雲の上も上ということだわ。
兄、ラニエロは順調に出世を重ねて、右丞相の書記官の職を拝命したのはもう2年も前のことで、さすがにこの管理官も兄のことは知っていたみたいね。
一歩前に出て管理官の横に並ぶと、懐かしいお兄様の顔が見えて自然と笑顔になってしまう。
お兄様の横には、財政部の管理官と同じ制服を着た男性が一人。
但し、首元を飾るクラバットの色が違う。財政部は山吹色、そしてこの男性の纏う紫は、法規部だ。
「や、やぁ。アニー嬢、久しぶりだね」
ラニエロと法規部の管理官の後ろから、右丞相であるピッポ伯が汗を拭きながら、ペンギンのような足取りでやって来るのも見える。
「ご無沙汰しておりますわ、ピッポ伯爵」
「う、右丞相まで……」
私がピッポ伯へカーテシーをする横で、管理官は一歩遅れて礼をとる。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、というのはきっとこういう表情のことを言うのだろう。
管理官は状況を理解できないまま、口をぱくぱくさせている。
鳩というよりは鯉だ。
「つい先ほど、アナトーリア・バウドの無罪が確定した。冤罪であったことが証明されたのだ」
「な──ッ」
「本当ですの、お兄様?」
お兄様の言葉に、鳩、いや鯉は最早口を閉じることも忘れて、これ以上ないくらいに目を真ん丸にしている。
「ああ、本当だとも」
「よって、先に発布された『エスピリディオン島および周辺海域の所有権に係る宣言』は無効。
国有地であったエスピリディオン島は、50年を越える期間において王国管理から外れており、
その後最初に侵入し、また、生活を営むアナトーリア・バウドに、その所有権が移譲される」
紫のクラバットを巻く管理官は、顔色も表情も変えずただ淡々と手元の書面を読み上げた。
その後を引き取るように、お兄様が財政部管理官へ声を掛ける。
「財政大臣のアルトー伯は、どうやら本件の余波で大臣の座をおりるかもしれない。君も早く帰ったほうがいいんじゃないか?」
「……」
短くない沈黙と、財政部管理官の目の動きは、彼の脳内でいろいろな情報が処理されていく様子を、わかりやすく私たちに教えてくれる。
「し、失礼します!」
最後に小さく口を開けた彼は、ぴょこんと体を跳ねさせてから、大きく一礼して、小走りで船へと戻って行った。
まるで、頭上にエクスクラメーションマークが飛び出たかのように見えて、笑いを堪えるのが大変だ。
「ね、ねぇ、ボクここに来た意味あるかな?」
ちょこちょこと小さな歩幅でピッポ伯がたどり着いた時には、もうほとんどのコトが終わっており、残念そうに眉を下げる。
本当はもう少しかっこつけたかったんだと思う。
「お久しぶりにお会いできて嬉しかったですわ。わざわざお越しいただき、感謝いたします」
「右丞相がいらっしゃったからこそ、財政部も慌てて帰ったのですよ」
「そ、そうかな……へへ」
お兄様と私でピッポ伯に謝辞を伝えると、まんざらでもなさそうに笑い、「先に戻ってるよ」と、またヨチヨチと船へと向かった。
法規部の管理官もまた、一礼してからその後を追うようにして去って行く。
兄妹の久しぶりの対面に気を遣ってくれたのかもしれない。
「よし、まずはそれを外そうか」
お兄様は、私の右腕に巻き付く忌々しい受刑者タグを指差した。
どうやら魔導部から鍵を預かって来ているらしい。
腕を差し出すと、胸ポケットから取り出した小さなコイン状のものを、受刑者タグの溝に差し入れて、カチャリと音をたてながら外してくれた。
タグ自体は大した重さじゃないはずなのに、全身が身軽になったような気がして、思わず飛び跳ねそうになる。
「ありがとう、お兄様!」
「アニー! ああ、良かった。元気そうで。大丈夫か、怪我はしてないか? 少し痩せたんじゃないか」
突然お兄様に全力で抱き締められ、肺から空気がぜんぶ抜けていく。
力が強すぎる。
「おに、お兄様、死ぬ」
背中にまわした手を全力でバシバシと叩いて身の危険をお知らせすると、どうにか体を離してもらえた。
「すまん。さぁ帰ろうアニー。みんな待ってる」
「あ……」
そうだ、あまりにも一瞬のことでまだ実感が湧かないけれど、アナトーリア・バウドがこの島に居続ける理由が、なくなってしまった。
我に返って周囲を見渡すと、精霊たちが私の後ろに並んでこちらを見ていた。
みんな、私の返答をただ待っているように見える。
レイは……?
匿名希望さまからイラストいただきました!
最後の一文、下書きだと「レイはどこっ?」みたいな半分テンパってる感じのこと書いてあったけど、お前が隠れてろって言ったんだろうって、すごい真顔になりました。
ピッポ伯は可愛い