第18話 巫女の条件です
窓からテーブルへ視線を戻すと、人形たちはすでに無くなっていた。
「ウティーネ」
『あらあらー。ウサギに鳥を追いかけさせるのー?』
んもぅ! と言いながら、ウサギはその姿を半透明な人間体へと変化させ、同じように窓からふわりと飛び去る。
透き通っていて細部まで確認はできなかったが、美しい大人の女性のように見えた。あれが本来の姿なのだろうか。
「シルファムのことは気にせんで良い。あれは些か幼いところがあるが、レイモンドを大切に想うが故よ」
ん……。
どうやら、私のことをあまりよく思っていないようだし、仰る通り、気にしたところで私にできることはないだろう。
このままでイイとは思わないけれど、今はウティーネに任せよう。
シルファムの言葉に動揺しているのが伝わったのか、イフライネとゲノーマスが私のそばへやってきた。
「協力を強要したりはせん。島にいる限り加護は取り上げんし、加護があれば精霊はお主のために動く」
私が、この島で生きるために何かを願う限り、それはきっと精霊の力になるんだと言う。
島を汚したり、眠っている覡に何かしたりしなければ、私はいるだけで島にとってメリットになる。
「新たな活路というのはどういうこと?」
「人々の祈りを取り戻したいのじゃ。正しい祈りを」
「正しい祈りがわからないわ」
誰だって、そう、魔法や精霊をお伽噺だと言っている人々の誰もが、窮地に陥れば「おお神よ精霊よ」と祈りの言葉を口にするのに。
正しいかそうでないかの判断は──。
「信頼じゃな」
「信頼?」
「儂らの存在を信じる者なら、少数ながらおるじゃろう。だが、儂らを信頼する者は」
必ず助けてくれる、必ず自らの言葉を聞いてくれると信頼すること。
確かに現代人にそれは難しい。
常にリスクヘッジを念頭に入れ、科学で解決可能な範囲で動くのが「普通」だからだ。
『それニ、あまりニモ利己的な願いハもちろん駄目ですネ』
『姿も見えねぇ精霊を、信頼させるってのはハードな仕事だがなー』
「私は加護をもらう前から貴方たちが見えてたのに」
膝の上に飛び乗ったイフライネが、私の左手の下に潜り込もうとする。
撫でて欲しいならそう言えばいいのに。
「お主には、巫女の素質があった。素質を持つ者はいつの世にも稀に生まれるが、カルディアの民に多かった」
「へぇ……」
王家とそれに連なる者であれば、確かにカルディアの民を祖としている家が多いはずだけれど。
稀に生まれる巫女と言えば、もっとそれらしい人物がいなかっただろうか?
「巫女なら他にいると思うのだけど。私たちの国では伝説の『導きの巫女』と呼ばれているわ」
彼女を呼べば、私よりももっと大きな祈りを捧げることができるのではないかと思う。
もしかして彼女にはいつもピスキーたちが見えていたのだろうか? 随分と楽しそうだ。
「なんじゃ、それは」
目を真ん丸にする少年に、私は国家に伝わる【精霊伝書】の大まかな内容と、クララの存在について語った。
精霊伝書は、それこそブールとの戦が始まるもっと前に書かれたものだと聞いている。
誰かが神から伝え聞いた言葉を文字に起こしたものだ。神とはつまり、目の前のエスト少年ではないかと思うのだけど。
少年は目を閉じて私の話を静かにうんうんと頷きながら聞き、そして「そんなはずは」「いやしかし」「まさか……」と考え込むように呟いた。
『てかその精霊伝書は──』
「イフライネ」
エストは何か言いかけたイフライネを制して小さく息を吐くと、「現時点でその者は巫女ではない」と断言した。
彼女の祈りが聞こえないから、と。
私は、ティーカップに伸ばした手を止めて、先生に質問する学生のようにそのままその手を頭上へあげた。
「待って、よくわからないのだけど、『巫女』とはなに? 『素質がある』のと『巫女』は違うのよね?」
「ふむ……巫覡としての役目に就くには二つ条件があっての」
魔力、と言うとわかりやすいだろうか。エストはそう言いながらまたゆっくりと解説を始めた。
まず第一に、強い魔力を有していること。
魔力の強い者は、妖精も精霊も見ることができ、声を聞くこともできる。
ほとんどの人間は極微量の魔力しか持たず、中程度の魔力を持つ者すら稀だ。
私がその中程度の魔力、というやつらしい。
私のような、巫覡となるには足りない中途半端な魔力保持者は、精霊が具現化さえしていれば、その姿を見ることが叶う。
そうして巫覡と共に祈り、巫覡を支える役目を負ってきたそうだ。
ちなみに今の私は、神の加護によって、魔力をかなり強められた状態なのだそう。
それで巫女と同格なのだと。
逆に、巫覡に加護を与えることはほとんどないらしい。
精霊と同等の力を、精霊に頼まずとも使えてしまう可能性があるのだとか。
巫覡の条件の二つめは、「正しき祈りを持つ」こと。
魔力を持っていても信仰を失っていれば、それは巫覡たりえないのだ。
「巫女が正しく祈れば、儂らがその声を拾わぬはずがない」
「祈ったことがないだけという可能性は?」
「それはつまり信仰がないということ。お主の声はずっと以前から聞こえておった。近いうちに迎えに行こうとしておったところよ」
まぁ、そうか。
信じているのに、神に精霊に一度も祈りや感謝を捧げずに生きることなんて、ないわね。
「ではクララは」
「正しき祈りを持たぬ巫女モドキか、そもそも魔力を持っているや否や。どちらにせよ、今は『巫女』と呼べる状態ではなかろう」
ああ、魔科学全盛の時代では、確かにそうなってしまうのかもしれない。
選ばれし巫女だからと言って、精霊を、神を信じているとは限らないのだ。
もっとも筆が進まなかったシーン。
ウティーネが素の姿見せたせいで、アナトーリアはイフライネやゲノーマスの本来の姿が気になって気になってエストくんの話ほとんど聞いてなかったと思う。




