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第31話 お散歩です


 みんなの憩いの場、ロッジのダイニングルームで、テーブルの上には地図が広がっている。

 ずいぶんと古いこの島の地図は、そこに記された文字を読むことも難しい。


 それでも、私が最初に島に降り立った浜辺、ロッジや、それに川や湖、そういった目印になりそうなものに、ひとつずつエストが駒を置いてくれたので位置関係はよくわかった。


 地図を囲みながら進められた神殿の建設候補地探しは、エストとゲノーマスの意見を参考に、島の中心に位置する傾斜の少ない土地ということで解決した。


 その候補地は、この小屋からほど近い場所にある。私が初めてみんなに出会った湖より少しだけ西側にあるのだけど、湖や草原のおかげで視界を遮る木々が少なく、見晴らしがとてもいいのだそう。


 南の方には開けた平地がある。

 そこは東の浜辺からも行き来がしやすくて、また、ほんの少し迂回することにはなるものの、緩やかな傾斜のまま湖の草原に出るルートもある。


 例えばその平地を、建設に関わる人々のベースキャンプにすれば、資材の搬出入が容易な上に、日々出来上がっていく神殿を臨むこともできるのではということだった。


 神殿作りは、別に権威を誇りたいわけじゃないけれど、神や精霊の存在を意識させるのが目的なんだから、周囲からはよく見えたほうがいい。


 だから島の中心を候補地とするのは、これ以上ないくらいベストだと思う。


 問題はどうやって建てるか。

 今、私たちがいるような小さなロッジを作るのとはわけが違う。規模も資材も目的も違うんだ。専門家に頼らざるを得ないだろうと思うのだけど……。


 それをするには、私の刑期が終わるのを待たないといけない。

 でもさすがにそれは後手に回りすぎる気がする。精霊たちの力が弱くなって、火山の活動を抑えられなくなったら一巻の終わりなのに。


「はぁぁぁ……」


「なんじゃ、疲れたのか? いちばんの若造が。外の空気でも吸ってくるといい」


「確かに一番若いかもしれないけど……」


 幼い少年に若造と言われても素直に頷きづらいものがあるわ。


 とはいえ、私はエストの言葉に甘え、中座して散歩に行くことにした。

 あまり考えないようにしていたけれど、やはりストレスは大きいのかもしれない。


 人々に祈りを取り戻す──。

 言葉にしてしまえば簡単だけど、人の信仰心なんて余程のことがなければ動かない。

 なのに、外の世界で動けるのは私だけだという事実は、思った以上に心にのしかかっていた。




 初めてエストたちに出会った湖にやって来た。

 本当は北側のお花畑に行きたかったけど、少し遠くて一人の散歩には向かない。

 対してここは、ロッジと目と鼻の先にあるのだ。


 レイモンドが眠っていた祠の周りには、今も色とりどりの花が咲き誇っている。

 精霊たちの、レイモンドへの気持ちが表れてるなと思う。


 実際に神や精霊に触れて知ったのは、みんな人間臭い心を持っているということだ。


 もちろん人間が作り上げた常識は通用しないことのほうが多いけれど、他者を想う気持ちや、自分の欲望やエゴ、そういうのはほとんど人間と変わらない。


 だから楽しいし、彼らを失いたくない。

 だから、私がどうにかしないといけない。


「早く帰りたいなぁ……」


 呟いて、ごろりと寝転ぶ。

 早く帰って、必要な人や物を揃えたい。これから先、数百年ずっと祈りが集まるような神殿を作るために。


 ガサリと音がして周囲を見回すと、ウティーネとゲノーマスがやって来た。

 なんだか楽しげな顔をしている。ウサギと狼の表情がわかるようになったのは、特技と言っていいのかしら。自慢にはならない気がするけれど。


『あらー。やっぱりここにいたのねー』


「あれ。みんな休憩?」


『リアが出て行っテから、レイも休憩スルって出て行っタノデ、お開きデスネ』


 上体を起こすと、ゲノーマスがすかさず私の背後に寝そべった。

 これは、ゲノーマスに体を完全に預けてしまっても問題ないという合図で、特別ふかふかな背もたれになってくれるのだ。


 触れば指が隠れてしまうような立派な毛並みに体を預けると、ポカポカと温かい体温が伝わって優しい気持ちになれる。

 ウサギは私とゲノーマスの両方にくっつくような位置で丸くなった。


『ねぇー、リアちゃん、イフちゃんとなんかあったでしょー』


「え。な、なにが?」


 楽しげだったのはコレか!

 イフライネがいつものツンデレ猫をやめて、色っぽい空気を醸したあの夜から、私はイフライネと上手に接することができなくなっていた。


 ただの冗談で、ただただ私をからかっただけなんだと思い込もうとしたのに、翌朝のイフライネが私を避けるからもう取り返しがつかない。


 私もまた彼をなんとなく意識してしまって、悪循環にも思えるのだけど……。


『もう10日くらい前になるかしらー、イフちゃんってば頭抱えてごろごろ転がってるんですものー』


『ワタシもウティも、察しマシタね』


「……私には察せないけど」


 察せない。そう、察せません。

 この話はやめましょう、私はノーコメントです。


 そんな空気を存分に放出しながら遠くを見たつもりだったけれど、大小のモフモフは追撃をやめない。


『イフちゃんはこれ初恋だものー。どうしていいのかわからないのよー』


「え」


『多分だけどねー? まさかお母さんが欲しいわけないわよねー』


 初恋?

 男女のアレやコレやといった、なんらかの感情を抱いているらしいことは、あの夜に伝わったけど、もう少し爛れたものかと思ってた。


 もしかして、ピュアな気持ちだった?

 人間と精霊で間違いなんて起きようがないと思ったから、接しづらくても危機感はなかった。

 でも純粋な感情だと言うなら、危機感だとかそんな下世話な話じゃなくて……。


「待って待って、精霊が人間に恋をすることって普通なの? 成就しないでしょう?」


『精霊だって恋はするわよー。エストちゃんなんて、他人の()()を観察するの大好きなんだからー』


 ウティが後ろ足で立ち上がって、手をふりふりと大きく上げる。

 同時に長い耳もピコピコと左右に小刻みに揺れた。


『成就はスルともシナイとも言えマスね。いろんな形がアリますカラ』


「ゲノーマス……?」


 黒い狼の独り言のような呟きは、ほんの少しの溜息も混じって風に消える。


はつはつはつはつ初恋ですってぇぇえええ???あんなことしていながらぁぁぁああ??

その真偽はご想像にお任せしますが……。

次回、精霊の恋バナ。おたのしみにー(?

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