第26話 練習です ★
んー!
誤字報告もありがとうございます!
助けられておりますハイ。
2019/09/25:いただいたFA貼りましたー( ゜∀゜)
『まじでお前もう諦めろってー!!!』
イフライネが今日何度目かの盛大な溜息をついて、粗削りな鉛筆のような形をした矢を無造作に放り投げてきた。
怒れる朱い猫は、本来の的となるべき空き樽よりも5メートル以上離れた場所にいるのだけど、なぜか先ほどから、私の射出する矢はイフライネへ向かうのだ。
避けてばかりだったイフライネも、もう慣れたのか真っ直ぐ自分に飛んできた矢を、動じることなく白羽取りしてみせた。すごい。
「あっれー?」
『あっれーじゃねぇよ! お前俺に恨みでもあんのか!』
「命を狙うほどではないけど、まぁ」
今、私は特別に作ってもらったクロスボウの練習をしている。
ただ的に向けて放つだけなら、弓よりもずっと扱いが易しいと用意してもらったのだけど……。
1日につき1、2時間の弓練習を始めて、半月ほどになる。
もうかれこれ30時間近くを費やしているのに、私は一向に弓をまともに放てないまま。
そもそも、最初に用意してもらった弓は、必要水準まで引くことすらできなかったのだ。
なんなの、なんであんなに硬いの?
必死になって引いても、腹筋で引くなとか握りが固いとか肩の位置がおかしいとか、とにかく筋力が足りてないらしい。
練習用に新たに作ってもらった小さめのオモチャみたいな弓は、どうにか引くことができたけれど、矢をつがえてから目標に向かって放つまでの過程でいくつも間違いを犯すらしく、必ず右に飛んでいく。
殺傷能力の低い弓では、獣を怒らせるだけで狩りには向かない。
オモチャの弓で基礎を作っても、狩りに適した弓に持ち替えればまた相応の訓練が必要だ。
と、ここまで考えたエストや精霊たちは、長い長い道のりを思って溜息をつき、そしてクロスボウを用意した。
弦を引くのは、足に引っかけながら全身の力を使う必要があるし、連射ももちろんできない。
それでも、あとは狙いを定めて撃つだけだからとオススメしてくれたのだ。
まさかそれだけのことも上手にできないなんて、私自身も思わなかったけれど。
「リアに武器の才能はないようじゃな!」
弓に続き、クロスボウの指導をしてくれるエストは、私の背後で地面にごろごろ寝転がりながら笑う。
『だから大人しく俺やゲノに狩らせろよ。弓使って狩るのと、俺らを使って狩るのの何が違うんだよ』
「あなたたちは道具じゃないじゃない……」
『──ッ』
精霊に頼むにしても、命を頂くことを直接理解したいのに、イマイチ伝わらないみたい。
イフライネもついに呆れたのか、どこかへ行ってしまったし、エストは後ろでピスキーたちと一緒にひたすら笑い転げている。
なんだか馬鹿にされている気分だわ……。
「イフライネの様子がおかしかったけど、何かあったのかな?」
ウォルナットで作られた、持ち主の身長にも届きそうなほど長い杖を片手に、レイモンドがやって来た。
艶のあるチョコレート色の杖は、細部に豪奢な彫細工が施され、頭部には大きなクリスタルが据えられている。
確か、属性のないクリスタルに、精霊たちが祝福をしたと聞いたけれど、確かにエストの瞳のように虹色に光ってとても綺麗。
杖のことは、体力が戻るまでの歩行補助だと笑っていたけど、そんな代物じゃないことは私にもわかる。
もう後がないこの島を、少しでも長く保つための秘密があるのだと思う。
「いつまでも上達しない私に、呆れてしまったみたい」
「呆れてたようには見えなかったけど……。そうだ、僕は運動ついでに鴨とウサギを狩って来たよ」
レイはすでに血抜きを終えたふたつの「食材」をピスキーに預ける。どこかからウティーネの悲鳴が聞こえた気がするけど、きっと気のせいよね。
ウサギは熟成に数日は冷やしておく必要があるらしいと先日聞いたばかり。だから今夜の食事は鴨になるだろう。
魚だけでは栄養が偏るからと、レイが獲ってきたお肉は私にも振舞われる。
そのたびに、申し訳ない気持ちが大きくなってしまうのだ。
一瞬表情に陰りが差したのに気づいたのか、エストが口を開いた。
「そんなに自分で狩りたいなら、そろそろレイモンドと一緒に狩りに出たらどうじゃ」
『だめ! リアは弓もできないのに、なんでレイについて来るのよ!』
エストの提案に、間髪入れずに待ったをかけたのはシルファムだった。
レイのフードの上から飛び立って、エストの顔の前でホバリングする。
それに対して、より一層お腹を抱えて笑い出すエストは、きっと人生(神生?)楽しいだろうなぁと思う。
「なにも、自分の手で狩ることだけが命を知る術じゃないさ。そうだね、どっちみち一人で狩りに行かせるつもりはなかったし、明日にでも一緒に行こう」
レイはいつものように目深にフードを被っていて、表情の全てはわからないけど、口元は大きく弧を描いているし、声音はとても優しい。
そして、彼の大きな手は私の頭の上にそっと乗せられて、わしゃわしゃと二度三度、撫でられた。
ああ、この人は、ひと月も経たないうちに大きくなった。そう思った。
毎日運動して、よく食べて、その手は初めて見たときよりもゴツゴツしているように思う。
今はもう、魔法補助がなくても歩き回れる程度に筋肉もついているのだ。
きっと、あと数か月もすれば逞しい体付きになるだろう。
……ッ!
私は一体何を考えているのかしら。
はしたない。はしたないわ。
思わず、プイと顔を背けて、早くその場から逃げ出したくてロッジへと小走りに戻る。
その背中を、エストの笑い声が追いかけて来た。
匿名希望さまからイラストいただきました!
アナトーリアがいかにひょろ弱の箱入り令嬢かよくわかりますね!
もしかして運動センスないのでは疑惑も出てきそうですが、そこはノーコメントでいきましょう。