第130話 彫刻のお披露目です
ご無沙汰いたしましたー
完結まであともう少しですが、また隔日更新でやっていきたいと思います!(不定期更新とは??
「ねぇ見て! こんな立派な精霊像柱を見たことある?」
「そもそも人型の像を柱にするような文化がこの国にはないし、その文化のある世界に精霊信仰はないよ」
「むぅ」
前世世界では、アトラス、カリアティードと呼ばれるような人の形を模した像を柱にした建築物は少なくなかった。
だから神殿を建築して精霊の存在を目に見えるかたちにしたいと考えたとき、私は真っ先にこれを思いついて、彫刻家の手配を依頼したのだ。
「でも、すごく素晴らしいね」
レイモンドは神殿を見上げて感嘆の声をあげた。
私も横に並んで改めて神殿の正面を見上げる。
神殿は、一番高いところで35メートルもの高さがあって、正面入り口に並ぶ柱は高さ12メートルあるそう。
手前に8本、そのうちの4本に並ぶように奥に2本ずつ、全て合計すれば16本もの柱があって、入り口の屋根部分を支えている。
その手前の8本のうちの4本が、左から火、水、地、風と精霊の形をかたどっているのだ。
今まで、作業が終わるまで見られたくないという彫刻家ブリツィオ・クロッコ氏のたっての希望で、ずっと大きな布で目隠しをされていたのだけど。
私たちの帰還に合わせて、それがついに外されたの。
「ふふ、イフライネがすごく勇ましいわ」
「武闘派に見えるね。ああ、ウティーネはイメージがあまり変わらないな、すごく綺麗だ」
「ゲノーマスも見て、私はヒトの形の彼を見たことないけど、イメージそのままだわ。温厚そう」
精悍な顔つきの若い男性像は、左の手のひらの上に雫型のものが置かれていて、炎を模したのだとわかる。
右肩と左腕に水瓶を持った妙齢の女性はウティーネに間違いない。左の小脇に抱えられた瓶からはとめどなく水が溢れているように見える。
さらにその横、柔和な表情の壮年男性は、岩に片足を乗せて胸の前に一輪の花を抱えている。のんびりしていながら、怒ったら怖そうなところまでよく表現できていると思う。
クロッコ氏に精霊の姿について説明したとき、狼のゲノーマスはともかく他の精霊が小動物であることで、相当悩ませてしまったのを覚えている。
信仰を集めるには威厳が必要なんだとかなんとか。人の姿で表現するのなら、幼い女の子の姿をしているシルファムが彼にとってはネックになっていたのだけど。
「あれは……シルファム?」
レイモンドの戸惑った声は、風に流されてすぐに掻き消えた。
「消去法になるけど、そうでしょうね。まさかゲノーマスではないでしょう?」
向かって右端の柱にあしらわれた像は、長く柔らかそうな髪に立派な髭をたくわえ、まるで風になびいているかのような動きがあった。
年齢という概念は精霊にはないのだけれど、見た目だけの話をするならば、60はゆうに超えているように見える。右手に持った杖は歩行の補助というより魔法の行使に使われるものだろう。
「だいぶ老巧さが滲み出ているな」
「待って、彼の足元……」
レイモンドの袖を引っ張って意識を向けながら、シルファムと思われる像を指さす。
優しさよりも厳しさのほうが表に出ている老人の左足には、少女が縋りつく様子が見てとれた。
「コレすっごいよねー。俺もびーっくりしちゃった」
私たちの背後からとびきり明るい声が飛んでくる。飄々とした話し方も、声のトーンも、言葉遣いも、全てがジャンバティスタであると主張してると思う。
「すごいと言うか……なぜ『おじいちゃんと孫』みたいになっているの?」
振り返ると、ジャンバティスタは思いのほか近くにいた。私とレイモンドを交互に見てから「ふーん」と口の端を上げる。
「アニー様の言うことを信じてないわけじゃないんだけどー、クロッコ氏が、風の精霊と言えば老人だという古い噂を聞きつけてきて、俺に調べろとか言うわけ」
「古い噂? 調べると言っても、裏付けとなるような歴代の巫覡が記した書物は……」
「そう。王家の書庫か、一部の写本がバウド家にあるだけ、でしょ」
「まさかとは思うけど」
じっとり睨みつける私に満面の笑みでウインクをしたジャンは、明確な回答をしなかったけれど、まず間違いなく誰かを王家の書庫に潜入させている。
