第29話 お説教です
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さて、お花畑から戻った二人を待っていたものは……。
見るからに怒っている。
目の前で、椅子に浅く腰かけ、長い足をテーブルに載せている若い男は、10人が見れば10人とも「怒っている」と感じるだろう。
心なしか、部屋のどこかから焦げた匂いが漂ってきたような気さえする。
男が乗せた足の向こう側では、テーブルに頬杖をついたエストがニコニコと事の成り行きを見守っている。
『狩りに行って来たらしいな?』
「は、はい」
男の威圧感に、なぜか敬語になる私。
言葉だけじゃない、雰囲気に呑まれて座ることもできず、ただ直立不動で男の次の言葉を待つ。
『なんで俺を呼ばなかった? ずいぶんと危険な目にも遭ったらしいじゃねぇか』
「えと、ち、近くにいらっしゃらなく……」
『呼べばすぐ来るの知ってるよな?』
にこにこ笑う少年と目が合って、助けてよと目配せしたつもりが、彼は七色の瞳をさらに細めるだけだった。
手のひらで支えられている少年の頬がムニっと手から溢れている。こんな状況でなければ、是非その頬を摘まませてもらうのに。
また、危険な目を報告したであろうエナガは、食器棚の陰からこっそりこちらを見ていた。
頭の羽毛の先がふるふると揺れている様は、震えているようにも見える。彼女は彼女で叱られたのだろうか。
「あぅ……」
感情的になっている相手を刺激するべきではないのだけれど、本音を言えば、なんでこんなに怒られているのか、さっぱりわからない。
私の不安、ないし困惑が伝わったのか、男は感情的に声を荒げ、そして言い訳でもするように小さく言葉を付け足す。
『お前に、いやお前らに何かあったら困んだろうが! 俺たちが消えちまうかもしんねぇだろ』
「ご、ごめんなさい」
私たち巫覡に何かあったら精霊が消えてしまう。そう言われたら返す言葉もなく、素直な謝罪一択だ。
しかしそっぽを向いてしまったイフライネは、真っ直ぐに口を引き結んでいて、未だ怒りを燻らせている。
このままでは長期戦になりそうだが、どうしたものか。
「それくらいで許してくれないだろうか」
笑いを堪えるように許しを請うたのは、レイモンドだ。わかりやすく肩を震わせながら笑うのを耐えている。
そういえばエストもずっと笑っているのだが、この状況に面白い要素はあるんだろうか?
『レイ、大体お前が……』
「リアの狩りには絶対僕もついて行くし、君も一緒だ。それでいいだろう?」
『! ……ゲ、ゲノでもいいけど。でもお前らだけで行くな』
「ああ、約束する」
落ち着いたレイの言葉に、少しずつ怒りをおさめていったイフライネは、テーブルから足を下して小さく息を漏らした。
端正な顔立ちで、大きな瞳はやっぱり少し軟派な印象を与えるけど、赤みが差した髪と頬はとても情熱的だと思う。
「イフライネは本当にわかりやすいのう」
『うっせぇよ』
いつの間にかピスキーに準備させた琥珀色の飲み物を煽ったエストが、イフライネに満面の笑みを向ける。
レイは私に座るようジェスチャーで促して、自らも席についた。
巫覡に何かあって困るのは精霊だ。イフライネの言い分は最もだと思う。
しかし、引率する精霊がイフライネやゲノーマスであるべき理由はあるのだろうか。
「シルファムが一緒にいてくれたけど、それでは駄目だった?」
「リア……!」
「はーっはっはっはっは! 駄目じゃろうなぁ、のうイフライネ。本来ならゲノーマスだって本意じゃなかろう」
『……もう、お前は狩り行くな。俺らに食いたいもんオーダーしとけ阿呆』
大きく溜息を吐いたイフライネは、また少しご機嫌ナナメになったようだ。
まず間違いなく、私が地雷を踏んでしまったのだろうけれど、エストとレイの笑いはさらに深くなった。
あまりにも、私以外のみんなの会話が理解できなくて混乱する。
『イフは連れて行ってもらえなくて拗ねてるだけなの! もう放っとこうよ、リア』
いつの間に食器棚の陰から出てきたのか、ふわふわのエナガが全員の目の前をくるりと小さく一周して、私の肩にとまった。
あまりにも小さいその体はほとんど体重を感じさせなかったが、横目に見たその姿はどんと胸を張って、顎……いやクチバシを上に向け、いかにも偉そうにしている。
そのシルファムの様子に私もイフライネも目を丸くする。
私が島に来てからこの三週間、私の体で羽を休めたことなどもちろんないし、そもそも、ほとんどまともに口もきいてくれなかったのに。
『おま、なんなんだよ。 昨日までレイにベッタリだっただろうが』
『昨日までは昨日まで。これからはこれから。ねー、リア』
「え? ……えっ?」
答える間もなく、あっという間に精霊同士の喧嘩が始まってしまい、広くないダイニングで文字通り燃え上がるようなバトルとなった。
エストの結界のおかげか、すぐそばで勃発している熾烈な争いの影響は私たちにも、小屋の壁ひとつに至るまで全くなく、ある種テーマパークのイリュージョンショーでも見ているような気分だ。
「あの子たちは何を争ってるの……?」
「多分、君の関心、じゃないだろうか」
いつの間に提供されたのか、レイもまた琥珀色の液体の入ったグラスを傾けながら苦笑する。
関心とはまた解釈の難しい言葉だ。
私は精霊に対して関心しかない。だが、ここで言う「関心」は私の思うそれとは違うのだろう。
「えと、私は母親みたいな、ポジション?」
私の言葉を受けて、一瞬顔を見合わせたエストとレイが、ほとんど同時に噴き出して、お腹を抱えながら笑う。
言い方を間違えただろうか。
どうしてもエナガや猫のイメージが強いものだから、飼い主と表現しそうになって、寸でのところで改めたのだけど。
「それ、イフに言ってはいけないよ」
「いや、言うべきじゃ。もっと面白くなるじゃろうが」
お腹を捩らせ、息も絶え絶えの二人に、私は一層首を傾げるしかなかった。
イフライネのマザコン疑惑(違
人型のイフの瞳はやっぱり猫目なのかなぁ、どうしようかなぁ。
でもイフを猫目にしたら、シルちゃんの目がめっちゃ黒目しかなくなることになりそうだしホラーだからやめよう(真顔




