第128話 首脳?会談です
ここ最近、お客様をもてなすためではなく、難しい話をするための場所になっているバウド家のサロンは、今夜もまたそうそうたる顔が集まっている。
いつも通りお父様は目を閉じて難しい顔をしながら話を聞いているし、お兄様は眼力だけで誰かを殺めてしまいそうな視線で話に虚偽が混じらないか見守っていた。
その冷たい視線を専ら受け止めているのはキアッフレードだし、そのキアッフレードにヤナタの最新情報をお届けしているのはトリスタンだ。
私とレイモンドは、たまにトリスタンの言葉に頷いたり補ったりしながら、今後について考えを巡らせていた。
「つまり、ヤナタ国内にもスパイがいると?」
「ええ。バルテロトへ情報が流れているようです。もちろん、王家はそれを感知していません」
ボナート父子が盗賊に襲われた日、なぜかバルテロトへ向かったらしいセザーレからの情報も、それを裏付けていた。
あの夜、バルテロトの一貴族がなぜかキャロモンテとの国境付近まで手駒の兵を出していたという。
その貴族の周辺を洗っていると、ヤナタとの関わりが見えてきたのだとセザーレからの報告にあった。
「王家に巣食う虫の掃除もしなければなりませんね」
いつものように襤褸をまとったキアッフレードは、みすぼらしい衣類では隠し切れない美しい顔を曇らせながら頷く。
彼は私とレイモンドが島へ戻るときにクララを連れてヤナタへ戻るらしい。
正しくはクララを護送、いいえ、表向きは留学の道中警護、というところかしら。民の目が島へ向いている裏側で、こっそりと彼女を連れだすのだ。
時流を見極められないキャロモンテの一部の貴族は、いつまで経っても戻って来ないキアッフレードを訝しむかもしれないけど、その時にはもう遅い。
きっと、ヤナタは全く新しい国へと生まれ変わるだろう。
「先ほどもお話しした通り、ヤナタの精霊についてはこちらでも掌握できますので、問題ありません」
「助かります。クララ嬢はヤナタ国内で幽閉しておくようにと言われておりますので、彼女が精霊を自由にできないのであれば安心です」
「アニーがヤナタの精霊を抑えてくれるのは、我々全員にとって大きな理になる」
お兄様が大きく頷きながらキアッフレードの言葉を引き取った。
私たちは、これから三つの国を動かしていくことになるけれど、国を背負っていれば馴れ合いだけではうまくいかない時もあるはず。
ときには欺いたり出し抜いたりする必要も出てくるかもしれない。
場合によっては、欲をかいて隣国へ攻め込もうとするかもしれない。
そんなとき、家族である私たちはキアッフレードの裏切りを最も警戒すべきだけれど、精霊の助けのないヤナタなら怖くない。
例えばキャロモンテに第二のボナートが現れてヤナタや島へ手を出したとして、二国の神が立ち上がれば負けることはないだろう。
では、私が彼らを裏切ろうとしたら?
小さな島国はもっとも戦闘力が低くて、やはり勝ち目はないのだ。神や精霊が一緒に戦ってくれるならば、私が最強かもしれないけれど、彼らは守備しかしてくれないから。
つまり、私が二国の神の加護を持つことで、結果的には三国が協力関係にならざるを得ないわけだ。
「ヤナタが二国から攻められたら対抗する術を持たないんですがね」
「それはキャロモンテも同じだ。だから――」
「結局、お互いを信頼しないといけないのですわ」
ここに書面のない三国同盟が成立した。
二柱の加護を持つ私がいるからこそ成立しうる署名の無い同盟は、次の世代には決して引き継がれない。
けれど加護に頼らない真の永続的な友好を、私たちは築くことができると信じてるんだ。
誰ともなく掲げたワイングラスに、みんなの笑顔が映る。
「ところでアナトーリア」
「はい」
「ヤナタから婚約の話が正式に飛んで来たんだが?」
お父様が渋面を作って片眉を上げた。その横でお兄様も怖い顔を作っている。
面倒ごとを解決しに行って、また面倒ごとを持ち帰ってきたわけだから、ええ、まぁ、そんな表情になるのもわかります。はい。
「放っておくわけには」
「いくか」
バウドはキャロモンテ王国内においては最有力公爵家であり、どなたからの縁談も気のままにお断りができるけれど、属国とはいえ一国の王家ともなればそれなりの礼をもって対応しないといけない。
本当に面倒な話だ。
「ああ、いえ、放っておきましょう」
朗らかな声で私に助け舟を出してくれたのは、天鵞絨の貴公子、キアッフレードだった。
室内の視線が全て、その艶やかな緑色の髪に注がれる。
「相手は腐っても王家だぞ」
「ええ、正しくは腐った王家ですが。アナトーリア嬢……失礼、アナトーリア女王陛下はすでに一国の王です。その婚姻について、御父君であってももう決定権を持たないはず。
バウド公爵におかれましては、知らぬ存ぜぬで通せばよろしいかと。そのうちに彼らは王族でもなくなりますので」
キアッフレードの言う通りだ。
実際に彼が王として玉座に座らずとも、政変さえ起こしてしまえばそれだけで婚約がどうのという話はとん挫することでしょう。
私たちは、それまでのらりくらりとしていればいい。
呆れたように小さく首を振って溜め息を吐いたお父様も、その口元には堪えきれない笑みが広がっていた。
基本的に政界のトップに立つ人間なんて、性格がいいとはお世辞にも言い難いものだわ。それがお父様であっても。
「ヤナタのプレイボーイは論外だとしても、結婚しなくていいという話にはならんぞ」
ジロリ、と冷たい目でこちらを射殺そうとするのは、もちろんお兄様だ。
ご自身の婚約だって今まで全く話を進めようとしなかったのに。もしかして、お兄様はそろそろ身を固めることに決めたのかしら?
「性格も立場も頭脳の面で言っても、もってこいの人物がいるだろう。彼を式典には参加させなかったのか? ジャンバ――」
「ええ、ええ、そうですわね、その件については、私が、女王としてしかるべき人物をいずれ……」
お兄様の目力に圧倒されながら一歩二歩と後退ると、レイモンドがその間に入った。
「ご家族とは言え、それ以上は内政干渉にもなり得ますね?」
「言うようになったな、レイ」
改めて三国の友好を誓い合ってから秘密裏の首脳会談を終えると、私は夜の庭に火照った頬を冷ましに出た。
春ももう目の前とはいえ、夜は冷える。
まだまだ忙しい日々が待っていることだし、体を冷やす前に部屋に戻らないといけないでしょうけど、でも、もう少しだけ。
お父様もお兄様も、予想に反して私の婚約問題についてあれ以上追及してはこなかった。
内政干渉だなんて大袈裟だと彼らもわかっているはずなのに。とはいえ、外野からいろいろ言われて困るのは確かだから、助かるのだけど。
「リア」
「レイ……。さっきはありがとう、助かりました」
「いや、出過ぎたかとは思ったんだが」
背後からやって来たレイモンドに小さく会釈をして、ドリスが離れた。
そのまま屋敷へと入って行ったので、上着か飲み物でも取りに行ったのかもしれない。
「ちょっと海まで散歩でもどうかな」
「あら、夜のお散歩なんて珍しい。ドリスに――」
「少しだけ、内緒で出かけよう」
絶対怒られる。
私はもうただの貴族令嬢じゃないし、王妃候補だった以前よりももっと重要人物になってしまったのだから、誰にも言わず、供もつけずに外出するなんて言語道断だ。
「少しだけよ」
身を守る術を持たないなら、ね。
絶対ドリス怒るやつー




