第100話 タイムアップです ★
100話記念にイメージイラスト置きました
王妃ルートの条件は島流しじゃなくて、島で死ぬことだったってこと?
だからクララは、島に来たばかりの頃に私の生死を確認しに島へやって来たのね?
うっとりとした笑みを浮かべるビアッジョに、前世の同僚の伊藤仁奈の言葉や、クララのメモに書いてあったことなどを思い出す。
アナトーリアは、流刑に処されることを除けばヒロインがどのルートを選んでも亡くなることはなかった。
ゲーム世界の悪役令嬢の結末は国外追放か幽閉か。
でも、そう。ビアッジョは確かにアナトーリアに歪んだ愛を感じていた。
だからビアッジョがアナトーリアを監禁しているらしいと噂に聞くエンディングもあったのではなかったかしら。
ゲーム上で描かれなかっただけで、本当はほぼ全てのエンディングでアナトーリアが監禁されている可能性は?
それが、仮に王妃ルートであっても生き返った後で監禁されているとしたら?
考えてみれば当たり前の話だ。
クララがボナート公爵と直接やり取りできるはずがないし、ビアッジョがなんの見返りもなしに友情だけで協力するとも思えない。
彼ら3人の間で利害が一致していなければ、ここまでのことができるはずがないじゃない。
それにしたって、当たり前のように生き返ることが前提になっているのは、やっぱりクララがこの世界をゲームの延長だと思っているからに違いないのだ。
ゲームだと思ってるから人の死への意識が浅いし、ゲームだと思ってるから──精霊が見えない。
「私を殺しても神には会えない」
「いいえ、会えるわ」
「クララ、君まで生まれ変わりがあると思ってるのか? ビーをそんな戯言で騙したのか?」
「騙されたと思ってないよ、フィル。ボクはクララを信じてる。だからアニーを殺すために誘拐事件を起こしたし、死ぬはずだからとクララを港へ行かせたんだ」
あの日、クララが港にいた理由がわかった。
私が死ぬのを待っていたのだ。神に会うために。言葉にしてみればなんて恐ろしいことだろう。
背中を冷たいものがひらりと落ちていく。
フィルがまともに見えるくらいには、クララもビーも病んでると思う。
彼女が前世をいつ思い出したのかわからないけれど、ここをゲーム世界だと思い込んで人の痛みに気づかずに生きてきたなら、すごく寂しいことだ。
「お前たち、それくらいにしろ。殿下もそろそろこの状況にご納得ください。そして、さっさと終わらせて帰りましょう」
ボナート公爵が話を打ち切るようにソファから立ち上がって、一歩二歩と私のほうへと進む。
光源を後ろにした彼の表情はいまいち見えなくて、でもそれがとても恐ろしいと思った。
「クララの言っていることは間違ってる。私を殺せば、噴火が確実になるだけだわ」
「魔女の呪いとでも? だがね、勘違いしてもらっては困るのだよ。魔女だ巫女だ精霊だなんて話を、私が信じるわけがなかろう。
君が死ねば島は今まで通り王国の領土だ。チリッロの泣き顔も見られる。いいこと尽くしじゃないか。生かしておく理由はないんだ」
吐き捨てるようにそう言ってから軽く右手を上げると、少し離れたところで控えていた指揮官らしき男が近づいて来た。
さっきは気づかなかったけれど、彼がレオフリック・モーエンであることを認める。
モーエン家は時勢を見極めながらふらふらと生きる日和見貴族だったはずだけど、次男のレオフリックがボナート公爵に心酔したことでその立場がぶれた。
恐らく、ボナート公爵は亡命後もレオフリックを重用する約束で好きに動かしているんだ。でなければ亡命の話を騎士団の前でできるはずがない。
王国内には反乱分子となる貴族が少なくないのだと思い知らされて、嫌な気分になる。
「きゃっ」
私の思考は、レオフリックに力任せに腕をとられたことで中断する。
ほぼ無理やり立ち上がらされて、引きずられるようにして屋敷の外へ連れ出された。
外は相変わらず雨と風が吹き荒れて、敷地の外に広がる木々が折れ曲がってしまいそうなほどに、しなっている。
