第14話 どこかの誰か②
続きです
1000字程度と短いですので、隙間時間などで読んでいただければ幸いです。
仁奈の救援要請は、大騒ぎするほどの惨状ではなかった。
おもちゃ箱を3人がかりでひっくり返しているそばで、別の3人が大喧嘩していたのだ。
もちろん、理由はわからないが泣いている子も、外に出ようとする子もいる。
いや、うん、これを大騒ぎするほどの惨状ではないと判断するのは、保育の現場の現実に慣れすぎているかもしれないけれど。
子どもたちそれぞれに声を掛けて、ある程度その場が落ち着いたとき、直くんが私のエプロンを引っ張って手を差し出した。
「あー! そうだったね、直くん! ごめんね、すぐ届けるね」
直くんの手に握られた物を受け取ると、この場を仁奈に任せて走り出した。
急いで流くんを追いかけなくてはならない。
送り迎えができなくなって、でも大好きなサッカーをまた始められる流くんに、自分を忘れないでほしいと直くんが願った。
その気持ちをカタチにしようと、直くんと一緒に編んだミサンガを渡さなくてはいけないのだ。
直くんは、小雪先生から渡して欲しいと言った。
そのほうがお兄ちゃんは喜ぶから、と言うけれど、きっと直くんは恥ずかしかったんだと思う。
流くんは、駅に向かう途中の大通りで信号に捉まっていた。
全力疾走した甲斐も会ってどうにか間に合ったようだ。
「流くん!」
振り返った流くんは、一瞬大きく目を見開いて、そしてにっこり笑う。
私はこの笑顔が好きだ。ほんの少し控えめな、照れたような笑顔。
「どうしたんですか、小雪さん」
「これ、直くんと、一緒に、編んだの」
呼吸が苦しすぎる。
いつも子供たちと追いかけっこをしているから、体力には自信があるつもりだったけれど、年には勝てないのかもしれない。
いやいや、まだ20代だ、気持ちで負けるな。
「ミサンガ……?」
「よかったぁ! 知ってたんだね」
ずっとずっと昔に大流行したらしいその細い組紐は、手首などに結び付けて、紐が自然に切れたら願いごとがかなう、そういうおまじないみたいなものだ。
「片手で付けるの難しいので、お願いします」
渡すだけ渡して園に戻ろうとしたけれど、確かに言われてみれば自分で結ぶにはコツがいるかもしれない。
受け取るではなく差し出された左腕に、紐を巻く。
「ちゃんと、願い事してよね」
「……はい」
外れてしまわないようにギュッと固く結んで、顔を上げると、流くんの真剣な目にびっくりしてしまった。
なぜだかすごく大人びて見えて、年甲斐もなくドキリとし、固まる。
「小雪さん、俺」
私たちは、気付くのが遅かった。
いや、あの時、あの場にいた時点で、どうにもならなかったのかもしれない。
信号を無視して、異常なスピードで交差点に侵入した乗用車が、別方向からの右折車と衝突し、勢いそのままに方向を変え、スピンを加え……。
同時に気づき、同時にお互いを庇おうとした私たちは、ただ焦りのまま見つめ合って手を取り合った。
詳細を書くタイミングがあるかわからないのでここで白状すると、
当該事故車両はトニタ社のプリンスカーという設定です。