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第107話 温かい食事です

毎度誤字報告ありがとうございます、助かります!(毎度になってしまった


「……」


 空耳、だろうか。

 彼を求めすぎて、聞こえるはずのないものを脳が勝手に生み出してしまったんだろうか。



「おや、寝たふりかな? どうせそれをするなら暖かい部屋の中にしたほうがいいよ」


 呼吸をするのも忘れて心地いい声に耳を傾けていると、大きな手が私の頭をぽんぽんと撫でる感触。

 私の体がびくりと跳ねる。


「レイ……?」


「ああ」


「ほんとに……?」


「起きて確かめてみたらどうだい? ゾンビかもしれない」


 ゾンビ。

 そんなもの、この世界には概念すら存在せず、意味を持たない言葉だ。


 共通の前世世界を持つ人物を除いて。



 瞼を持ち上げたのに、見える景色は滲んでいた。ぼやぼやとして、でも温色に包まれた世界。


「ゾンビでもいいわ」


「さすがにそれはオススメしないよ」


「でも、そうね。ゾンビじゃないかもしれない、っていう夢をもう少しだけ見させて」


「だめだ」



 ゆっくりと私の頭を撫でていた彼の左手がぴたりと止まった。

 ゾンビじゃないかもしれない体が起き上がる気配に、私も頭を上げざるを得なくなる。



「ゾンビかもしれない僕は、いち早く君の顔が見たいんだから」


 半身を起こして足を寝台から下ろすと、膝立ちだった私を立たせて顔を覗き込む。

 温かくて柔らかい瞳が私を見てる。

 大きな手が伸びて私の頬に触れると、ぼろぼろとこぼれる涙を親指が拭った。


「……ゾンビじゃなかった」


「本当に? 確かめてみて」


 私の手をとって、自身の頬に触れさせる。

 あったかい。

 彼もまた、存在を確かめるみたいに私の手を頬に押し付けたり、掌に口づけたリした。


「ふふ、くすぐったいわ」


 彼の手から自分の手を引き抜いて、彼の胸に頭を埋めれば、規則正しい心臓の音が聞こえる気がする。


「レイ、生きてる、のよね」


 彼もまた私の背に腕をまわして、頭に顎を乗せた。

 今度こそ彼の腕に包まれた。夢でも妄想でもなく。


「ああ」


「死んでしまったかと」


「一度は死んだみたいだ。戻って来た」


「え……?」


「ヤンチャな神様に連れ戻された。心配かけてすまなかった」


 一度は死んだのだと聞かされて、数時間前に私の手をすり抜けていったレイの手の感触を思い出す。

 スゥと息を吸って吐き出さなくなった呼吸を、心なしか満足気に閉じられた瞳を。


 胸から顔をあげて、目を合わせる。

 ちゃんと生きてる。



「ばか……」


「ああ」


「無茶なんかして」


「すまない」


「私を置いてった」


「もうしない、約束する」


「絶対よ」


 返事をする代わりとでもいうように、レイモンドの顔がゆっくりと近づいてくる。




 唇と唇が触れあったとき――




 ニャー!




