第122話 歓迎会です
本日も予約投稿です。
何かありましたら後日対応いたします。
「えと、つまり、まとめると、しばらく巫覡が現れずに寂しかったから、私とお喋りしたいだけ、という理解で合ってる?」
「そうよ! もうこの子たちの話し相手は飽きたの」
『ひどいヂャン』
『それはこっちのセリフだぞ、ヤン』
ヤナタの精霊たちは、見た目にはローティーンから30代くらいの幅がありつつも、みんな女性の姿をしている。
精霊なのだから、名前は島の精霊と同じだけど、女性なので火と地は呼び方が少し変わるらしい。イフリーナとゲノマ、だったかしら。
「暇な時にお茶してくれたらそれでいいわ。そのときにはアタシからリアのとこに行くし」
「土地を離れていいの?」
「エスピリディオンが引きこもりなだけよ。ちょっとくらい大丈夫」
頬を膨らませるヤンの横で、精霊たちがぷるぷると首を振っている。
たぶん、そんなに大丈夫じゃないんだと思う。
とはいえ、それを突っ込んで「じゃあリアが来てよ」などと言いだされたらもっと面倒なので、私もレイモンドも気づかなかったことにした。
「では、お友達ね」
「お友達になってくれるの?」
「え、ええ……」
自分でお友達にするために問答無用で加護をくれたくせに、この神様、大丈夫なんだろうか。
前のめりな神様に圧倒されつつ、冷めてしまったスコーンを口に放り込んで、紅茶で飲み下した。咀嚼という行為は心を落ち着けてくれるような気がする。
ひとまず、信頼関係の構築という目的に関しては上出来と言える結果になったと思うし、今回の旅はこれで終わりにしてよさそう。
目的が達成できたなら、週末に備えて早く帰って休みたいし。
「ねぇ! 早速なんだけどお喋りしましょ」
「今してるよね……?」
「は? 自己紹介しただけじゃない。クララをどうするかも、キアッフレードをどれだけ手伝ったらいいかも、なーんにも話せてないでしょ、ね?」
レイモンドが溜め息を吐いて首を振ったのが横目に見えた。これは諦めというやつだ。
そうね、ヤンのこの目を見れば多分みんな諦めると思う。明日の朝イチで帰路につくという野望は一瞬で消滅。
どれだけ寂しかったのか知らないけど、綺麗な男の人の涙目はちょっとずるいと思う。
「私もヤンに聞きたいことがないわけじゃないから、お喋りするのはいいのだけど、今日はそろそろ城へ戻るわ」
「そうだね。ヤナタの王城に跋扈する連中とも、少しくらいは付き合わなければ」
レイモンドの言う通りだ。
昨夜は私が体調を崩したせいで、招待されていた晩餐会をキャンセルさせてもらったのだけど、代わりに今夜、急遽いくらかの上位貴族が集まってパーティーを開催するんだとか。
準備の時間を考えたら、すでに遅いくらいだわ。
「仕方ない、明日にしてあげるわ。それじゃあウティーネ、船を出して差し上げて」
『へいへい』
ヤナタの水の精霊は、青いクセのあるボブの髪をふわふわと揺らしながら立ち上がった。
細い手足も喋り方もなんだか少年のようで、島のウティーネとはまるで正反対だ。
「船?」
『川をくだって、ラクル草原から城に戻ったほうが早いんだ。馬車ごと乗せてやるからついて来て』
「なるほど」
移動距離だけを見れば、川をくだるなんて遠回りもいいところだけれど、馬の走る距離が短くなることや、ウティーネが船を運んでくれることを考慮すれば、確かにそのほうが早そうだ。
イフライネは何が気に食わないのか、小さく舌打ちをしてから猫の姿に戻った。
エストの加護がないのに、精霊としての自我を得たイフライネが――取り戻したというほうが正しいのかしら? 今でもここにいられるのも、ヤンに聞いてみたい謎のひとつね。
『その猫チャン、えっと、イフライネ君か。生まれたての精霊が別の土地で本来の力なんて出せるわけないんだ、強かったよ。ボクは敬意を表する』
『うっせぇ』
ははーん。
さっきの氷を自分だけで割れなかったのが悔しいのかもしれない。イフライネらしいと言えばイフライネらしいけど。
ウティーネに続いて歩きながら、ふと後ろを見ればヤンがまだ大きく手を振っていた。
明日もまたあのテンションに付き合わなくちゃいけないのかと思うと、面倒な反面、ちょっと楽しみにしている自分もいて困惑するわね。
ヤナタの王城で催された、バウド公爵令嬢歓迎会は、その辺の王族をもてなすくらいのレベルの豪華さだった。
