第16話 入浴です
気が付けばずいぶん恋愛から離れたとこにいるなと思い、もう少しメンズっぽいメンズを早く登場させようと画策したんですが、難しかった(´・ω・`)
もう少しだけショタにお付き合いくだちい
「ぁぁぁぁ。生き返るぅぅ……」
イフライネとウティーネが準備してくれた適温のお湯に、口元まで一気に浸かって、令嬢らしからぬ声で悶える。
高い木に囲まれたこの石造りのお風呂は、眠れる覡が100年の昔に作ったものらしい。
たくさんの木に囲まれた天然の個室。
頭上の葉が日差しのほとんどを遮って、水面や地面を光がチラチラと揺れる様もまたのどかだ。
水と風の精霊によって、体も衣類もその場で清潔にすることができるらしく、過去の巫覡たちは風呂に入る習慣がなかったそう。
比較的乾燥した気候のこの国で、しかも100年より昔のことだろうから、それもそうかと素直に納得する。
どれくらい気を失っていたのだろう、太陽はもうずいぶん高い位置にあるようだ。
不愉快な汚れを落とし、心地いい湯に浸かって、葉擦れの音や水の跳ねる音に耳を休ませているうち、私は気持ちが穏やかになるのを感じた。
お風呂を準備し終えた火と水の精霊に、この島の山は噴火が近いのかと問うと、どちらも首肯した。
詳しくはエストから聞いてほしいと言って多くは語らなかったけれど。
活火山とは言え、ここ200年くらい噴火していないことは、学校の授業でも習ったし、誰も噴火するなんて思っていない。
それでも私は、この山が噴火の準備を整えつつあることを知っている。仁奈が何度もストーリーを話してくれたから。
つまり、そういうことなのだ。
前世の記憶は、映画の予告編のように断片的に存在する。
ほかにも、この「映画」という言葉のように、概念や意味だけをなぜか理解している単語もたくさんある。
なのに、きっといたであろう友人や知人、家族でさえも、顔も名前も思い出さない。
まるで、私の人生はここにあるのだと言うみたいに。
過去に梅津小雪という人物であったことは認めるけれど、今の私はアナトーリア以外の何者でもないのだ。
さて、心を落ち着けたなら、次に考えるべきことは大きくふたつ。
ひとつは、昨日からずっと考えていること。なぜ島流しにされたのか、誰が私を嵌めたのか。
そしてもうひとつは、精霊と島神が私を受け入れた真の目的は何か、ということ。
余力がない、島を荒らされたくない、というのであれば、わざわざ受け入れる必要もないはずなのだ。
私が「正しい祈り」とやらを持っているとして、何を求められているのかしら?
一方、私の最終的な願いは、無実を証明して真犯人に反省させること。
そのためにも、まずは正しい方法で国に帰りたい。
だから、後者については私が1年間ここで平和に暮らし、そして国に無事帰ることができる限りは、精霊たちの願いにも添いたいし、添うべきだろう。
では前者は。
そこまで考えて、私は頭のてっぺんまで湯に浸かる。
なぜ島流しなのか。どうにも引っ掛かるのだ。
1年間、牢に入れておくのではいけなかったのか?
島流しは、実質死刑と同義だ。私を死なせたいほど憎んでいる人が? 存在するだけでも困る人がいる?
「王妃になるには、悪役令嬢を島流しにして──」
夢で見た仁奈の言葉を思い出して、私は湯に潜っているのを忘れて大きく息を吸いかけ、慌てて顔をあげた。
私と同じように、別の世界から転生してきた人がいる可能性も考慮すべきだ。
『りあ、喉かわいてるのー?』
『おもしろーい』
『ウティーネ呼べばキレイなお水くれるよー?』
気管に入りかけた水分を盛大な咳で吐き出していると、周囲をくるくる飛びまわるピスキーたちが思い思いにはしゃぎ出した。
心配する子が一人もいないのがまた、なんとなく抱いていたピスキーのイメージそのままで、ある意味安心する。
「飲みたかったわけじゃないの。ウティーネは呼ばなくて大丈夫よ」
どこかへ飛んで行こうとしたピスキーを制止してから、瞳を閉じて、また思考の海に帰る。
そういえば、島流しにすることが条件なの?
それとも、悪役令嬢が命を落とすことこそが、ヒロインが王妃になる条件なの?
「はぁ……」
考えてもこれ以上わからない。
それに、考えを偏らせてはいけないと、王妃教育で度々言われてきた。
大切なのは、犯人がもし私に死を望んでいたなら、また命を狙われる、ということだわ。
受刑者タグがある以上、私が生きて島にたどり着いていることは、その人も知っているはずだもの。
だって刑の決定に影響を及ぼせる地位の人なら、魔導部からの最新情報は、必ずチェックしているでしょう。
次なる襲撃があると考えて、備えなくてはいけない。
『小せぇとは思ってたけど、ほんと小せぇな』
目を開けると、目の前に生意気すぎる猫がいた。
彼の視線は私の胸元に注がれている。
「ちょっ……」
思いもよらない人物、いや、猫の登場に、頭の中が真っ白になって動きが止まる。
精霊に性別はあったかしら?
ある、あるけど、人間のそれとは違うのだったかしら?
お伽噺の中では、精霊と人間の間に子が生まれたりもするけどそれはあくまでお伽噺で、……じゃなくて!
「きゃあああああ!!」
『おぁっ! 水かけんなバカ!』
「なんでここまで入って来てんの!」
『お前が長風呂すぎるからだろ! 飯できてんぞ』
私がさんざんお湯をかけて濡れそぼった猫は、ジュワっといい音をさせながら纏った水を蒸発させた。
彼にこの攻撃は効果が薄いようだ。
『冷める前に出てこいよ、ちっぱい』
言い捨てるようにして立ち去ろうとしたイフライネに、追いお湯をかけてやろうと試みるも、飛んでいったお湯は彼に到達する前に蒸発してしまった。
「気にしたことなかったけど、ああも言われると……」
『ねーちっぱいってなにー』
『ちっぱいー』
「忘れてちょうだい」
風呂からあがり、ピスキーが準備してくれた衣類を纏う。
衣類と言ってもただの大判の布なのだけど。
アナトーリアより「現代風に言えば一応Cはあるはず、あるつもり、あってくれ」との伝言。
気にしてんじゃねぇか。