第13話 どこかの誰か①
ほんの少しだけ長くなったので2話に分けました。
後半も同日に更新します。
ただ、後半は1000字程度です。
ご都合にあわせてお読みいただけたら嬉しいです。
教室の掃除をしながら、伊藤仁奈は昨夜の出来事について楽しそうに喋り続けている。
私は、それを聞くともなしに聞き、たまに相槌を打つのが、毎朝の日課だ。
「梅津先生、聞いてくださいー。昨日やっと王子攻略したんですよー! 大変だったー!」
「えー? 王子様は最初に攻略してなかった?」
「それは普通のハッピーエンドです。王子ルートだけは、なんとハッピーエンドが二種類あるんですッ!!」
掃除の手を止めて、仁王立ちしながら指でVのサインを作って、こちらに向ける。
喋っていいから手も動かしてよね。そう言うと、仁奈はうっへへーと不思議な笑い声を上げながら動き出した。
もちろん、口はもっと動いている。
「とりあえず山の噴火止めるじゃないですかー? んで、普通のハッピーエンドだと、王子が王位を弟に譲って、ヒロインと一緒に旅に出るんです」
「普通じゃないほうは?」
「もちろん、ヒロインが王妃になります!」
つまり、彼女は昨夜、王妃になったのだ。
彼女がここのところハマりまくっているのが、【百幾年~精霊と伝説の巫女~】というタイトルの乙女ゲームなのだそう。
いろんなイベントやクエストをこなしながら、攻略対象者と言われるイケメンキャラクターとの恋を実らせるらしい。
今日だったか明日だったか、公式イベントが催され、そこで追加キャラの発表があるんだと言って、ここ数日はずっとこのゲームの話をしてる。
「どうしたら王妃になれるの?」
「それ! 聞いてくださいよー。条件は他にもあるかもしれないけど、アナトーリアを島流しにする、国王を懐柔する、ビアッジョとの信頼関係を攻略ルートに入らないまま最高ランクにする、です」
「ふふ。よくわかんない」
それがどんなに大変な条件なのかを理解させようと、仁奈が口を開いた時、ちょうど開門の時間になって、子供たちが親御さん方に連れられてやって来た。
お昼寝の時間あたりにまた続きを聞かせてもらおう、そう思いながらも、なんとなく仁奈の話を振り返る。
今までに日課の中で聞いた話も思い出しながら整理すると、アナトーリアは確か王子の婚約者で、ライバルになるとひどい扱いを受けるんだったかな。
でも悪役とは言え女の子を島流し……。随分物騒ね。
国王は、王子のお父さんよね。国王を懐柔って、普通なら最も難易度高そうだけど、ゲーム世界だと懐柔できるくらい王様と会えるものなの?
ビアッジョって、攻略対象者のひとりで頭脳派ツンデレだったかしら? 仲良しのヒロインと恋をせずに信頼関係って築けるのかしら。
「いってらっしゃーい」
小さな子どもの声がいくつも聞こえてくる。
保育園に慣れた子供たちが、誰も泣かずに親御さんに手を振るようになったのはいつ頃からだったろう。
毎年、どれくらいで子供たちの信頼を得られるものか確認するつもりが、忙しさの中でそれを忘れて、気が付けばこうやって元気にみんなが園に駆け込んでくるのだ。
「小雪さん、ニヤニヤしてどうしたんです」
子供たちの笑顔に癒されているうちに、すぐ側まで人が来ていたことに気が付かなかった。
「あぁ。流くん、おはようございます。直くんも、おはよう」
「こうきせんせーおはよーございあしゅ!」
大須流くんは高校生で、直くんは年の離れた弟だ。
腹違い、ということになると聞いている。
お母さんとお父さんが時期をずらして育休を取得、どちらも会社へ復帰する段になって、流くんが高校へ入学。
ご両親はどちらも育休明けからずっと仕事を抜けられず、それでやむなく流くんが送り迎えをしている。
園としても、できれば大人に送り迎えをお願いしたいのだけど……ご自宅がすぐそばにあるのが、多少の安心材料かしら。
ただ、そのおかげで今まで流くんは部活を諦めていた。
「もしかして、その荷物はシューズ?」
「はい、今日からなので」
入園から1年以上がたって、お母さんがやっと転職に成功した。
時短勤務できるようになったお母さんが送迎をすることになり、流くんはサッカー部に所属することになったのだ。
「あの、朝も明日からはもう……」
「うん。顔が見られないのは残念だけど、部活も応援してるから、がんばってね」
流くんは家族が家族であるために、直くんの送り迎えをとても大切な仕事だと感じている、と以前に聞いたことがある。
きっと、この小さな直くんが家族を結びつける役割に見えているのだろう。
その大切な仕事がなくなって、なんだか複雑な心境なんだろうなと思うと、今目の前で俯く流くんになんと声をかけるべきか逡巡してしまう。
私は、この頑張り屋さんの高校生が好きだ。
もちろん年もかなり違うし、男女のそれだとは思っていないけれど、少し年の離れた弟くらいには気にかけている。
「あの」
「きゃー!! 梅津先生!! 手伝ってくださーい!」
流くんが顔を上げると同時に、仁奈の騒々しい叫び声が響く。
これはきっと、朝イチからいろんなものがぶちまけられているに違いない。
「流くん、また顔見せに来て! 部活頑張ってね!!」
挨拶と言う挨拶にもなっていないけれど、それだけ言って悲鳴をあげる仁奈を探しに駆け出した。
私は、彼が送り迎えに来られないことを、特段寂しいとは思ってない。
きっと流くんは部活がないときには顔を出してくれるだろう、休日に試合などがあれば応援しに行ってみようかな、そう思っていたから。
作品タイトル考えるのも苦手なのに、作中作品のタイトルとかめっちゃ難易度高いですね!




