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第3話 死にたくないのです

そしてまた推敲をおろそかにし始めた伊賀海栗。

もうどうにでもな~れッ*゜゜・*+。


 物心ついたときから、第一王子の婚約者という立場に全ての時間を注いで生きてきた。


 未来の王妃として必要な全ての教育を受けた。

 中でも私が最も身に着けることに意識を向けたのは、ダンスや護身術みたいな体を動かすものでも、歴史や経済のような頭を動かすものでもない。


 王妃としての姿勢。

 情報の取捨選択、表情の操作、言葉選び、考え方の基礎、そして矜持……。


 民を守るのは王妃の務めであり、私はそれができることを誇らしく思ったのだったわ。

 もう王妃になる未来はないけれど。 



「ねぇ泥棒さん。ここで私は船を降ります。あなたはしっかり見送ってくれた。だから胸を張ってお帰りになってください」


 島で1年暮らさなければならない私と違い、「送り届ける」だけの彼なら、律儀に島まで行く必要はないのではないかしら。


 ……と、澄ました顔で言いたいことだけ伝えたはいいけれど、その実、頭の中はパニックだ。

 感情では納得している。しているのだけど、覚悟が追い付いていないうちに伝えてしまった。


 もしかして、彼が頷いたらすぐにも船から降りなきゃダメかしら?

 早まった! もっとしっかり覚悟を決めてから言うべきだったんだわ。


 だから考えるより先に口を開くべきじゃないと、教育係のデジにも度々叱られていたのに。

 これでは王妃なんて絶対無理だったわね。婚約破棄されて良かった、よくないけど。


 ああどうしましょう。ドレスを脱げば溺れずに島までいけるかしら?


 いいえ、あの荒れ具合を見て、生きて島まで泳げると思うのは馬鹿だわ。

 あっという間に死んで、きっと全裸で国へ帰還することになるのよ。

 そうね、それは良くない。ええ、脱ぐのは得策じゃないわ。


「あのなぁ。俺は泥棒だぜ? 人殺しじゃねぇ、バカにすんなよ」


 内なる私が、ああでもないこうでもないと生き残る術について激論を繰り広げていると、怒りを隠そうともしない言葉が飛んできた。


 どうやら、私の提案は彼を怒らせてしまったみたい。

 すぐにも船を降りなければならないという危機的状況を脱して、密かにほっとしつつも、重ねて泥棒を諭す。


「馬鹿にしてません。貴族は、民のためにあるものだからよ。それに、あなたは帰ればいつもの日常が待って……」


「ここで、置いてったら、必ず、あんたは、死ぬ。それで帰ったって俺の生活ぁ元には戻んねぇよ」


 泥棒は、踊り狂う海面を指差し、一言ひとことをハッキリと発音した。

 なるほど、こういうのを無鉄砲と言うのだったかしら。いえ、無鉄砲は私のほうだったかしら。


 だが確かに、罪悪感に彼がもし苛まれるならば、今後の人生は暗いものになるかもしれない。


 私は腕を組んでしばらく考え、本人が夢見が悪いというなら無理強いするわけにはいかないと結論づけた。

 自分の人生設計において、見知らぬ男性と心中することになるとはあまり考えていなかったけど。


「ま、でもアンタの気持ちはありがたく受け取っとく。世の中には、俺の知らねぇ種類の貴族もいるんだな」


 ニヤリと笑った彼の目には、ほんのり温もりが点ったように見え、私は「民のための貴族であれ」と口癖のように言うお父様を思い出した。


「では、二人で生きて島へたどり着きましょう」


「ハッ。そんならもう精霊頼み、神頼みするしかねぇけどな」


 彼はまるで冗談みたいに精霊頼みと言ったけど、私は本気で祈るつもりだった。


 幼い頃から両親に繰り返し言い聞かせられた精霊への祈り。


 魔科学の発達した現代で、もはや誰も精霊を信じてなんていないけれど。

 お母様に、お父様に、聞かせてもらった精霊たちの話はとてもキラキラしていて、私は大好きだった。


 彼らはいつだって祈りに応えてくれる、そう聞いた。

 だから私はいつだって彼らへの祈りを忘れたことなんてなかった。


 改めて私たち二人が見据えた先には、人が立ち入る隙などなさそうな自然の大乱舞。

 あの荒波、あの暴風。

 水のウティーネにも、風のシルファムにも祈らなければならないだろう。




 船が、目に見える暴風域へと侵入したとき、一際、波が大きくなる。


 波に持ち上げられて跳ねるように傾いた船を、竜巻みたいにひどい大風が殴るように襲ってくる。

 私たちの体は船の端に打ち付けられ、船はかろうじて転覆を免れる。


 島にほんの少し近づく毎にその傾きが、その風が大きくなって、私たちはどこかに掴まっていることもできず、ただ船の中を転がされた。


 高いところで割れた波の破片が、まるで雨のように降り落ちてくる。


 ひっくり返るのが先か、沈むのが先か、放り出されるのが先か、それだけの違いだけで、死という結果から逃れる術はないように思える。


「あなた、も。祈っ……て!」


 何度も縁に強く叩きつけられた私は、息をするのも困難に感じるほどにボロボロだった。

 ぼやけ始めた視界の隅で、男もお腹を押さえながら呻いている。


 そして……。


 新たに目の前に現れた波は、入道雲のように高く高く立ち上がっている。今にも船に覆いかぶさろうとして。


 これはやばい!

 もう無理、本当にお願い。私たちは死にたくない!

 どうにか両の手を握り合わせ、叫ぶように精霊の名を呼ぶ。


「ウティーネ! シルファム! 助けてっ!!」


 目をぎゅっとつぶって、叩きつけてくる波の痛み、その後に訪れるであろう苦しい海水浴を覚悟した。

 


 本当は、クラスメイトの多くのご令嬢たちのように、素敵な殿方の一挙手一投足に一喜一憂する生活にも、ほんの少し憧れてた。


 体型の心配をしながら美味しいケーキを毎日たくさん食べたかった。

 みんなと一緒にお忍びで市井に出かけたりしたかった。

 本当は恋というものをしてみたかった!


 些細なことにキャッキャと笑って、素敵な殿方と目が合っただけで「彼は私に気があるのよ」とまんざらでもない顔でお友達に報告して。


 あぁ、もっと自由に生きればよかった……。


本心で始まり本音で終わる第3話。

さてツミビトふたりの運命やいかに。

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