第102話 お仕置きです
「無駄だ、僕に剣なんてきかない」
今までに見たこともないような冷たい表情で、レイが騎士たちを睨みつけた。
口元では何事か呟いているけれど、私はそれを知っている。精霊魔法を詠唱しているのだ。
続いてレイモンドが杖の先で地を叩いたとき、騎士たちは一斉に数メートル後方へと飛ばされ、まるで地に縫い付けられたみたいに動かない。
よく見れば、彼らは木の根や草が手足に絡みついて身動きすることを封じられているみたいだった。
「面妖な術を……!」
年齢の割にきびきびとした動作で走り出したボナート公爵が、動けずにいるレオフリックの傍へと駆け寄って鈍色に光る物体を奪い取った。
「言い換えようか。僕に剣や銃はきかないって」
「わ……私には守り石がある。一等高価な奴だ。それに、ほら、魔女が持っていた守り石も! 私はあらゆる攻撃から守られる」
ボナート公爵がレオフリックから奪い取ったのは銃だけではなかった。左手からさらりと垂れた細い鎖の先には、虹色に光るティアドロップのクリスタルがある。
レイや精霊たちから受けた説明によれば、あのクリスタルは人工の守り石とは違って身代りになるのに回数や威力の制限がない。想定外に強い攻撃では守り切らないかもしれないけれど、何度だってずっと守ってくれるはずだ。
少なくとも心臓に差し込まれる剣から無傷で守ってくれるくらいの効果なら、なんの問題もなく。
「うーん、困ったな。そのネックレスは僕たちがリアのために作ったものだから、お金でどうにかなるものとは違って……」
呆れたように小さく頭を左右に振ってから、レイモンドは以前バルナバにして見せたように、一瞬でボナート公爵との距離を詰めて、長い足でその手を蹴り上げた。
「ぎゃっ」
「リアにしか効果がないんだ。……ああでも確かに一等高価だと言うだけあって、これだけ全力で蹴ってもその腕は折れないのか」
蹴り上げられた手から、重い金属の塊が宙へ投げ出されて離れたところに落ちた。
冷たい目、固い声、攻撃的な動き、どれをとっても私の知るレイモンドとは違っていて、彼がいかに怒っているかがよくわかる。
ただ、公爵を蹴り上げたレイの動きに何か違和感を覚え、私は不安が膨らんでいくのを感じながら彼をつぶさに観察した。
なんだろう、さっきの違和感は。
「お、お前の目的はなんだ。牢は破ってきたのか? 私や殿下に危害を加えれば死刑は免れんぞ」
「僕の目的はリアの保護と島の平和だ。さっさと出て行くならなにもしないさ。……ああそういえば、あの国の宰相たちは王様が牢から出したが、帰るところはあるのかい」
「ないと言ったら我々のことも保護してくれるのかね」
「いいや、居座られたら困るなと思ったんだ。では、早く帰ってもらえるようにおまじないをしないといけないね」
おまじない?
草木に体を縫い付けられている騎士たち以外の誰もが、レイの言葉に首を傾げた。
いや、正しくは警戒した、だろうか。
レイが彼らにとって怪しげな術を使うのは、もう嫌と言うほど見せつけられたというのが本音だろうから、一体何をしようとしているのか想像がつかなすぎると思う。
私にだってわからないし。
「わっ私に近づくな! おい、レオフリック何してる早くこの男をどうにかしろ!」
ボナート公爵がじりじりと後ずさる。距離を保つようにして、クララとフィルもその場から少しずつ離れていた。
魔導部にも顔がきいていれば、魔導盾を借りてくるとか、何か打つ手もあったかもしれないけれど。
アレンを脅していた人物がボナート公爵となんらかの関りがあるということは、キアッフレードにももちろん報せてある。
以来、キアッフレードの手引きでボナート公爵と魔導部の間には溝ができているのだ。部内の有力なボナート派貴族は目立たないように一掃された。
「大丈夫、二度と島に来たいと思えなくなるだけだ」
レイモンドが杖を水平に掲げて何か呟き始めた。
ボナート公爵は腰のスモールソードを引き抜いて構えるけれど、震えているのか切っ先が安定せず、腰も引けている。
恐らくあれでは最初の一歩を踏み出すこともできないだろう。重心がぐちゃぐちゃだ。
「お、おいレオフリック! 誰か!」
足を動かせないことに気づいたのか、きょろきょろと動けそうな人間を探して声をあげている。
さっきまでの威勢はどこへいってしまったのか、憐れにすら見えてきたわね……。
足元からは地響きを感じる。
そういえばレオフリックに剣を刺し貫かれたときから、火山が一層荒ぶっているような気がする。
エストが怒っているからと考えれば、私が殺されかかったのだし、わかるんだけど……。
どうして私の声はエストに届かないの?
「くそがー! 死ねぇっ!」
助けは見込めないと悟ったボナート卿が、スモールソードを両手で握り込んでレイモンドに向かって足を踏み出した。
剣術の基本も忘れて、体当たりでもするみたいな態勢で勢いよく。
「レイっ!!」
私が叫んだとき、レイの持つ杖が眩く光った。
彼の姿が見えなくなってしまうくらいに強い光だったけれど、それは一瞬のこと。
レイは無事なのか、一体何があったのか。堪らず駆け寄るとそこには、レイの足元で体を丸めて倒れているボナート公爵がいた。
「え、これ……」
ボナート卿の顔は真っ青で口からは泡が。体は痙攣していて、とてもじゃないけれど無事には見えない。
とはいえ外傷もとくに見当たらないし、光る直前にレイが何か攻撃を仕掛けた風でもなかった。
「精霊の敵だっていう印をつけたんだよ」
「どういうこと……?」
「そのままさ。この島の神と精霊は彼が存在することを認めない。だからこの島にいるだけで体中をあらゆる苦痛が襲う。火あぶりにされているような痛み、溺れているみたいに呼吸できず、天と地がわからないから立ってもいられない」
「島にいる限り?」
レイは私の言葉に小さく頷いてから、しゃがんでボナート公爵の様子を観察した。
呼吸ができないのでは死んでしまうじゃないかと思うのだけど、見る限り生き長らえる程度の呼吸はできているようだ。
「気を失ってしまったかな。まぁ無理もない。この世ならぬ地獄だったろうからね。それから、これは厳密には島というよりもエストの加護の範囲で発生するから、彼はもう君に近づくこともできないよ」
「まぁ」
それでは、私が彼に近づこうとしてもバレてしまうわね。
いつかこっそり近づいて殴ってやろうと思っていたのに。
「残念だわ」
「殴るより酷いことになるから安心していい」
「なんで考えてることがわかるのよ」
ふたりで笑い合ったとき、どこからかミシミシと不気味な音が聞こえてきた。
すごく不穏な音だ。その軋むような音と同時に、微かに葉擦れの音もする。バキバキと枝が折れる音も。
すごく嫌な予感がする。
周囲を見渡すと、多くの鳥がバサバサと飛び立つのが見えた。慌てて逃げるように。
「レイ! あそこ、木が!」
屋敷の周りに自生する杉の木が傾いている。
針葉樹は根が浅い。それに対して、この辺りは屋敷の建築のために多くの木を伐採して風通しがよくなっているし、そもそもあの杉は立派だからと敷地内に残しておいた老樹なのだ……。
雨と風で、確かに杉が倒れやすい環境になってる。けど。
大きな杉の根元には、多くの騎士が横たわっていた。
憐れなボナートさんですが、ショック死しなかったのはすごいと思います。
 