見つかったら大問題だわ。まったくもう。
「で、噂通り、200年以上前に書かれた【精霊伝書】では風の精霊のことを『枯れ枝のような偏屈な老人』だって言ってたんだよねー」
『そうデス。先代のシルファムは痩せこケテて、いつもヒネクレたことバカリ言ってマシた』
ジャンバティスタの言葉を受けて補足するように、どこかからゲノーマスの声が聞こえて来た。
声のした方向へと顔を向けると、かなり大柄な体躯の黒髪の男性が。上背では真の姿らしきエストといい勝負をしそうね。
狼の時と同じ金色の瞳は、鋭いのに優しさが隠し切れていない。
「ゲノーマス、あなたのその姿を見るのは初めてだけど、あの像とそっくりね」
『あれハ格好良すぎマスね』
私の言葉に、ジャンもゲノーマスのほうへ目を向ける。見えていなくても、ジャンは島の開発で精霊たちと多くの時間を過ごしている。
ときには私やレイモンドを通して会話することもあったから、今もリラックスした様子で会話を続けた。
「ほんとー? 実物そっくりならクロッコ氏も喜ぶよ」
「ええ、ほんとに凄いと思うわ。それからゲノーマスが、先代のシルファムはジャンの言う通り痩せたご老人だったって言ってる」
「でっしょー、ちゃんと調べたんだよ。でーもー、アニー様の言うように今はちっちゃい女の子なんでしょ、だからクロッコ氏に無理言ったの、褒めて褒めて」
信仰を求めるなら威厳が必要だという意見には納得できる。
そして実際、目の前にあるシルファム像は、厳めしい老人と足元の少女という組み合わせが、より一層神聖性を表しているようにも感じられた。
「素敵だわ。あとでクロッコ氏にもお礼を――」
「ざんねーん。彼はもうキャロモンテに戻ったよ。島での生活は彼に多大なるインスピレーションを与えたらしい。あと、知ってると思うけどステンドグラスは作り直しになってるから、まだ時間がかかる。
……と、もう時間だ。それじゃあ俺は開発事業の指揮をとってくるのでー、ごゆっくりー」
楽団の指揮者よろしく両手を振りながら、ジャンバティスタが神殿の中へと入って行く。
神殿は、たまに民への事業説明や、作業者とのブリーフィングに利用されることがある。今日は新規開発事業についての事前説明と言っていたかしら。
漁業、林業、酒造業。それに自給自足用の採掘業。
それぞれの専門家を複数招聘できたので、彼らに知恵を借り、そして協力してもらうわけだ。
明日は明日で、経済や都市開発、それに法律の整備だとか、今はキャロモンテのそれに準拠してやっているものを見直すために、そして新国家のこれからを支えるために、政のプロたちと1日中会議の予定となっている。
みんなキャロモンテ出身の貴族で、家督を継ぐ必要のない人物。かつ、ある程度は実務をこなして来た人たちを選んでいるから、一筋縄ではいかないでしょうね。
既に国家として動いているのに、まるで何も準備できていないのだもの。しばらくは寝る暇もないわね……。
『ヤナタはどうデシタか。フタリがヤナタへ出かケテから、エストがずっとニコニコしてイテ気持ちが悪い』
明日からの生活に憂鬱な気持ちで眉間を押さえた私に、独特の訛りを持った優しい声が飛んで来た。
ゲノーマスがひらひらと手を踊らせるたびに、庭の芝が美しく整えられていく。長さがそろって、どこからか入り込んだ小石は遠くへ飛んで。
「あの腹黒な神様は、またぜんぶお見通しだったってことかな」
レイモンドが苦笑すると、ゲノーマスも困ったように眉を下げながら頷いた。
「あなたに伝言を預かって来たことも、お見通しだった?」
『ワタシにですカ? ヤナタの神から? ……もしエストがお見通してイタとしても、ワタシは何モ聞いてナイですネ』
手を止めてこちらを振り返ると、訝し気な瞳で二度三度と首を傾げた。
伝言を聞いたゲノ君の反応などは特別描写する予定はありません。
完結まで恐らくあと5話前後になりますが、「あれはどうなったの?」というモヤっとした部分に少し道筋を示していくつもりです。
それらの詳細については、スピンオフにしたりしなかったりします。まずはアニーさんの冒険を完了させてあげなければ。
あと少し、どうぞお付き合いくださいませ!!!




