第24話 失礼な男です
ブクマやら評価やらありがとうございます。
レイおじいちゃん(?)の目覚めは喜びも戸惑いも生むのです
それから私たちはたくさんの話をした。
エストからの依頼、「新たな活路」について。
やはり一度は狩りをしたいと思っていることについて。
寝起きのレイが本調子ではないらしいこと、など。
まず、新たな活路については、神のお社を象徴的に建てたらどうか、と提案すると、二つ返事で了承が得られた。
信仰が失われた今、言って聞かせるだけではきっともうどうにもならないのだ。
レイの眠っていた祠でも良いのではないかしら、と言ったのだけど、せっかくならと小さな石造りの神殿を建設することに。
ただ建てるだけなら、ゲノーマスとピスキーだけでも可能だろうけれど、人間の手が必要になるのではないか、とエストが狼に問う。
ゲノーマスは、目を伏せて小さな声で『多分そうナルでしょうネ』と言った。
この世界に、少なくともキャロモンテ王国とその周辺地域に、神殿らしい神殿はない。
昔の人々は島そのものを信仰対象として生きていたからだ。
無かったものをイメージすることはできない。
人間が心を動かされる意匠は? そもそも神殿とは?
それに、どんなに適当な建て方をしても、精霊の作ったものなら崩れることはないけれど、建築家の意見も多少は聞きたい、と。
精霊がいなくなったときにも、ちゃんと残るように。
できれば、1年が経過して私が国に戻ることが叶ったら、すぐにでも新しい神殿を人々に紹介したいと思っていた。
島での不思議な体験談とともに。
でも人間の手が必要ということなら、また方法を考えないといけないわね。私だって、日本の神社とか、パルテノン神殿の正面イメージしか思い浮かばないもの。
この件については、私がもう少し島での生活に慣れてから、改めて検討することで一旦は落ち着いた。
他にも名案を思い付くかもしれないからと。
狩りについては、まずはエストが弓の扱い方を、そしてレイが鈍った体を鍛えるついでに実際の狩りを、教えてくれることになった。
神によって眠ったまま100年生かされた体は、大袈裟に言えば、呼吸するとか瞬きをするとかそんな最低限の筋肉があるだけで、風や地の精霊魔法の助けなしには、自由に歩くこともままならない。
しばらくは、自分の力だけで動くための基礎体力作りに始まり、動けるようになったら一緒に狩りに行くのだ。
私は自室の窓から夜空を見上げた。
真っ暗な島では、夜の空は宝石箱をひっくり返したみたいに星がキラキラと瞬く。
都会では見ることのかなわない光景に、毎夜、心を奪われてしまう。
東京にはなかった空。王国では見ようとも思わなかった空。
エストは何も言わなかったけど、レイがこんなにも早く目覚めてしまうのは、きっと誤算だっただろう。
これから、レイの心に刻み込まれた古きカルディアの民の信仰は、少しずつ思い出に変わっていく。
神が、精霊たちが力を失ったらどうなるのか。
島の噴火はどれほどの影響があるだろう?
民はどうなるだろう。島の動植物は? レイは?
『お前も眠れないのか』
若い男性の声に振り返ると、いつの間に来たのか朱い猫がちょこんと座って私を見上げていた。
「おまえも?」
『レイは、全然寝られねぇらしい。また100年寝ちまったらどうしようとか、いきなりデカくなってる体に慣れないとか、他にもいろいろ』
「そう……」
レイは100年の間、ずっと情報だけは得ていたせいか、見た目の年齢相応かそれ以上の落ち着きを感じる。
けれど本当は10歳の少年なのだ。目の前のテーブルやグラスを繰り返し触って感触を楽しんだりする様は、生まれたての子供がこれからいろいろなモノゴトを学んでいくようにも見えた。
『いまエストが酒飲ませてるよ』
「え。それ大丈夫なの?」
『さぁ。見てみれば? 様子』
一体どうやったのか、イフライネの背後にある私室の扉が、ひとりでに開く。
短い廊下の先にあるダイニングからは、明かりと話し声が漏れている。
小さな宴会にお邪魔していいのかと不安になりがらも、ダイニングへ顔を出すと、テーブルの上には何本もの瓶が転がっていた。
レイはこちらに背を向けていて、私の存在に気づかない。
伸ばしっぱなしらしき黒い髪を、無造作に後ろで三つ編みにしているのを見て、フードを被っていないことに気づく。
「おお、リア。一緒にどうじゃ」
エストの声に、反射的に振り向いたレイは、ものすごい速さでフードを目深に被ってしまった。
一瞬だけ見えたその瞳は真っ黒で、とても澄んでいた。
「あ……、僕はそろそろ失礼する。エスト、付き合ってくれてありがとう」
慌てて立ち上がったレイは、私のそばを通り抜けるときに小さく「おやすみ」とだけ言って、部屋へ向かう。
綿毛が後を追うように羽ばたいて、去って行くレイの肩に乗るのが見えた。
やっぱり、お邪魔するべきではなかったのだわ。
それに、あんなに急いで顔を隠すだなんて、どういうつもりかしら。
「おもしろい男じゃのう。のう、リア」
「そうかしら」
いくら私が邪魔をしたからと言って、あまりにも失礼な退出の仕方に、どうしても腹がたってしまう。
長い王妃教育は、私に怒りのハンドリング方法も教えてくれたし、それに何より彼と私の間には100年分の文化の違いもある。
私にとって失礼なことも、彼にとってはそうじゃないかもしれない。
そう自らに言い聞かせつつ、うん、お酒を少しくらい飲んだって、罰は当たらないわよね。
「エスト、飲みましょう」
「はーっはっはっは! よしきた!」
エストの合図で、ピスキーたちが踊るように、私の前になみなみと琥珀色の液体が注がれたグラスを置いた。
◇ ◇ ◇
琥珀色の液体から立ち昇る芳醇な香りを、瞳を閉じて大きく吸い込むと、それはチリッロ・バウドの肺を満たし、そしてうっすらと熱を感じさせた。
目の前では、小柄な男が腰から直角に体を折っている。
小柄な男──バルナバの申し出は、これから忙しくなるであろうバウド家にとって、願ってもない話であった。
グラスを傾け、中の液体で唇を湿らせたチリッロは、「よろしく頼む」と満足気に頷いた。
どれくらいのスピードでフードを被ったら、顔の造形がわからないままでいられるか考えたんですけど、割と人間の目はフシアナだってことにしたら作者は幸せになれました。