雷も、頻度こそ多くないけれど、たまに思い出したように島全体を光で覆ってから、耳をつんざくような落雷音が届いた。
どれだけの時間が経ったか全くわからないけれど、噴火のほうは小康状態というべきだろうか。
西の遠くから白い煙がふわりとたなびいているのが見える。
この雨と風だから正確にはわからないけど、恐らく、水蒸気だと思う。
精霊たちが頑張ってくれている。私も、自分でどうにかすると言った手前、どうにかしないといけないのだけど……。
「私は貴女に個人的な恨みはないんですがね。これも仕事なので」
大雨の中、私を地面につかせて背後に立ったレオフリックが苦笑交じりに呟く。
屋敷の中から、わらわらと騎士たちが溢れるように出て来て、また私の周りを取り囲んだ。
貴族の方々はポーチまでは出て来たものの、屋根の下からは出たくないらしい。
寒いのは、体やドレスが濡れそぼっているからだけじゃない。
私の死を願う人たちの狂気が恐ろしくて、手や足の先に血の気を感じられないのだ。
「公爵閣下、キャロモンテに戻ってからでないと、お父様のイイ顔が見られないのではないですか?」
「そう思ったんだがな、生き返ったならその赤い髪の一房でも形見に持って帰ってやろう。そうでなければ、亡骸を連れ帰ってやるから問題ない」
まあ、そうなりますよね。彼らには、私を国へ連れて帰るメリットがないもの。
エストに会いたいのならクララは私に島で死んでもらう必要があるのだろうし、連れ帰るころには王国側で公爵たちを反逆罪で手配している可能性もある。
すぐにもバルテロトへ逃げる算段はつけているのでしょうけど、それでは私を処刑する時間がないもの、ね。
彼らにとって一番いいのは、クララが本当に巫女であると証明できること、かしら。それなら凱旋ということになるわね。
……それは叶わないでしょうけれど。
レオフリックが前にまわり、部下のひとりから銃を受け取って構える。
前世でドラマや映画で見たものよりも、ずっと大きくて鈍色のそれは雨の中で冷たく光っている。
「剣でやれ。遺体の弾痕から証拠品を持ち出したことがバレても楽しくないからな」
「心臓を一突きにしてくれよ、生まれ変わっても傷跡が残ったらかわいそうだ」
ボナート公爵の興味のなさそうな声が飛んで来た。
彼の表情に感情は見えない。横に立つビアッジョは妙に嬉しそうに目を細めている。まるで全部が悪い夢のようだ。
後ろ手に縛られたまま膝立ちになり、ゆっくりと目を閉じてエストに祈った。小さく震える声だけど、エストにはきっと届くと信じて。
エスト。聞こえるでしょう、私の声が。私は生きてる。レイも生きてる。レイは大丈夫だと貴方ならわかるでしょう。私も大丈夫、ここにいる。島神たる貴方の腕の中でこうして祈ってる。
神への祈りを、小さく口にしたとき、私はこの島に多くの声が溢れていることに気づいた。祈りだ。
神殿から、キャンプから。たくさんの民が神に精霊にと祈っている。
今まで、こんなにも祈りが聞こえたことなどなかった。これが巫女の本来の力だろうか。これが、正しい祈りというものなんだろうか。
誰もが、自身の身の安全や将来の幸福ではなく、誰かのために祈っている。家族だったり、お隣さんだったり、……私のために。
閉じた瞳の端から涙が溢れる。
私は彼らのために、一体何をしてやれたんだろうか。
何もできなかった。
民のためにも、精霊のためにも、何も。
それなのに、こうやって自分のために祈ってくれるのが情けないし、有難い。
「ありがとう……」
民への感謝を口にしたとき、私はすぐ側でレオフリックが剣を抜く音、構える衣擦れの音、息遣いを聞いた。
そして一瞬の後、胸に強い衝撃──。
フィルは何も知らなかったようです。余計に王としては無能なのかなって思っちゃううう。
アナトーリアさんの髪はローズゴールドなのに普通の赤毛(もはや茶色)に描いてしまいました。ぬ、濡れてるからってことにしていきたい所存。