 猫が、鳴いた。

 振り向くと、寝台の上で毛を逆立てて威嚇態勢をとる朱い猫がいる。


 さらに礼拝所の隅に、白髪の少年が立っているのが見えた。



「なにをしとるんじゃ、バカ猫が。すまんな、儂のことは気にせず続けてくれ」


「いつからそこに?」


「『君の顔が見たい』とかなんとか歯の浮くような台詞が飛び出たあたりか」


「結構最初からだな、それは」


 レイモンドが呆れながら軽く睨みつけるけれど、白い少年は動じる様子もなくツカツカと近づいて来て、猫を首根っこで捕まえた。


 猫は少年の手の中でニャウニャウと抗議の声をあげながら、手足をばたつかせてもがく。



「ね、エスト。その猫は……」


「コレか、コレはな……。まぁ、詳しいことは明日にでも話そうか。今日は二人とも帰れ。お前たち氷のように冷えとるぞ。

それに、屋敷の方じゃ捜索部隊が結成されつつあるようじゃが?」


「あっ……」



 しまった。

 何も言わずに姿をくらましてしまったのだ。状況的に、私が悲観して命を絶つ選択をする可能性もないではない、と考えるかもしれない。


 これは大規模な捜索隊が編成されてしまうのでは……。


「よし、じゃあ急いで帰らなければね」


 レイはお日様みたいににっこりと笑って、私の手をとった。

 またこの笑顔が見られるなんて。


 このあとどれだけドリスに叱られようと、怖くない気がした。





 屋敷に戻ると、大泣きしたドリスに苦しいくらいに抱き締められた。

 その横でジャンがレイとハグをして、バルナバがレイの肩を小突いていた。



「っていうか、このふたりが自然の摂理に素直に従うハズないもんね」


 最初こそレイの姿を見てみんな警戒していたけれど、ジャンが呟いたこの言葉に誰もが笑って頷いたのだ。


 みんなの恐怖や忌避感情をあっという間に和らげてしまうジャンを見て、あらためて、凄い人だと思った。




「アニー様さー、俺たちのこれからについて、話し合わないとイケナイんじゃない?」


 湯あみをして体を温め、遅い夕食を囲んでいるときにジャンから飛び出した言葉がこれだ。

 レイを挑発的に流し見て、口元には微笑を湛えている。


「ええ、そうね」


 レイは気づいていないフリなのか、本当に気づいていないのか、澄ました顔で淡々と食事を続けていた。


 私はどんな表情をすべきかわからなくて、結局は王妃教育で得た最大の武器である貼り付けただけの微笑で返事をする。


 ジャンが何を考えているのかはなんとなくわかる。

 それに対して私はできる限り彼の意思を尊重したいと思っているし、ほんの少しだって、私は何かを期待してはいけないと思うのだ。


 それが、ジャンへのせめてもの罪滅ぼしだから。



「明日の午後でいい? 午前中はエストと話をしようかと」


「んー、じゃ、夕方にしよう。断言するけど、君は明日、寝坊するからね。その予定はすこしずつズレるってワケ」


「そうかしら」


「そうだよ。アニー様もレイくんも、自分で思ってる以上に疲れてるからね、自覚したほうがイイ」


 言われてみれば、さっきからナイフやフォークが重く感じていて、食事をすすめるのが億劫になっていたところだった。


 指摘された途端ひどい眠気を思い出す。早めに寝なくては。



「嵐で荒れたものを片付けたいのだけど、寝坊しちゃったら仕事が進まないわ。気を付けないとね」


「だいじょーぶ。モーエン卿の連れて来た騎士団が片付けのために残って野営してるから、そのまま任せとけばいいよ」


 そこまで言われて、私はなんだか無理に起きる必要性がないことに思い至った。

 もちろん、早く起きてやるべきことはたくさんあるけれど、それらが疲労困憊でありながらも早起きする理由になり得るかと考えると、どうも首を傾げてしまうのだ。


 なんとなくレイと顔を見合わせて、苦笑する。

 寝坊、してみようかな。

 少なくとも、明日の朝の気分次第で決めてみよう。自由に生きる第一歩になるかもしれない。



 もう重たくて持つのもイヤになったナイフとフォークを皿に並べて置くと、ジャンやレイの会話に耳を傾けた。

 人生に絶望したのは、ほんの数時間の間だけだ。

 だけどその時間は果てしなく感じられたし、今でもありありと思い出せる。もう二度と味わいたくない。


 この温かな食事風景を失わずに済んでよかった。

 ワインを傾けて、大切な人たちの話し声、笑い声に身を任せるうちに、思考が途切れ途切れになっていつかゆらりと意識が途絶えた。



リア充め!!

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アジア風ファンタズィーもよろしくおねがいしまーす!
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― 新着の感想 ―
[一言] レオフリック「アニー様さー、俺たちのこれからについて、話し合わないとイケナイんじゃない?」 アニー「何も話すことはないわよ!?」 復活するのはレイの方だった訳ですね。 これまた叙述トリック…
[良い点] この回、ノリノリで書いた感があります。 自然や情景描写がきれいだったー。
[気になる点] ジャンに泣いてもらうんですよね? [一言] でなきゃ、復活した意味ないですよね? それとも形だけの王配に? なにそれ、最悪でしょう? どっちにせよ、ジャンにはアンハピエンの恋の香りが…
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