第1話 島流しです
なろうっぽい、と言うと語弊があるかもしれないですが、そんなようなタイトルとあらすじで見切り発車しています。
見切りすぎてこの作者には何も見えていないようです。
煽られて泳ぐ髪の毛に視界のほとんどを覆われて、私は少しずつ強くなってきた風に気づいた。
今朝は風がほとんどなくて凪いだ海だと安心していたのに、船が進むごとに波も荒々しさを増していく。
やはり、あの島は呪われているのかしら。
私は大きく揺れ始めた小さな漁船の縁に捕まりながら、遠くの方で少しずつ形を現す島を見つめた。
エスピリディオン島。
常に暴風域の中にあり、荒れた大波が島へ向かう船をことごとく沈めてしまうと聞く。
「ああいやだ。なんで俺がこんな……。まだ死にたくねぇってのに」
必死に漁船の舵を取る男──王宮騎士は彼を「泥棒」と呼称していた──が苛々と呟く声を聞いて、私も心で大きく頷いた。
生きて戻った者がいないと言われる島に、嬉々として向かうもの好きはいない。
この船に乗る私たち二人は、向かわされているのだ。
「へっ。お貴族様の澄まし顔はいつまで持つもんか、見ものだね」
いつの間にかこちらを見ていた「泥棒」は、皮肉をひとつ放り投げてから、また島の影へ顔を戻す。
仰る通り……。
私はこんなときだって、澄まして彼をチラ見することしかできないのだわと、ほんの少しだけ苦笑する。
幼い頃から心情を表に出さないよう気を付けて生きてきた。それが国のためになるのだと、信じていたから。
その国から、あらぬ罪を着せられてこの場に立つことになったというのに、この期に及んでまだ表情を崩すことができないだなんて。
恐怖や焦り、楽しい嬉しい悲しい、そんな何もかもをもっと表に出していたら、何か違っていただろうか。
私はそっと目を閉じて、半月前の出来事を思い返した。
あれは、全ての神と全ての精霊に感謝する、国をあげての祭日【祝謝日】のことだった。
1年で最も国中に笑顔が溢れる、喜ばしい日。
誰もが、恋人と過ごしたり、仲間同士集まったり、家族が一堂に会してお互いの健康を喜び合ったりする日。
私たちの通うボナヴェントゥーラ国立高等学院でも、全校生徒が一斉に集うパーティーが開催されていた。
「アニー、いや、アナトーリア。俺は君との婚約を解消する」
婚約者のフィルディナンド第一王子殿下は、みんなの前でそう高らかに宣言した。
彼の横には黒髪の男爵令嬢クララが寄り添うように立っている。
私はあのとき、婚約者のフィルではなく、彼の護衛任務に就く王宮騎士、カロージェロのエスコートを受けて会場に入っていた。
そうするよう、フィルに申し渡されていたから。
騒がしかったはずの会場は、水を打ったようにシンと静まり返って、誰もが私たちを見、私たちの言葉に聞き耳をたてている。
私はアナトーリア・バウド。
キャロモンテ王国において最も歴史が古く、最も影響力を持つ公爵家の長女だ。
王位継承権第一位にあるフィルディナンド殿下とは、幼い頃に婚約を交わし、以来ずっと王妃教育を受けてきた。
この婚約を解消するというのは、国を挙げての一大事となるはずだ。
正規の手続きを経ず、こんな衆人環視の中で宣言されていいものではない。
「恐れながら、殿下。その理由をお聞かせいただけますか?」
フィルの気持ちがふわふわとどこかへ行っているのは、随分前から気づいていた。
こんな話をしている最中にも、フィルと、寄り添う黒髪の令嬢は固く手を握り合っている。
それでもまさか、私はフィルが自らの立場を、責任を、投げ捨てるようなことはないと思っていた。
恋愛感情だけでそんな判断を下すとは思えないし、思いたくないのだ。
彼と私は、戦友だと思っていたから。
この国を正しく導いていくための。
フィルは気遣わしげな眼差しをクララへ向けてから、ゆっくりと、しかしはっきりと口を開いた。
「ひとつは、誰を愛しているか、真なる気持ちに気付いたからだが」
一旦言葉を切って、私の傍らにいるカロージェロに目配せをすると、優秀な王宮騎士は背後から私の両の肩を押さえた。
決して強い力ではない。
それでも彼の手から逃れることは不可能だと知っている。
「カル……、その手はなんですの?」
問いかけに返事はない。
ただ真っ直ぐに、フィルとクララを見つめるカロージェロの表情に躊躇いは感じられず、これは任務として遂行されているものなのだと理解した。
つまり私は。
「アナトーリア、君を、『導きの巫女への傷害』で告発する」
「え……?」
会場は静けさに拍車がかかって、最早時が止まったかにすら見えた。
しかし二人の男がクララを守るように立ち位置を変え、時間は正しく動いていることを教えてくれる。
バウド家とは遠縁にあたるボナート公爵令息のビアッジョ。
男爵家令息で、まだ学生の身でありながら大きな商会を経営するジャンバティスタ。
ああ、彼らの目は完全に私を犯人だと信じている。
「あんた、どんな悪ぃことしたら島流しなんかにされんだよ?」
男の声で我に返る。
振り向くと、泥棒が船の操舵輪を握りながら、青白い顔を私の方へ向けていた。
縦にも横にも小柄な彼は、この酷い波でもちゃんと舵をとれるのか心配になってしまう。
「プライドを持つのが悪いことなら、大悪党だったでしょうけど。ちょっとわかりかねますわね」
「高慢ってか? ハッ。嘘言えよ、そんなことで死刑になんかなるもんか」
男が鼻で笑う声を聞きながら、でもしょうがないじゃないかと独り言ちる。
私だって、よくわからないうちに刑を言い渡されてしまったのだから。
私の罪は、「巫女に対する傷害」だとフィルは言った。
馬鹿馬鹿しい。
真っ当な理由もなく、誰かを意図的に傷つけるなんて恥ずかしい真似を、バウド家の人間がするわけがない。
こんな馬鹿げた罪で、十分な反証の時間も与えられないまま島流しだなんて、どうかしている。
それなのに。
何かがおかしいのに、もうどうすることもできない。
正直、いろんな要素を詰め込み過ぎていて序盤の情報量がやばいのです。
おかげでテンパりすぎてやばい。
主人公が前世の記憶思い出すとこから始まる作品多い理由が分かった気がして、やばいなって思いました。
もうやばいしか言ってなくてやばい。
どうぞ今後ともよろしくお願いします。