第22話 国旗の意味です
毎度お読みいただきありがとうございます!
今回は珍しく(?)モフもショタも出ない平和なターンですなぁ。
レイモンドという人は、本当に愛されてるなぁと思う。
100年の間、自分を犠牲にしてこの島のために祈って来たのだから、それはそうなのだけど。
エストは、彼が早くに目覚めてしまうかもしれないとは言っていたけど、人間の時間感覚ならもっとずっと先のことのような気がしてた。
まさか数日以内に目覚めるなんて。
島に滞在中に、愛され巫覡さんと邂逅することは全く想定していなかったわ。
私は足元の釣り竿らしきものを拾って、釣りを再開することにした。
釣れるかどうかは関係ない、ぼーっと思考を巡らせたかった。
さすがに断崖の上からでは糸が足りない。
キョロキョロと周囲を見渡すと、段違いの足場を伝って少しずつ下に降りて行けそうだ。
餌のついていない糸を水中に突っ込んで、ちょうどいいサイズの岩に腰かけた。
何も釣れるはずのない棒切れをふよふよと無意味に動かしながら、つい先ほどのやり取りを振り返る。
どうも、クララとボナート公爵の目的はそれぞれ別にあるらしかった。
クララ。彼女は恐らく私と同じ転生者だ。
そもそも、見えてもいないのに精霊の言葉を騙る時点で、いろいろと怪しさしかないのだけど……。
島流しを提案されて、期間の短縮を願い出るなんて矛盾にもほどがある。
乳母日傘で育てられた若い女が、無人島ではひと月も持つはずがないことなど、考えずともわかるはずだ。
彼女は、それに気づかないほど、想像力に乏しいとか、頭の回転が悪いとかいう人物ではない。
だからもしも恩赦を願うなら、それは期間ではなく、執行内容の変更であるべきだったのだ。
流刑と死刑がほぼ同義だと、クララが知っていようが、いまいが、関係ない。
そうでなかったということは、彼女は島流し自体には賛成だったと考えて差し支えないだろう。
短期的にしろ長期的にしろ、私の死が発生すると理解した上で、賛成だった。
さらに、彼女は最後に言ったのだ。「どうして生きているの」と。
ただ死を願っただけなら、生きていること自体に疑問は持たない。早く死ね、1年以内に死ね、そう思うだけだろう。
彼女が転生者で、ゲームの進行を知っているからこそ、そのセリフがこぼれ落ちたのではないかしら?
きっと、彼女の計画に狂いが生じているのだ。
ゲーム世界では、悪役令嬢は島流しで命を落とすはずだったんだろう。
一方で、ボナート公爵は私が生きていることに、特別意識を払っている様子はなかった。
ビーが島流しを提案したと言うなら、刑の決定にはボナート公爵の力が大きく働いているだろうことも予想がつく。
でも、私の生死には興味を持っていなかった。
私を、バウド家の娘を、十分な罪の立証もしないまま刑の執行まで推し進めたのだ。
貴族間の均衡を壊しかねない無謀な策とも思えるのに。
島流しの提案に乗りたい理由が、ボナート公爵にはある。それがなんなのか……。
先ほどの会話を必死に思い起こそうと唸っているとき、私の視界にカラフルな物体が映り込んだ。
さっき、からからと落ちていった国旗だ。
波に流され打ち寄せられて、私の足元近くまでやって来たみたい。
4つの精霊、4つの属性を表した4色。
魔法を扱う巫覡を象徴的に表した杖はカルディア。魔科学による繁栄をもたらし、武によって国を平定したブールの剣。
それが、この国旗に表現されるキャロモンテ王国だ。
投げつけられて、海を漂う王国旗の姿を見るのは忍びない。
せっかく近くに流れてきたのだから、拾っておくべきだろう。
持っていた糸のついた棒切れで、より近くへ手繰り寄せたものの、水面まではもう少し距離があるため、やはり下へ降りていかねばならない。
波しぶきによって濡れていたり、藻をまとっていたりする岩場は、足場にするには本当に心もとない。
慎重にゆっくりと降りながら、なんとなく前世に観た映画のワンシーンを思い出す。
海岸から上陸した部隊が敵陣の島を占拠する戦争映画で、高い丘の上に建てられた国旗は、疲弊した味方を笑顔にした。
そうか、思い出したわ。
この国の特殊な法律を。
数年前、建国50周年を迎える直前に、国中を騒然とさせたあの法律を。
あの時だって、この島に向かうことを積極的に推奨する人物はボナート公爵しかおらず、「わざわざ死にに向かう国民もいない」との判断で、国有地更新リストから外されたんだ。
それでボナート公爵がどうしても島に上陸したかった理由がわかる。
国旗を乗せるだけでもいいと言ったその発言の真意が。
島に向かうことと命を失うことがイコールではなくなったのだ。
いち早く上陸して、この島は国家の管理下にあると示さなければ、行動力溢れる国民が大挙してやって来るかもしれない。
同時に、私には例の法律を適用させないつもりなのだ、ということもわかったわけだけど。いえ、正しくは私を使って噂の真偽を確かめたというところかしら。
王妃の座を狙う導きの巫女と、島の権利を失いたくない国家との間で、私を流刑にすることの利害が一致した。
ふん。そう思い通りにさせてたまるか。
誰も、誰一人、上陸はさせない。1年を過ぎて私の冤罪が清算されたなら、まずこの島の所有権をいただきましょう。
そして……。
この島の神聖な地としての立場を取り戻して、神と精霊と、100年祈り続けて私たちを守ってくれた覡とに、真の安息を取り戻すの。
宣戦布告代わりに、この国旗をボナート公へきっちり送り返してあげなければ。
藻で踏ん張りのきかない岩の上、どうにかバランスをとりながら腕を伸ばして、国旗を掴むことに成功した。
が、左手に釣り竿、右手に国旗、体勢を整えるだけの腹筋は限界。
腕を最大まで伸ばしたこの状態が、最もバランスがとれてしまっていて、動けない。
どうしよう……少しずつ重心を移動しないと。そう思って左手をゆっくり引くと、釣り竿が岩に引っ掛かる。
「あ」
ギリギリのところでバランスをとっていたらしい私の体は、その些細な衝撃と予想外の事故で、完全に体のコントロールを失い、海へと転げ落ちた。
お約束の回避は失敗ね。
お約束は大事だと思うんですよ。
きっとみんな海ポチャを期待してたはずだ(してない)。




