第2話 守護者です
推敲し始めると一生推敲できる気がしてきた(震え
私が傷を負わせた、ということになっているクララ・フィンツィ男爵令嬢。
黒髪で黒目の不思議な魅力を持った女の子だ。
しなやかで真っ直ぐな髪の毛や黒目がちな瞳は、お人形のような雰囲気で人目を引いた。
彼女は「巫女」なのだ。
王宮内の図書室に保管されている、古の【精霊伝書】に記された、導きの巫女。
国を脅かす天変地異が起こりしとき、黒き髪と瞳を持つ者、民草を導く女が精霊と共にその怒りを鎮める。というような内容だったと記憶している。
おとぎ話のように語り継がれているので、巫女の話を知らない人はこの国には存在しないと思う。
かく言う私も、巫女の伝説はとてもかっこよくて小さな頃から憧れてた。
赤みがかった金色の髪を、どうにかして黒く染められないかと真剣に悩んで熱を出すくらいには。
去年、ひとつ年下の彼女が入学して以来、学生たちの話題は専ら巫女の噂話だった。
容姿はもちろん、成績や立ち居振る舞いにいたるまで、彼女にプライベートな時間はまるでないくらいに、いつも誰かに見られていたと思う。
私も、彼女を初めて見たときにはその姿がまさしく伝説の巫女で、すごく興奮したのを覚えてる。
もちろん、表情には出せなかったけれど。
王族であるフィル、その婚約者の私、フィルの親友でもある公爵家のビアッジョ、そして護衛の任に就くカルの4人は、学院内でクララのサポートをするよう国王陛下より申し付かっていた。
私たちが、クララが平民の出身であると知ったのは、彼女の入学前、国王陛下に遣わされた使者の語りの中だった。
使者によると、彼女の類稀な髪と瞳の色は、生まれてすぐに人々の目と興味を引き、1年と経たずに領主であるフィンツィ男爵の耳に入る。
男爵はクララが15歳になると彼女を自らの娘として迎え入れ、そしてこのボナヴェントゥーラ学院に入学させることにしたのだという。
けれどいざ彼女が入学してみれば、彼女が平民の出であることは既に誰もが知っていた。
人の口に戸は立てられぬというか。まぁ誰も隠してたわけじゃないけれど。
そしてそれは、学生たちの噂話の末尾に必ずついてまわることになる。
平民なのに、平民のくせに、平民のわりには、平民だけど。
国を守る役割を持った大切な巫女だからと、フィル、ビー、カルは盾となって彼女を守るようになった。
私はそんな彼らの行動に反対とは言わないけれど、ただ囲い込んで困難を退けるだけでは彼女のためにならないと思ったし、そう伝えもした。
私と彼らの間に溝ができたのはいつからなのだろう。
そして、彼らの「王族と導きの巫女」という関係が、もっと人間的なものに変わっていったのは一体いつ頃からなのかしら。
「お、おい、あれ……ッ!」
焦ったような切羽詰まったような男の叫び声に意識を呼び戻される。
彼が指さした先を見て、私もまた目を見開いた。
暴風状態が目に見えてわかる。
波が、波じゃない。まるで海が意志を持って暴れ狂っているよう。
それはこの船の進行方向にある。
さっき私が島だと認識したものは島ではなく、そのもっと外側で高く立ちふさがる波、だった。
何者もその先に進ませないという意志があるようにすら見える。
確かにこれでは、無事にたどり着くなど、土台無理な話だわ。
生き残りたければ、くるっとUターンする以外に考えられない。
もちろん、国に帰ればまた島へ返されるか……今度こそ死刑を言い渡される可能性だってある。
刑の執行を拒否すれば立派な大罪人だもの。
隣国への亡命はどうかと言えば、海路では距離がありすぎる。
食料も持たない私たちが、こんな小さな漁船で王国をぐるりと回りこむように移動するのは、恐らく不可能だ。
これが八方塞がり? 私は死ぬのかしら。
両腕で自らの体を抱き抱える。
あの大波の海域に入っていかなければならない、そう思った時、私はついに「死」がこの傍らにいるのだと実感した。
「なぁ、逃げるって手もあると思わねぇか?」
小柄な男は、ともすれば大きく舵を持っていかれそうになる操舵輪を握り締めながら、真剣な眼差しで私に声をかけてきた。
逃げるとは、恐らく監視の少ない小さな漁村から戻って逃亡生活に入る、ということだろう。
でも……。
私も彼も、右腕にはまっている「受刑者タグ」を忌々しげに見つめた。
受刑者タグは、その名の通り罪人を管理する腕輪のようなもので、外すには王国魔導部で作られた鍵が必要なはず。
国民にとってそれは罪人の印でしかないけれど、国の魔導部門が作ったものだから、もしかしたら罪人の位置や心拍などもわかるのかもしれない。
本音を言えば、私だって逃げられるものなら逃げたい。
そして、私に意味の分からない罪を着せた人物を探し出し、その意図を問いたい。だけど。
「それは難しいと、あなたもわかってるのでしょう? ……ところで、あなたこそ、どうしてこんなことに?」
エスピリディオン島に無事にたどり着いた人間はいない。
先ほどの泥棒が言った「死刑」という言葉は、嘘でも大袈裟な表現でもなんでもない。
「受刑者を島へ送り届けよ」と言い渡された彼もまた、もう国の土は踏めないのだ。
一体どんな悪いことをしたらこんなことに、とは彼にもそのまま返ってくる質問じゃないか。
「おりゃただの泥棒。貴族様の通う学校ってのは命に等しい高価なモンまであるんだな。いや、平民の命が軽いのか?」
そう言って私に向けた目には明らかに侮蔑が含まれていた。
この国で盗みを働くという行為は決して軽い罪ではないのだけど、確かに死罪とまでは言えない。
誰かにとって都合の悪い存在が、必ず不慮の事故に見舞われる。
それがこの島の便利な使い方であり、私や彼は知らず知らずのうちに、誰かの弱みを握ってしまったんだ。
しかし、彼に死ぬべき罪がないなら、守るのが貴族の務め。そうでしょう?
主人公がもふもふに出会うまであと5話くらい使いそう(´・ω・`)
遅々として進まぬ僕の筆とストーリー
あ、でも今までの連載モノと比べて、1話の文字数を平均1000文字くらい減らしましたえへへ