第19話 来訪者です
やっとここから少しずつ事態が動き出す……と思うんですけどねぇ。
エストから「新たな活路を」との依頼を受けてから3日が経過。
私はこれといった名案も思い付かないまま、自分の生活水準を上げることにばかり時間を使っている。
良くない……。
私はピクリともしない木の棒と、水面を眺めながら大きく溜息を吐いた。
神の依頼は常に心に重くのしかかっていて、寝ている間でさえ忘れられやしないのだけど、いかんせん難易度が高い。
存在するなんて夢にも思わないものを信じさせ、さらにその対象に祈りを捧げさせるなんてどうしたら。
仲のいいお友達だって、私が精霊の話をすれば「また始まった」と苦笑いをするくらいなのに。
それに、私は島から出られないのだ。
しかし考えている間にも、お腹は空く。
お料理はピスキーがやってくれるし、畑の整備はゲノーマスがやってくれた。
これらは、まだ巫覡が常駐していた頃に使っていた土地や道具があったし、当時の家畜が野生化したものを、また何頭か集めることもできたので難しくなかったのだけど。
しかし狩りは難しい。
何が難しいって、私が自分の手で動物たちの命を奪う決断をすることが難しい。
弓はピスキーが作ってくれた。罠も、用意してくれた。狩猟ナイフもある。
そもそも自分でやらずとも、ゲノーマスに「今日は鹿が食べたい」と言えばそれで済む話だと、精霊たちもピスキーもエストだって言うけれど。
自らの手で命を絶つことを経験してからでないと、それは言ってはいけない気がした。
今までさんざん命を食べさせてもらいながら、今さらかもしれないけれど。
それでいて、いつまでも決断できない私は、こうやって海で釣り竿を垂らしているというわけだ。
魚の命を軽んじているのかと言われると、明確な回答ができないのだけど、魚は躊躇なく捕まえることができた。
で、食欲が満たされれば眠くなる。
ロッジの空き部屋を使わせてもらうことになって、ベッドもピスキーと協力しながら作った。
カーテンや、机と椅子や、そういったものを作るうちに、空き部屋はあっという間に居心地のいい私室になってしまった。
受刑者のくせに良い生活だと我ながら思う。
「新たな活路かぁ……」
大体、信仰がない生活というのが想像つかない。
不思議なことに、前世の記憶を取り戻して以降、その思いは日に日に強くなっている。
以前の世界には、いろんな神がいた。特に日本はなんでも神様にしてしまう文化だった。
付喪神なんてその最たるものだと思う。
つまり、神は日本人の生活にいつも共にあって、年の初めには土地神に詣でたり……。
ああ、そうか。
神や精霊を奉ったらどうかしら。
神の社を建立するのは名案な気がする。そこに「いる」かのように見えることは大事だわ。
認知することから信頼は生まれるのよ。
というか、わざわざ建てなくても、あの古い祠を……。湖の広場のあたりを外界と神聖な土地との境界ということにして……。
『リア、何か近づいてる』
私の思考を中断させた白い綿毛は、ふわふわと周囲を旋回し始めた。
シルファムは、エストに言いつけられてこの3日間ずっと私のそばにいる。
ほとんど会話という会話もなく、少し離れたところの木の枝に止まって、「そばにいる」という役目を果たす彼女は、きっととても真面目なのだ。
お互いに気まずいまま時間だけが過ぎていたけれど、今、彼女は異変に気づいて私に注意を促している。
「何かしら……」
『船。とっても大きい。たくさんの人が乗ってると思う』
船を取り巻く風や、近くを飛びまわるピスキーたちの情報に耳を澄ませているのか、エナガは旋回しながらも常に沖合を見つめている。
『あらあらー。ねぇシルちゃん、上陸できないくらいのところで足止めしましょー』
いつの間にかそばに来ていたウティーネはすでにウサギの形状ではなく、透き通る髪をなびかせながら、エナガのそばにふんわりと浮かんだ。
彼らの見つめる方向に目を凝らすと、確かに船影が確認できる。
少しずつ近づいてくる船。あれだけの大きさは、最大手の商会の貿易船か、王国の船か……。
「私が……話してみる? 足止めしても目的がわからないのでは埒が明かないでしょう?」
『あらー。それもそうねー。エストちゃんは、嫌な空気だとしか言わないからー』
『ずっといられても困る』
ぼそりと呟いたシルファムが、くるりとまわって人間体へ変化する。
ウティーネと同じようにほとんど透明なその体は、ウティーネの半分よりさらに小さい女の子だった。
さて、ではどうやって話をしたらいいかしら。
神や精霊は上陸させたくないというのが本心みたいだし、声が届くほど近づくことができたらいいのだけど、足止めする以上、波はだいぶ荒れるのだろうし……。
「船に乗せてもらったらいいのかなぁ」
『あらー。そんなのダメよー。悪い人かもしれないのにー』
『北の断崖に行こ』
舌足らずな声で提案されたのは島の北側で、危ないからと私はまだ行ったことはないのだけど、波に削られてできた崖が延々続いているらしい。
山に比例するみたいに徐々に高くなっていく断崖の、低い位置でなら船と高さを合わせることができるのではないか、と言う。
『あらー、それもそうねー。じゃあアタシとシルちゃんは船を誘導ねー。リアちゃんはゲノちゃんに連れてってもらってー』
言うが早いか、二人はふわりと宙を舞ってだいぶ近づいてきた船へと向かった。
自活できないお嬢様が狩りをしたいとか言い出すのほんと面倒やでって誰か言ってあげてほしい。
狩ろうとして狩られる未来しか見えないですね(´・ω・`)
 




