第21話 違和感です
何しに来たのかわからないポンコツくんたちをご堪能ください。
たぶん本人たちも何しに来たんだっけなって思うと思う。
「とにかく、精霊が困っているし、それでクララは悲しんでる」
フィル自身は、何をしに来たのか理解していないようだ。
いつものように権力者の物言いで「ああしろ、こうしろ」と言わないのだから。
まずはクララを落ち着かせて、彼女の意思に任せるつもりか──。
黒髪の少女の肩を抱く手に力をこめながら、私の存在、または行動が、いかに重大な過失を精霊に与えているか訴えかけるフィル。
以前の私なら、確かにその手は通用したかもしれない。多少は動揺していただろう。
私は強い精霊信仰を持っていたし、クララは精霊の声を聞く「導きの巫女」だ。精霊を困らせるなんてとんでもないことだわ。
でも、今は違う。私が巫女だから。
「私のせいで精霊が困っているのなら、皆さんは私を連れ帰りに来てくださったの? それならなぜ波や風はあなた方を拒んでいるの?」
「そ、それは、精霊がクララを守っているんだろう。君が彼女を傷つけることのないように」
それならば、精霊は私を拘束すればいいだけなのだとなぜわからないのか。
未来の王はこんなにも短絡的な思考の持ち主だったかしら。
私はなんとも言えない頭痛を感じて、大きな溜息を吐きながらこめかみを押さえる。
「ビーが島流しを提案したとき、心優しいクララは期間を短くするよう申し出てくれたというのに、君って女は」
端正な顔を歪ませながら、フィルは私を、元婚約者を汚いものでも見るような目で見つめた。
だがそんな表情の変化なんて、些末なことだ。
フィルは今、とんでもないことを言った。
ビーが島流しを提案して、クララが期間の短縮を願い出た。
なんという違和感。
『もう無理! ウティ、この人間たち追い返そうよ』
『あらー。追い返すだけでいいのー? アタシは沈めちゃいたいけどー』
『オオゴトですヨ、それじゃ。一旦、追い返シテ、二度と来ラレないようニしまショウ』
精霊たちもまた、違和感に気づいたようだった。
そして彼らに怒りを覚え、その怒りを荒ぶる波や風へと顕現させていく。
「精霊は、あなた方ではなく、私を守っています。正しい祈りを持つ者を守るのです」
「どうして……ッ!」
私が、クララへのヒントのつもりで語り掛けると、甲板を走り出したクララは、手すりから身を乗り出すようにして私を見つめ、そして呟いた。
どうして、生きているのよ、と。
やっぱりそういうことなのね?
クララもまた、別の世界から転生してきたのね?
大きく揺れ始めた船は、身を乗り出すクララを海へ放り出しそうになり、フィルとカロージェロが慌てて抱え込んだ。
「おい、ビアッジョ! 旗を持て。投げるんだ」
ボナート公爵が叫ぶ。
その声に、ビーは反射的に走り出し、船首に掲げられた国旗を掴み取った。
「この際、島に乗せるだけでも構わん! 早く投げろ!」
ひどく揺れながら、少しずつ沖へと流されていく船から、ビーが旗を投擲する構えを見せる。
ボナート公爵の手にあるのは、印写機だ。所謂、カメラ。
こちらの世界ではまだカラー写真にはならないけれど、とても綺麗に写すことができる。
王国魔導部が少し前に開発に成功したばかりで、市場にはほとんど出回っていない。
「ゲノーマス」
側に控えている狼に声を掛けると、飛んできた旗の着地点になるはずだった崖の隅が、突如として崩れた。
旗だけでも島に乗せたいという言葉の真意はまだわからないけど、嫌な予感が心臓をぎゅっと握り締める。
きっと、彼らが持参したものは何一つ島に持ち込ませてはいけない。
からからと乾いた音をたてて崖を転がり落ちた国旗に、私は無性に悲しくなった。
あっという間に離れてしまった船から、悔しそうな叫び声が聞こえてくる。
『すっごく騒々しい人たち! シル、あの人たちきらいだわ』
『あらー。でもそうねー、精霊を騙るのはいい度胸してるわよねー』
あっという間に米粒ほどの大きさになった船影を眺めながら、風と水の精霊が怒りを露にする。
狼は後ろ足で耳の後ろのあたりをポリポリと掻きながら、そういえば、と口を開いた。
『あの女の人ガ、りあノ言ってイタ巫女ですカ?』
私が頷くと、シルファムはキョトンとした顔をして、ウティーネは興味深そうに瞳を輝かせて、それぞれに詳細を求める。
『あらー? 巫女ってなんのことー?』
『それハあとデ、エストに報告ガテラ、ゆっく──』
時が止まった。
ゲノーマスは口を噤み、ウティーネは山へ目をやって、シルファムは一際高く飛んだ。
時が止まった、ように感じただけだ。
それほどの緊張が島に走った。
波は動くことをやめ、風は姿を消し、木々が息をひそめたように感じるほどの静寂、一瞬の緊張。
空白から真っ先に意識を取り戻したのはシルファムだった。
『レイモンドだわ!』
ひとつ言葉を残して、姿を消す。
『あらあらあら! りあちゃん、レイモンドが目を覚ましたみたいなのー。アタシたちは行くけど、りあちゃんはどうするー?』
「私はあとでご挨拶するから、先ずはみんなが元気な顔を見せてあげて」
精霊たちは、神出鬼没だ。彼らは、神の加護の範囲なら場所に縛られない。
目を覚ました覡の元へ一瞬で向かうことができるだろう。
私を伴わなければ。
あんなに嬉しそうに声をあげたシルファムや、千切れてしまいそうなほどブンブン尻尾を振るゲノーマスを見て、私も連れて行ってとは言えない。
それに私は、幼馴染たちとの再会によって得られた多すぎる情報に、かなり混乱しているのだ。
少しひとりになって考えをまとめたい、とも思った。
『それじゃア、またアトで』
私の「行ってらっしゃい」は、誰にも届くことなく、風に乗って消えていった。
今何話目でしたっけ?
やっと居眠り男さんが起きたよおおおおおお!長かった……。寝坊助にもほどがある!(人のせい)




