第127話 後世に残る日です
今回はキリのいいとこで区切った結果、ちょーっと短いのです、すみませんー
王城の中心にあるバルコニーからは、城の手前まで多くの民衆が押し寄せ、大小さまざまな旗を振っているのがよく見えた。
国王イルデフォンソ二世が真ん中に立って、国民へ微笑みを向ける。
向かって左側には、先ほど立太子の式典を終えたばかりのエミリアーノ王太子殿下。またその逆側に、キャロモンテと未来永劫の友好を誓った新しい国の女王として、私が立っている。
王妃陛下やフィルは私たちの後ろで控え目に手を振っていて、表情は見えない。
このバルコニーに立つのは、人生で二度目だ。
初めて立ったのは、フィルディナンド殿下との婚約が決定したとき。
小さなロイヤルカップルの成立は人々に希望と笑顔をもたらして、【フィル&アニー】にちなんだお菓子が生まれたりもしたし、町中に4色の旗が飾られた。
私は、それを心のどこかで少し空々しく感じていたのを覚えてる。
今日、目の前に広がる光景はあの時のそれとはまるで違う。
集まった人々の数がまず違う。政治的な要素を色濃く残した小さな婚約発表よりも、ずっと人々の心を掴んだのだろうか。
そして表情が違う。王族が誰と結婚しようがどうせ自分たちの生活に影響はないのだから、そんな皮肉めいた視線はどこにもない。
4つの属性を持った精霊にちなんで、赤、青、緑、黄色の4色に彩られるキャロモンテの旗の意味を、民のどれほどが正しく理解しているだろう。
去年までの私は、そう思っていた。
祝日のたびに掲げられる、この旗に込められた意味を知っている人なんていないんだと。
精霊も魔法も絵空事だと笑う彼らに、わかるはずがないんだと。
神の加護を得て、人々の祈りを感じられるようになったからこそわかる、この熱気。
すごい、すごい、すごい!
大規模な噴火が起きかけたあの日、島で一体何が起きたのか、ほとんどの人が正しく知っている。
それは、島で目撃した民が身振り手振りで話して聞かせたからだし、国家が国ぐるみでまことしやかに噂を流したからでもあるけれど。
キャロモンテに伝わる【精霊伝書】が、一体誰を巫女として指していたのか、民はいま、正しく知っている。
真っ黒に垂れこめた厚い雲が散って島に光が差したあの瞬間を、キャロモンテの地からもよく見えたのだと聞いた。
精霊の加護が見えたと、人々が口々に言いだしたのだと聞いた。
現実離れした美しいものを見れば、誰だってそれを神の御業だと思うだろう。本当に神の仕出かしたことだったのだけれど。
それらを、国王陛下が「また移住希望者が増えてしまうかもしれんな」と困り顔で苦笑しながら教えてくれたけど、その陛下からもまた、精霊を信じている気配が感じられることは黙っておいたほうがいいわよね。
城の周りに集まる民に、作り物の笑顔なんてどこにもない。
そんな彼らの視線が一か所に集まって、誰ともなくどこかを指さしながらざわめき始めた。
それは大きな波のようにブワっと広がって、隣人の声も聞こえないほどの歓声になる。
バルコニーに立つ面々もまた、民衆の視線を追って顔を上げる。
大きな大きな虹だった。
まるでキャロモンテからエスピリディオン島へ橋が架かったかのように、立派で、ハッキリとした色合いの虹だった。
そこに踊るウティーネの姿は精霊というより天女のように綺麗で、雲を吹き飛ばすために飛び回るシルファムは、抱き締めたくなるほど可愛らしい。
振り返れば、ヤナタの神がまぶしい笑顔で手を振っていた。
昼下がりにしては幾分高い位置にある太陽は、虹を作るためにずらしたのだろうか? あの神が?
もし、もしそうならきっと、あとで他の土地の神にたくさん叱られるに違いない。
けれど、この日のこの虹はきっと何年たってもずっとずっと語り継がれるし、それはきっと精霊たちを守ってくれるのだ。
ありがたく受け取ろう。
「アニー姉さま。近くに精霊様はいますか? とても大きくて、とても優しい空気を感じます」
この騒ぎの中でこっそり近づいて、私だけに聞こえる声量で問うたのはエミリアーノ殿下だ。
先日お会いした際にはあまり意識しなかったけれど、殿下の身長はもう私とほとんど変わらないか、もしかしたら抜かされているかもしれない。
声はまだ昔と変わらない透き通るような音だけど、近いうちに逞しい大人の声へと変わるだろう。
「殿下は」
「エミ、と」
ニコリと笑って訂正したエミリアーノ殿下は、そういえば私を「アニー姉さま」と呼んだかしら。
好きな呼び方をと伝えた結果、彼が選択したのはこの距離間ということだ。そしてそれは、未来のキャロモンテと島国が姉弟のように睦まじい関係を構築できるようにという彼の願いでもある。
「エミ。貴方は何かを感じるのですか?」
「ええ、気配だけですが」
エミもまた、チェルレーティの血を引いている。人ならざる存在を感じ取れたとして、なんらおかしなことはないのだ。
「この優しい気配は、神です。キャロモンテと新国エスピリディオンの未来は、神に祝福されています」
「それは、姉さまが勝ち取ってくださったものですね。ではわたしは、それに恥じない政治をしたい」
未来の王の瞳に、子供らしさはもう、なかった。
とりあえずアナトーリアさんが抱えた問題のひとつは区切りがついた感じしますね、よかった。
さぁこの調子で、アナトーリアさんがやるべきことを片付けていきましょうねぇ。
 