週が明ければ一国の女王である、という事実があるにしても、急遽1日後ろ倒しにしたとは思えないクオリティだと思う。
ピアノを弾いているのは、最近キャロモンテの貴族たちの間でも話題になっている気鋭の音楽家だし、半年先までチケットがとれないと噂の劇団の寸劇もある。
一体どれだけの金とコネが動いたのか。そして、それだけのものを動かして私に一体何を期待しているのか。
キャロモンテの貴族たちならわからないでもないけど、直接的な関係を持たないヤナタがどうして。と、腑に落ちずにいたのが、ある人物の登場で理解できた。
「アナトーリア様。今夜はお顔色も良く安心しました。お加減はいかがですか?」
黒髪……に見える、深い緑色の髪と瞳は国王陛下譲りで、陛下は本当ならこちらを立太子させたかったのでは、なんてまことしやかに囁かれている。
ヤナタの第二王子、クロヴィエ殿下だ。
童顔ながらも甘いマスクで、若い女性をたくさん泣かせていると聞く。
「ご心配おかけして申し訳ありません。ええ、おかげさまでとても楽しく過ごしておりますわ」
「それは良かったです。私は貴女にお会いできるのをとても楽しみにしていたのですよ。今朝もあまり時間がとれなくて残念でした」
「いえ、皆様と朝食をご一緒できて嬉しかったですわ。昨夜は臥せってしまってご挨拶もできませんでしたから」
彼が柔らかく笑うと、どこからか黄色い囁き声が聞こえてきた。
婚約者の決まっていないプレイボーイのクロヴィエと、仲良くなりたいご令嬢はかなり多くいるようね。
あ。
婚約者がいない、か。なるほど。
私は慌ててレイモンドの姿を探すけれど、顔を上げたときにはもう、背中に温かな体温があった。
黒髪と黒目を惜しげもなく披露したレイは、やはり多くの視線を集めている。
「貴方は……男性の巫女、でしたね。まさか信仰の禁じられた国に巫女がいらっしゃるとは思いませんでした」
クロヴィエの言葉に棘が混じる。混じるというか、まぁ明らかに侮辱しているわよね、これ。
「でん……」
「此度の私どもの視察は、巫覡として、ヤナタに残る精霊信仰に関する歴史の調査が主目的ですが、おかげさまで彼女も僕も有意義な滞在となっています。ご協力に感謝します」
レイモンドの落ち着いた対応に、私は思わず二度見してしまった。
キャロモンテでのお茶会がボナートの謀反で中止になったから、レイモンドにとってこれが社交界デビューみたいなものだと思うのだけど。
物腰柔らかな雰囲気のまま、随分ピリリとした嫌味を言えるのね。
わかりやすくクロヴィエ殿下の機嫌が悪くなって、気持ちがいいほどだわ。慌てて扇で口元を隠すけれど、殿下には気づかれてしまったかもしれない。
「それなら良かった。まさか、これから王になろうという美しいご令嬢を、山や川に連れ出すとは考えも及びませんでしたが。……ああ、アナトーリア様、私と踊っていただけますか」
クロヴィエ殿下がうやうやしく手を差し出したことで、ダンスタイムが始まろうとしていることに気づいた。
少なくともキャロモンテの文化において、ファーストダンスとラストダンスには大なり小なり意味がある。長く属国となっているヤナタも、同じ文化を共有しているはず。
ファーストダンスは、そのパーティーの主役がホールの真ん中で踊るものだ。
普通、一緒に参加するペアの相手と。次点でそのパーティーのホストと。
いまの私の立場なら、相手はレイモンドかエヴラウル国王陛下、または王太子のヴァレッド殿下、そして最後にクロヴィエ王子殿下だ。
ただ、ここでクロヴィエ王子殿下の手をとれば、私がクロヴィエ殿下を誰よりも尊重しているに違いないと勘違いする貴族もあるでしょう。
ちなみにラストダンスも、普通ならペアの相手と踊るもので、そうでなければ意中の人と、という意味がある。
もちろん、そういう意味もあるというだけで、ラストダンスを踊れば特別な関係になる、というわけでもないのだけれど。
周囲からそういう目で見られる場合もあるので、慎重であるべきなのは確かだ。特に、力の強い立場にある者は。
ファーストダンスといえば結婚式を思い出しますが、ここでは違います。
元々中世くらいの舞踏会ではパヴァーヌに代表されるような、王への顔見せを兼ねた行列舞踏などもあるくらい(らしい)なので、ゲストの紹介だとか王権誇示を目的としたファーストダンスという文化を作ってみました。




