第17話 現状の確認です
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「すごい! 美味しそう! 無人島でこんなご飯にありつけるなんて!」
この小さなロッジ様の建物は、寝かせてもらった部屋の他にダイニング、キッチン、そしてもうひとつ空き部屋があった。
ダイニングに案内されてみると、テーブルの上にはオートミール、サラダ、それに魚のムニエル的な何か。
「ピスキーが作った。味は知らん」
琥珀色の飲み物を片手に私の対面に座ったエストは、キッチンの周りを飛び回る妖精を顎で示す。
「そもそも、こんな材料どこに……」
『ワタシ用意しましタ。久しぶりだカラ楽しかッタですネ。魚は水サンですガ』
『ゲノはそのへんずりぃんだよな、なんだよ作物自由栽培って』
猫が、狼に威力の無さそうなパンチをせっせと繰り出している。
ピスキーたちがその周りをくるくる踊りながら、『たのしかったー』『もっとやるー』と歌うように囁く。
「古い時代には、こうやって妖精どもが巫覡の生活を支えておったのよ」
「あぁ……、誰もが自然の中で自活できるわけじゃないから?」
「それもあるが、こやつらは人のために仕事するのが元来好きなのじゃ」
グラスをあおりながら、益をもたらす者には益を、そうでない者にはイタズラを返すのだとピスキーについて説明をもらう。
ここで暮らす巫覡ならばピスキーにイタズラされることはないのだと言う。
私は、エストの話を聞きながらパクパクと食事を口の中に放り込む。
公爵家の食事と比べればそれは質素と言える内容かもしれないけれど、目の前に並ぶご馳走はまさしくご馳走だった。
「すっきりした顔をしとるの、悩み事はもういいのか?」
エストはグラスを置くと、テーブルに両腕を、さらにその上に顎を乗せた。
恐らくテーブルの下では、床に届かない足をプラプラさせているのだろう、体がわずかに揺れている。
「悩み事……。それは尽きないけど、さっき心配していたことは、もう大丈夫」
折り合いはつけた。
流くん。
彼もまた、新しい人生がどこかの世界にあるか……、いいえ、きっと彼は死んでない、そう思うのが幸せだ。
違う世界に生きる以上、彼のその後は知りようがないのだから。
「そうか」
それきり黙ってしまったエストの視線をもろに受けながら、何も気にしないよう努めて食事を平らげた。
精霊たちはテーブルの脇で4頭がまとまって好き好きに寛いでいるようだ。
空っぽになった食器は、私が動くよりも早くピスキーたちが片付けてしまった。
その楽し気な様子を見て、彼らが人のために働くのが好きだという説明に改めて納得する。
温かな湯気と、芳しい香りがたった紅茶が目の前に置かれたとき、エストが体を起こし、椅子の上で胡坐をかきながら口を開いた。
「儂らは……、島と精霊は、お主に頼みがあってここへ呼んだ」
「ええ、それはわかるわ」
そうでしょうとも。100年維持した無人島に人を招いたのだもの。
話を聞く準備はあるという空気を醸しながら、続きを待つ。
「祈ってほしいのじゃ」
「祈る?」
「朝に夕にな。巫女の祈りは強い。儂らに、現状維持ではなく、現状を変えるだけの力を与えてくれるだろう」
エストがテーブルを右手の人差し指でトントンと2回叩くと、テーブルの真ん中に、体長10センチほどの人の形をした物体が現れた。
粘土細工のようにも見えるそれは、ぴょこぴょこと滑らかにエストの語りに沿って動き出す。
「眠っておった覡、名をレイモンドと言う。生家は良い家で姓もあるはずじゃが、覚えとらん。既に話したように、奴は島に来てすぐ眠った」
人形がコテンと横になると、新たに犬、猫、ウサギ、小鳥と、そして30センチくらいありそうな山のカタチの模型が現れる。
精霊と島の火山を模しているのだろう。動物の模型は、犬と猫、そしてウサギと小鳥が二手に分かれ、それぞれ踊り始めた。
赤く色を染めて山頂から湯気を昇らせる山の模型のそばに犬と猫が。
いつの間にか現れた、大きくうねる波を模した模型のそばにウサギと小鳥が。
「魔科学と言ったか。人間が信じるそれは、正しい。信仰がなければ、単純な物質の理に則って世界は動くのじゃ」
「え……」
神の口から科学を認める言葉が発せられるとは思わず、目を見張る。
「物質の理に沿うなら、例えばこの山は100年のうちに二度は噴火しておったであろう。そういったエネルギーを平らかにし、必要とする場所へ送ったり変換したりするのが、その土地それぞれの神の仕事よ」
神の語りに合わせて山へ目を向ける。
せっせと踊る動物たちは、何らかの術式でも発動しているのだろうか。
「先に説明した通り、儂らは現状維持がやっとで、噴火も力任せに抑え込んでおるのじゃが……」
エストの視線の先にある眠る人形、レイモンド君は、体長が10センチから15センチほどに成長していた。
「死なさず生かせば、人間は成長してしまう。どれだけ抑えても、この100年で十は年をとったろう。奴は精霊たちを通して、眠りながらもこの100年の歴史を知っている。変化は小さくとも、確実に祈りが薄らいでいるのじゃ」
もし祈りが強いままであっても、人間はいずれ死ぬ。
いつまでも現状を維持し続けることも難しいのだと言う。
「加えて、近頃レイモンドの眠りが浅くなっておるのじゃ。奴とて、目覚めれば今まで通りに祈ることは難しかろう」
彼が心に刻んだ人々の祈りが、上書きされてしまうから。
この100年で、より一層、人間たちは信仰を失ってしまったから。
起き上がったレイモンド人形は、まるで泣いているかのように背を丸めて顔を覆い、動物たちがそれを取り囲んでいる。
そこへ、もう一体の人形が現れる。
新しい人形は、彼らのそばで膝をつき、両手を合わせて祈るような仕草をした。
「正しき祈りを持つ者よ、祈ってほしい。そして、新たな活路を見出してほしいのじゃ」
「……へ?」
『シル認めないもん!!』
幼女のような可愛らしい叫びとともに、窓から綿毛が飛び去って行くのが見えた。
決して、決してロリ要素まで取り込もうとしているわけではないんです。断じて違います。